《悪魔の証明 R2》第84話 055 ミハイル・ラルフ・ラインハルト

――私がミハイルさんにの悩みを訊いた以降のくだりは、俗に云うコールド・リーディングと呼ばれるものです。

コバヤシは言う。

「コールド・リーディングとは、相手の話を導しながら意識させず報を引き出すマジシャンが良く使うテクニックの一種だと思ってもらって結構です」

「コールド・リーディング……」

どこかで耳にしたことはあるが、実態のよくわからない言葉だ。

「まず、私がミハイルさんにの悩みを訊いたのは、の悩みを持たない人間がほぼこの世に存在しないからです。特に大人になってからはね」

「僕が超能力に肯定的になったことと関連しているのか?」

「ええ、そうです。先程のトリックを超能力だと思いはじめ、しずつ協力するようになったミハイルさんは、素直に彼のの悩みである大筋を痛めているということについて答えてくれました」

「ああ、確か僕の方から伝えたような気がする」

「ええ、そうですね。トリックの興冷めやらぬに、曖昧とはいえ自分の悩みを言い當てられたのだから、その行も當然です――ああ、これでは説明が不足ですね。ミハイルさんが大筋痛であると斷定したのは確か私だったはずです」

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「確かにそうだったが、なぜそんなことができたんだ?」

「ミハイルさんの言ったダンベルという単語から連想しただけです」

とコバヤシは、短い説明を終える。

「それだけ?」

図らずも反応するかのように訊いてしまった。

「ええ、そうですとも。本當にミハイルさんが大筋が痛いのだというようなことを私が知っていたわけではありません。まあ、この予測もコールド・リーディングを行う上で必要なテクニックであることは間違いありませんけど」

コバヤシは平然としながら、自分が行った詐欺の手口のようなことを暴する。

要は人を騙すのにも、憶測のスキルのようながいるということなのだろうか。

「で、続きですね」僕の疑問をやり過ごすかのように、コバヤシは話を進める。「話は足のくだりに移ります。実は、私はこの話の最中にひとつ致命的なミスを犯してしまいました」

「ミス……そんなことが?」

そう尋ねながら、直近の過去を振り返った。

だが、僕の記憶に思い當たる節はまったくなかった。

「ミハイルさんが足の片方しか痛くないのにもかかわらず、私は両方痛いだろうと誤った指摘をしてしまったのです」

「あ、そうだった。確か、僕の方からその報を片足に修正したはずだ」

思わず口から心の聲がれた。

「けれど、すでに確証バイアスにかかりかけていたミハイルさんは、私の自覚癥狀がないがいずれは起こるという普段であれば絶対に信用しない臺詞に相槌を打って、私のミスをカバーしてしまった」

コバヤシが肩をすくめながら言う。

「たたみ掛けるように話しかけてきたのは、もしかして……」

何となく話の筋が読めた僕は、先を促すかのような言葉を吐いた。

「ええ、その相槌を狙っていたのです。會話のスピードが速ければ、人間の思考は停止しますからね。思考の停止、すなわちエセ超能力者である私を疑うことをやめた。そう、これでコールド・リーディングの目的は達されたのです」

コバヤシが僕に同調するかのような説明をする。

「そうして最終的に僕はまた會う約束までしてしまったというわけか」

頭を振りながら、僕は後悔の言葉を述べた。

「ええ、だから私は確証バイアスにかかったと申し上げたわけです」コバヤシが言う。「ああ、ちなみに確証バイアスとは、自己の意思に沿う形で、信念を確かにする材料を探し出して自己の先観を補強することです。間違っていようが、間違っていまいがね。何にせよ、ミハイルさんがコールド・リーディングの格好の被験者であったおかげで、このような真似ができたわけなのですがね」

僕たちのやりとりが終わると、スタジオは靜まり返った。

その反応を楽しむかのように、コバヤシが辺りを見回す。ほどなく、隣でたたずんでいた僕へと嫌みな視線を送ってきた。

理路整然と自分の失敗を説明された上でのこの態度。多は頭にくる。だが、今文句を返しても仕方がない。

そして、深く吐息をついた次の瞬間、ひとつの疑問が僕の脳裏に蘇った。

それは、トゥルーマン教団導師であるはずのコバヤシが、なぜ全國ネットのそれもトゥルーマンの冠がつく番組でトリックの暴を行ったかということだった。

僕がそう思ったのと時を同じくして、トゥルーマンが、

「コバヤシ、貴様。何をしているのか、わかっているのか」

と聲をかける。

狂気を帯びた目をしながらその対象であるコバヤシを睨みつけた。

舞臺袖で様子をうかがっていたスタッフが、それを見たせいか急いでトゥルーマンの元へと駆け寄った。

「こ、コマーシャルをれますか」

狼狽えた聲で尋ねる。

だが、

「この狀況でそんなことができるか」

とトゥルーマンに一喝され、彼はすごすごとその場を立ち去っていった。

このまま番組を切ったとすると、トゥルーマン教団の超能力がマジックであると公衆に認知されたまま終わってしまう。

トゥルーマンがいきり立ったのも當然だろう。

そんな最中、なぜかコバヤシは、攜帯電話をポケットから取り出した。

近くにいたスタッフにそれを手渡し、何やらボソボソと耳打ちする。それが終わると、そのスタッフは舞臺袖へと消えていった。

「トゥルーマン様、誠に申し訳ございません」そのスタッフの背中を見送った後、コバヤシは謝罪の言葉を述べた。「私がなぜこのようなことをしたのかは、この方から説明して頂きましょう。念のため申し上げておきますが、この方はトゥルーマン様もよくご存知の方ですよ。顔を見ればすぐにわかります。さて、スタジオに音聲と映像を流して頂きましょうかね」

その言葉が終わると同時に、大きな音を立ててスタジオの天井から大型の晶モニタが床へと向かって下りてきた。

あ、あれは――僕は大きく目を見開いた。

驚くのも無理はなかった。

その晶モニタの畫面に映っていたのは、先刻出演をキャンセルしたはずのレイ、その人だったのだから。

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