「大前提として、僕らがに力を込めても、不在の狀態では効果が長くは続きません。そんでもって魅了とか催眠とか、自分の発する命令で他人をるときは、標的に近寄る必要がある」

「お、おう。だからロバートが力を保存できる新種のを見つけて、メイザー公爵の近くに仕掛けてるんじゃないかって推測してたよな」

「そうです。でもが召喚聖のとなると……こっちの世界の法則が通用しない。『者』と『』と『標的』の三つが遠く離れた違う空間にあっても、きっとり立ってしまう」

ロアンがそこで口を閉ざした。マーカスが考え込むような顔つきで「つまり」とつぶやく。

「のありかを探し、証拠を押さえる仕事はルーファス殿下やロアンの肩にかかっているのに、難易度が上がりしたってことか」

「そうです。さらに悪いことに、殘された時間が限られてる」

迫した口調でロアンが言った。

「永久凍土の中で冷凍されてた古代みたいに、召喚聖のが何らかの方法で封じ込められていたとして。取り出して使い始めた時點で、消滅までのカウントダウンが始まっている。僕らが見つけられなければ、的証拠が一切殘らない」

マーカスがまたごくりと息を呑む。

「つまり俺たちは、ロバートが力を使っているさなかを押さえることも、がメイザー公爵に影響を及ぼしている現場も捕らえることもできない。召喚聖のが消えてしまえば、証拠は何もなくなる。傍目には、単にメイザー公爵の気がれたように見えるだけ……」

「召喚聖のが消滅するまで、メイザー公爵が生きていられたらですけど。このままだと彼の神狀態はますます悪化します。魅了は心を支配して、にも影響を及ぼしますから……命を落とす可能もある」

カサンドラが「そんな」とつぶやく。華奢なが、息をし続けるのが難しそうなほど震えているのがわかった。

ロアンが彼を見て、申し訳なさそうな表になる。カサンドラは「大丈夫です」とロアンを見返した。

「あなたは単純に事実を──厳しすぎる現実を述べただけ。私は知る必要があります。どうか続けてください」

「ありがとうございます。とにかく急ぐ必要があるから、遠慮なく続けます」

いつもは悪戯っ子のようなロアンが、しいオッドアイに知を漂わせている。グレイリングの誇る天才児は、大人びた顔つきで再び話し始めた。

「メイザー公爵を救えるかどうかは、多分僕の浄化の腕にかかっている。怖気づいてるとかじゃなくて、これも単に事実として聞いてほしいんですが……基本的に浄化って、恐ろしく危険な仕事なんです。者もも、消されまいと抵抗してきますんで」

「お前、すごく簡単にやってるように見えたけど……そりゃそうだよな。敵意に溢れている相手と戦うんだよな」

マーカスが目から鱗が落ちたような顔で言う。

「そうなんですよ。だからほんのささいな失敗でも命に関わるんです。まあ僕は天才なんで、これまで失敗したことないんですけど」

ロアンは小さく笑って、すぐにまた厳しい表になった。

「簡単にやっているように見えて、事前準備はしっかりしてます。相手のことを前もって調べて、正しいを選択します。セリカの魅了は國王夫妻のからだだれでしたから『あ、こいつ僕より弱いな』って心の準備ができたんですけど。でもロバートは召喚聖のを隠れ蓑にしてます。そして召喚聖がどんな力を持っていたのかも、僕は知らない」

「つまり、揃えておくほうがましい報がまったくないってことか」

「そうなんですよね。何事にも備えが肝心だってのに。あ、でも自分の務めや責任は心得てるんで、誤解しないでくださいね。どんなに難しかろうが、戦う覚悟はできてるんで。いろんな意味で難航しそうだけど、時間とのつばぜり合いだし、すぐに取り掛からないとまずいかなって思ってます」

ロアンがを張る。十五歳の年の顔に浮かぶ決意のほどが、苦もなく見て取れた。

「お前は私が守る」

ずっと何かを考え込んでいたルーファスが口を開いた。彼には結界を作る力があるので、たしかにロアンを守ることができる。

いくら彼らが特殊能力に詳しくても、何もかもを経験しているわけじゃない。召喚聖のからロアンを守るためには、ルーファスは能力を限界まで高めなければならないだろう。それでも命に関わる攻撃をけるかもしれない。

ルーファスと婚約した瞬間から、ミネルバなりに覚悟はしていた。超常的な力から人々を守る人間は必要で、それこそが彼の仕事なのだと。だが現実として直面すると、予期していた以上の恐怖が込み上げてくる。

「私も手伝うわ。メイザー公爵のにれたら、千里眼で召喚聖ののありかを突き止められるかもしれない。公爵のに隠れているロバートの力のありかを、ロアンに教えることもできるかもしれない」

「言っておくが、力をかなり消耗するぞ。本の召喚聖の力はセリカとはまったく違う。正直なことを言えば、君に手伝ってもらいたい気持ちより、安全な場所にいてほしい気持ちのほうが勝る」

「こんな狀況で過保護になるのはやめて。私が大人しく引っ込んでいると思う？」

ミネルバはルーファスと目を合わせた。傍目からはにらみ合っているように見えることだろう。

「私はあなたの支えとなり、魂を分かち合う伴よ。グレイリングの勢力圏の人々を守るのがあなたの仕事で、それは私の仕事でもあるんだわ。竜手の訓練のおかげで、力だったらどんな令嬢にも負けない。お願い、手伝わせて」

ミネルバはの前で両手の指を組み合わせた。張のあまり、心臓がどくんどくんと打っている音が聞こえた。