「安心していってください、ディナーツさん。結果の前にその過程はどうでもいいのです。エリアスの一般市民が死のうが、ディナーツさんたちが死のうが、倉庫街が壊滅した結果だけが殘るのですから」

聲も出せず、ディナーツは必死に首を橫に振る。首の骨が折れんばかりに可域限界に振り続けるが、それをルベルメルは笑顔で見守るだけ。

「おいルベルメル、僕はそこまで言っていないぞ。発する瞬間までその眼で確認しろと言っただけで、死ねとは言っていない。そこから生き殘るかもしれないだろう？」

と言うダリアスだが、その顔はすっきりした表で笑いすらこもっている。

「そうでした……。これはまた私ったら早とちりを」

ディナーツらは靜かに涙を浮かべながらゆっくりと倉庫のドアを開けて外に出ていく。

「ではご武運を」

「功して無事帰ってきたら一杯やろうじゃないか。……ああ、だがあのくそ不味いワインは勘弁だが。その時は僕おすすめの一本を教えてやろう」

ダリアスとルベルメル、二人はディナーツらの背中が見えなくなるまで見送り、そして倉庫に殘った金銭や調度品を持てるだけ持ってその場を去った。

大荷を背負ったルベルメルとダリアスは発にまきこまれないよう、すぐに倉庫街から移を始める。

ひび割れた石畳の上を歩きながら二人は関所を目指す。

「それにしても、よく僕の言葉をくみ取ってくれたな。あの場ではああ言ったが『次代の明星』的には良かったのか？」

元貴族で傲慢な格をしているダリアスにとって、であるルベルメルに荷を背負わせることは何ということもない。

「ふふ、ダリアス様のお気持ちはすぐに読めましたから。それにディナーツさんたちのことは本當にどうでもよいのですよ。遅かれ早かれ彼らは死ぬことになっていたでしょうから」

「エインズか？」

ルベルメルは靜かに首を縦に振って肯定する。

「直接的ではないにしろ彼らはエインズ様に敵対しました。今後の彼らのきを考えますと、間違いなく魔師エインズ＝シルベタスの一線を越えているでしょう。加えて、彼らの行為は王國への反逆でもありますから、悠久の魔が出張ってくる可能すらあります」

エインズがかないにしろリーザロッテを相手取った場合、間違いなく彼らの命はそこまでだろう。

ルベルメルでもどういう経緯か分かっていないが、今のリーザロッテはサンティア王國を守護するような立ち位置にいる。

このまま次代の明星がディナーツと関わりを持っていれば、魔につけ込む隙を與えてしまう可能すらある。

「エリアスでの我らの目的が果たせたのであれば、トカゲの尾は早めに切っておくに限ります」

「お前、なかなか悪だな。あれだけ仲良さそうに話していたのに」

「まさかまさか、慈しみの気持ちで話を合わせていただけでごさいますよ。あんな陳腐な悪黨、利用できるものは彼らの他に巨萬といますからを覚えるだけ無駄ですよ」

それに私はダリアス様一筋ですから、とウインクを飛ばすルベルメル。

それを鼻で笑うダリアス。

素っ気ない態度にルベルメルは頬を膨らませて不満をわにする。

そんなとき、力なくとぼとぼと歩く年が前に見えた。

それは先ほどディナーツに貨を手渡した、彼に騙され続けている年だった。

亀のような歩みの年に、二人はあっという間に追いついてしまう。

「おい」

年の橫に並んだ時、ダリアスは足を止めて年に聲をかける。

「ダリアス様？」

ルベルメルもまさかダリアスが年に聲をかけるとは思わなかったようで、遅れて足を止める。

「おい、お前だ」

「……」

力なくダリアスを見上げる年。

その目はまるで死んでいた。これまでただ死にゆくだけの人間に目を向けてこなかったダリアスだったが、初めて見る生気のない目はかなり不快なものだった。

「お前、実は気づいていたんだろう？」

「……」

ダリアスの問いかけに無言を続ける年。そんな姿にダリアスは苛立ちを覚える。

「僕がはっきり言ってやる。お前の親はとっくに死んでいる。妹もすでにおもちゃとして売られて、生きていたとしても壊れるまで遊ばれるだろう」

「……」

無言だが、その何も映さぬ瞳を真っすぐダリアスに向ける年。

「あいつに金を渡していたあれはなんだ？　祈りのつもりだったのか？　金を渡し、騙され続けている間は家族の死を確定しなくて済むから。目を背け続けられるから」

ダリアスはルベルメルに目を合わせ、荷の中から金貨を三枚取り出させた。

ダリアスはそれを手渡すことはせず、年の足元に投げ捨てる。

「自分だけが生き殘ってしまった罪悪から逃げたいがために、死んだように生きているのなら今すぐに死ね。もしくは僕が殺してやってもいい、不快だ」

「……」

「だがその金貨を拾うのならば生きろ。生きてその死を悼め。それが、お前だけができることだ」

そこからじっと年の目を見つめるダリアス。

何も映さず乾ききった目をしていた年だったが、徐々に涙が浮かんできた。

膝をついて項垂れる年。

「行くぞルベルメル」

年から目を外し、歩き始めるダリアス。

年とダリアスを互に見つめたルベルメルは小さく微笑み、ダリアスの後を追う。

「待ってくださいダリアス様」

以降、年の姿を見ることをしないダリアス。

足早に歩くダリアスの橫に並んだルベルメル。

「お優しいのですね、ダリアス様。あの年のためだったのですか？」

ルベルメルの聲はどこか機嫌のよいものだった。

「そんなわけがないだろう。お前は僕の魔を知っているだろう？　僕の魔は言葉を、そしてその価値と対価を司る。ディナーツの存在は僕の魔を蔑ろにするものだった、それが我慢できなかっただけだ」

「ふふふ、私はディナーツさんのことだなんて言っていませんよ？」

ルベルメルの言葉に一瞬足が止まりそうになったダリアスは小さく舌打ちをした。

「金貨三枚あればあの子は當分の間生きていけます。渡しすぎではありませんか？」

「あれはあいつのために投げ捨てたんじゃない。あいつが意味を持たせたかった馬鹿みたいな祈りを無駄にしてやろうと思っただけだ。それにあいつが金貨を拾うとは限らないだろう」

「いいえ、拾いますよ。目を見て、拾うと分かったからダリアス様はあの場を去ったのでしょう？」

「ソビ家の人間だった僕がそんなに優しい格をしていると思うか？」

「はい、思います。それにもうソビ家の人間じゃなくなったじゃありませんか」

ルベルメルはニコニコしながらダリアスの顔を橫から覗き込む。

「……お前もディナーツ並みに不愉快なやつだ」

「むっ、ひどいじゃないですかダリアス様！」

二人がエリアスを出てから程なくして、エリアスの倉庫街は炎に包まれたのだった。

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『隻眼・隻腕・隻腳の魔師～森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに～』

書籍化決定！第1巻【10月8日(土)】発売！

コミカライズ進行中！

詳しくは作者マイページから『活報告』をご確認下さい。

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