「一緒に森に出かけないか？」

膏を作り終えたタイミングでクロヴィス殿下からおいされ、私は確かに頷いたのだけれど……

「ほら、手を出せ」

「えっと」

約束の日、私は戸いを返すので一杯だった。

今回は妖のし子しか立ちれない場所に寄るため、アスラン卿など騎士は同行しない。

そこに行くまでには整備された道はなく、馬車でることはできないため馬に乗るしかなかった。

そして目の前には馬が二頭いるのに、私はクロヴィス殿下と同じ馬に乗るよう促されていた。いわゆる相乗りというものだ。

「殿下の乗る馬が綱を引いてくださるのなら、乗っているだけですし、私ひとりでも大丈夫です」

今日はアスラン夫人が用意してくれた乗馬服も著ており、ぐことができる。

けれどもクロヴィス殿下はむすっとした表で納得してくれない。

「ひとりで乗ったこともないのに、よく言う。思った以上に馬の上は不安定なのを知らないから言えるんだ。危ない」

「ですが、それでは殿下にご負擔が」

「君ひとり負擔になるはずがないだろう。喜んで支えてやる」

「喜んでって……」

戸っている間にも空いている馬の背には荷が載せられてしまい、逃げ道はなくなってしまった。

諦めて彼の手を握った。

「お、お願いします」

「鐙(あぶみ)に片足をかけて地面を蹴るんだ」

言われた通りにした瞬間、力強く引き寄せられ、あっという間にクロヴィス殿下の腕の中に納まった。お腹に腕が回され、私の背中が彼のに著する。

耳元で「よし」という満足げな聲が聞こえ、あまりの近さに鼓が速まった。

「では留守は任せた」

「かしこまりました。お気をつけて」

アスラン夫人や騎士たちに見送られ、馬はゆっくりと歩きだした。

本當にゆっくりだ。それでも馬の上は想像以上に揺れ、慌てて鞍(くら)の前についている持ち手を強く握った。

「前のめりになるな。持ち手を摑んだまま重心を全て俺に預けて、を任せろ」

「……はい」

恥ずかしさよりも落馬の恐怖が勝り、素直に後ろにいるクロヴィス殿下にもたれかかった。ぐらついていたの揺れは小さくなり、ホッと肩の力が抜けた。

ひとりで乗っていたら本當に危なかった。

「ありがとうございます」

「じゃあし速度をあげるぞ」

馬が軽やかに駆けだした。その分揺れが大きくなるが、クロヴィス殿下のおでは安定している。

揺れのリズムにが慣れてくると、周りの景を楽しむ余裕も出てくるもので。

大小さまざまな木に、濃淡のある葉、太のをらかくしてくれる木れ日、小さな鳥たちは全てが目新しい。

おでクロヴィス殿下と著していても、変に張せずにいられている。

「とても綺麗なところですね。空気も澄んでいて、余計な音もなくて」

「森にるのは初めてか？」

「はい」

お母様はいつでもお父様を迎えられるようにと、屋敷からほとんど離れなかった。必然的に私の世界は屋敷の中のみで、溫室が貴重な緑と関われる空間だった。

それはお母様が亡くなってからも同じで、こうやってクロヴィス殿下にお仕えるする機會がなかったら私の世界は狹いままだった。

「これから行くところはもっと綺麗なところだ。楽しみにしていろ」

こうして馬に乗って三十分ほど、おが痛くなってきてどうしようかと思った頃、森が開けた。

そこはとりどりの花が咲き誇る平原が広がっていた。楽園と見紛うほどの絶景に言葉を失う。

「どうだ。今日は晴れているからより綺麗なはずだ」

クロヴィス殿下の腕の中で靜かに頷いた。夢でも見たことのないしさに、圧倒されていた。

馬は止まることなく花畑の上を歩いていき、地面に突き刺さった大きな杖の前で止まった。

先に彼が馬から降り、両手を広げた。

「ほら、來い」

「失禮します」

腳立のときと同じように両手を重ねて降り立てば、地面に近くなった分花の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。

「ここが四賢者の集い場だ。ほら、來た」

賢者とは妖王より力を分け與えられた眷屬であり、エルランジェ王國の妖をまとめ、森を守る存在だ。

守護者よりも賢者の方が妖の世界では格上。殿下いわく直屬の上司らしい。

國のあちこちにいる妖たちの報はここに集められ、賢者から守護者に伝えられる。

災害の予兆など國のどこかで異変があれば馬よりも早く伝えられ、守護者の口から國王や王太子、宰相に伝えることで、迅速に対応できるようになっている。

災害であれば応援の派遣の準備を、干ばつが見けられれば食料の確保を、反があれば早めに芽を摘む。

クロヴィス殿下はひとりで報の窓口の役割を擔っている。

私たちの前に大きなが四つ現れ、角が立派な牡鹿、真っ白な梟(ふくろう)、灰藍の狼、大きな蜂へとそれぞれ姿を変えた。

クロヴィス殿下が賢者たちに向かって腰を折ったので、私も倣って深々と頭を下げた。

「紹介したい人を連れてきました」

「ふむ、この娘か。妖たちから聞いている。頭をあげよ」

牡鹿の賢者に言われ、私は名乗ってから頭をあげた。

四つの視線が集まる。見定めるようなものではなく、なんだか生溫い類にじるのは気のせいだろうか。

「既にこれだけ妖の加護を授かっているのなら問題ないだろう。我々も安心だ。おめでとう」

「おめでとう、ですか？」

「まだ、気にしなくていい！　賢者たちよ、まずは定期報告をいただけるだろうか」

急に焦った様子でクロヴィス殿下が遮ったため、祝福の理由を聞き損ねてしまった。

私は賢者たちと殿下が報換をしている間に、馬の背から荷を降ろす。大きなバスケットがふたつと小さなバスケットがひとつ。

大きなバスケットの蓋を開けると今まで姿を消していた妖たちが一斉に姿を現した。

視界を埋め盡くす數に一瞬驚いたけれど、「どうぞ」と笑顔で招く。

「ワーイ！」

「人間ノオ菓子ダ」

「イツモヨリ多イヨ」

アスラン夫人と前日から準備しておいたクッキーとフィナンシェを見て、妖たちはお行儀よく一個だけ選ぶと花畑に散って食べ始めた。

彼らにとって人間の菓子は大きい。小さな口を大きく開けて頬張る姿は可らしく、見ていてとても癒される。頑張って作った甲斐があるものだ。

「本當に素敵なところだわ」

しい花畑に可い妖たち。綺麗なものばかりが集められた空間は、本の楽園だった。