《悪魔の証明 R2》第87話 058 ミリア・リットナー(1)
「いよいよね。先生」
私は気合いをれ直すかのように言った。
トゥルーマンの泉で行ったレイの宣戦布告から丸五日経った。
國立アキハバラステートセンターでの最後の下見を終えた私とレイのふたりは、現在新市街の駅から舊市街にあるレイのマンションに向かっている。
他のメンバーは周りにいない。 下見自は五人で行ったのだが、視察の後はバラバラに帰ることになったからだ。
シロウとジゼルはどこかでデート。ジョン・スミスはアキハバラ地區でパソコンのウィンドウショッピング。私とレイはレイのマンションで、サイキック・チャレンジの打ち合わせ。というようなじでそれぞれがそれぞれの方角に散っていった。
そして、ミハイルは――國會議員の出席をこぎつけるためかけずり回っているらしく、下見自に參加しなかった。
「ねえ、先生」
と、もう一度呼びかけた。
だが、レイはこくりと頷くだけで何も言葉を返そうとしなかった。
また頭の中で何かを算段しているのだろう。
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レイはいつも考え事をしている時、このようなじになる。
ぼーっと真正面を見據えているだけ。一見すると何も考えていないかのように思える。そして、それに呼応するかのように歩くスピードは異常に遅い。児が乗る三車の方がまだ速いといっても過言ではない。
ミハイルと二人でいるときも同じようなじなのだろうか。だとしたら、二人の関係に進展がないのも頷ける。こんな考え事をする度にいちいち進行速度を緩めていたら、ミハイルもなんていう気分にならないだろう。
それでなくても、ミハイルはせっかちなんだから。先生、は超特急。早くしないと百年のも覚めちゃうぞ。
目を細めて、レイにスタートの合図を送った。
だが、レイは未だ心ここにあらず。
何を考えているかは知らないが、せめて人が隣にいないときにできないものなのだろうか。かといって、置いて帰るわけにもいかない。
もう、と吐息をつきながらも、私はレイの歩調に合わせた。
綺麗な橫顔。羨ましいほどのき通るような白い。人々を魅了するかのような挑発的で切長の目。モデルかと見紛うほどのスタイル。自分に持ち合わせていないものを全部持ち合わせている気がする。
しは分けてくれたらいいのに。
とはいえ、考え事をしている先生を眺めていても仕方ないか。
中でそう呟いてから、顔を前に向けた。
新市街の閑靜な住宅街。いつもの通り高そうな服を著た人々が、ちらほらと私たちの前を歩いていた。
みんな、ここから見える広い庭つきの家のどれかに帰宅するのだろう。そう何気なく思ってから、さらに前方を見やった。
太はほぼ沈みかけていた。夕焼けが広い道路の先を真っ赤に染めている。優雅に立ち並ぶ家々は隣同士の間隔が広いので、それらが造り出したが互いを干渉しあうことはなさそうだ。
一方と言っては何だが、私が住む舊市街では、ボロボロの雑居ビルやマンションがその中に所狹しと敷き詰められているせいで夕方になればがなくなり暗闇の廃墟となる。
やっぱり、この地區を知れば知る程慘めになるな。
新市街地と舊市街という比較するべきでない対象を比較してしまった私は、し暗い気持ちになった。
それにしても――と、首を捻った。
新市街地區の人々はずいぶんと優雅な時間を過ごしているようだ。周りにいる人々は、もうかれこれ十分間くらい、歩みの遅い私たちふたりと同じスピードで同じ方向を進行している。
早足になる、別の道に逸れる。そのような素振りを見せる者はひとりもいない。全員が全員、レイのように考え事をしているわけではないだろうに、金持ちになるとよほど暇なのだろうか。
私がそんなことを思った矢先のことだった。
「危険ね」
いきなり、レイが呟いた。
前を歩いていた人々が、一斉にこちらを振り返った。
眉を顰める間もない。そのまま何も言葉を発さず、全員がこちらに向かって走り出してきた。
なになに、いったい何?
私の頭はすぐに困のに染まった。
一瞬、レイ・トウジョウ五百人委員會、という単語が頭の中を過った。
何しろ第六研のサイトで知ったレイの大學用メールアドレスにハンドルネームも使わず本名でファンレターメールを送りまくってきて、レイがたまに返信すると失神しそうな程喜ぶような連中だ。
あのレイのためなら全財産失って死ねるという熱狂的なファンであれば、レイ本人にサインをねだるため、全力で駆け寄って來てもおかしくはない。
だが、私の予想に反して、先頭の男は腰からサインペンならぬナイフを取り出した。
いくら狂信的なレイ・トウジョウ五百人委員會とはいえ、彼をナイフで刺し殺すなんてことはありえない。
彼は彼らにとって信仰の対象にも近いのだ。
そう思った私は、スッとレイの前にを移した。
どこかで見たことのある顔だ。
はっきりと先頭にいる者を視界にれた後、記憶を遡ることもなくその人を思い出す。
「エヴラ」
と、私は目の前へと迫ってくる男に対しそう呼びかけた。
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