《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第十五話 ベルナール、焦る
ジジルの言葉を聞いたベルナールは、目を見開いて直していた。
呆然としているところに、屋敷の裏口から出てきたキャロルとセリアが母親の元へと走って來る。
「お母さん、これでいい?」
「きちんと三つ編みにしているでしょう?」
「ええ、合格。行ってらっしゃい」
雙子はベルナールにも朝の挨拶をして、元気よく學校に行った。
娘達の後姿に手を振るジジル。
「すごいわね。パフスリーブ仕著せ効果。私が著るのはちょっとご免だけど」
ベルナールは目を見開いたまま、返事もせずにその場に佇んでいた。
だが、ジジルが去ろうとすれば、全力で引き止める。
「ま、待て!」
「旦那様、本當に使用人の朝は忙しいのです」
「いや、あいつを婚約者役にって、それ以外にないのか?」
「ないですね」
アニエスには自分から頼むようにとジジルは言う。
大きな衝撃をけているベルナールを可哀想に思ったが、甘やかしてはいけないと、自らに言い聞かせていた。
◇◇◇
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ベルナールは私室に返り、頭を抱える。
母親が王都までやって來ることは想定外だった。
一番上の兄は時代から婚約者がいた。それも、母が取り持っていた。
二番目ののんびり屋の兄も一向に結婚せず、仕事ばかりしていた。二十五を過ぎた時に、母親が結婚相手を見つけてきたのだ。
三番目の兄も、二年前に結婚をした四番目の兄も、母親の介によって結婚している。
過去の様々な記憶が蘇り、戦々恐々としていた。
兄達は皆、夫婦円満、子寶にも恵まれ、順風満帆な生活を送っている。
しかしながら現狀として、それを羨ましいとは思わない。
領地で暮らしている兄達とは違い、遠く離れた王都で暮らすベルナールには関係ない話だと思っていた。結婚も、騎士団の隊員達の多くがそうであるように、上司に紹介された娘と三十前になったらするものだと考えていたのだ。
彼の母は、やると言ったら達するまで帰らないだろうと思う。
焦りから、額に汗が浮かんだ。
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心を落ち著かせるために書類整理を行うことにしたが、屋敷の修繕費が書かれてあるものを摑んでしまい、卻って悸が治まらなくなってしまう。
これではいけないと頬を打って気合をれ、書類の前でだけは現実と向き合うことにした。
お晝過ぎとなり、ジジルが部屋にやって來る。
「旦那様、お晝はこちらで召し上がりますか?」
「ああ、そうだな」
虛ろな目で書類を綺麗に揃え、処理済みの箱の中へとれる。
ジジルが居なくなれば、大きなため息が出來てきた。
仕事を終えて頭の中に浮かぶのは、結婚問題だった。
現狀、結婚回避をするには、アニエスの手を借りるしかない。
婚約発表後の対処については、不仲が原因で結婚前に男の関係が破綻するというのも、社界では珍しい話ではなかった。なので、その辺は大丈夫だろうと思っている。
貴族の結婚が家と家の繋がりを強めるものというのは大貴族だけで、そこそこの家柄の者達はわりと自由だった。
食事が運ばれてくる前に、エリックより銀盆に載った手紙が屆けられる。
宛名の文字を見て、ため息を吐いた。
それは、ベルナールの母親からの手紙だった。エリックを下がらせ、すぐに開封する。
手紙には驚愕の容が綴られていた。七日後に、母親がやって來るというものだった。
行があまりにも早すぎる。ベルナールは理解に苦しんだ。
アニエスに頼むなら早い方がいい。そう思ってエリックを呼び戻し、彼を呼ぶように命じた。
「旦那様、晝食は?」
「食堂で、あいつも一緒に」
「かしこまりました」
急事態なので仕方がない。ベルナールは酷く焦っていて、冷靜な判斷が出來なくなっていた。
それから、エリックに母親が來ることも伝えておく。突然の來訪予告にも揺の欠片も見せずに、會釈をして出て行った。ベルナールも、食堂へと移する。
「――失禮いたします」
アニエスが食堂にって來る。
ベルナールは向かい合う席に座るよう、指示を出した。
「話があって呼んだ」
「はい」
アニエスが著席をしたのと同時に、食事が運ばれる。
薄く切ったバゲットにレンズ豆のスープ、キノコのキッシュ、鶏の野菜煮込みなど、ベルナールの好が並べられた。
それをアニエスと共に、食すことになる。
「あの、わたくしも、ここで、ご主人様と同じ食事を?」
「ああ。冷める前に食え」
「はい。ありがとうございます」
アニエスの登場と共に、張はさらに高まった。そもそも、と一対一で食事をするのも初めてだった。
平靜を裝っているが、途中で料理を全く味わっていないことに気付く。
反省して、食事に集中することにした。
レンズ豆のスープはあっさり仕立て。豆のぼそぼそがたまらない。
キッシュは材の乾燥キノコがコリコリしていて食がいい。加えて、卵の優しい味がした。
鶏の野菜煮込みをバゲットに載せ、一口で食べきる。トマトのソースがと野菜に染み込んでおり、サクサクに焼かれたバゲットとの相は抜群だった。バゲットをソースに浸してから食べるのも味しい。
しっかりと殘すことなく食べきった。食事を終えたあとで、本題に移る。
「それで、話だが――」
アニエスに婚約者役を頼む。至極簡単な願いであったが、なかなか口に出來なかった。
だが、このままだと確実に結婚話を纏められてしまう。
それは、どうしても避けたかった。
ベルナールは、勇気を振り絞って言うことにした。
「実は、頼みがあって」
「はい。なんなりとお申し付けくださいませ」
それは、主人が使用人に頼むような容ではない。返事を聞いて、余計に言いにくくなった。
アニエスはただならぬベルナールの様子を見て、居住まいを正していた。
口の中がカラカラになる。悸も激しい。言いたくない。だが、言うしかない。
膝の上にあった手を握り締め、願いを口にする。
「――俺の、婚約者になってしい」
「え?」
二人のきが當時に止まった。
ベルナールは間違って婚約者になってしいと言ってしまったと、額に汗を掻く。アニエスは突然の申し出に混していた。
雙方、顔を真っ赤にしている。
「わ、わたくし――」
「ち、違う、間違った」
「え?」
「し、困っていることがあって、婚約者の役を、してしいと」
「あ、そ、そういうこと、でしたか。勘違いを、してしまいました」
「いや、俺の言い方が悪かった」
ベルナールはしどろもどろになりながら、事を語った。アニエスは真剣な顔で話を聞いている。
「一応、非常識なことを頼んでいるという自覚はある。嫌だったら、斷っても、いい」
返事は明日にでも聞かせてくれと言ったが、アニエスはその場で承諾した。
「ご主人様のお役に立てるのなら、喜んで」
「いいのか?」
「はい。演技など、出來ないかもしれませんが」
「いや、隣に居てくれるだけでいい」
「……はい」
とりあえず、ホッとした。これで結婚をしなくて済む。
アニエスにお禮を言えば、にっこりと微笑んでいた。
ベルナールは思う。どうして彼のことを気位が高くていけすかないだと勘違いしていたのかと。
今更悔いても遅いので、出來る限り、アニエスのことは支援しようと思った。
◇◇◇
終業後、ベルナールはラザールに呼び出される。
話はアニエスについてだった。
「うちの分家なんだが、南部にある村に家があって――」
名産は葡萄酒。
果実のように甘く、口當たりのいい酒は葡萄酒の王とも呼ばれていた。
村に出りするのは商人ばかり。森の奧地にあるので、観客は訪れないと言う。のどかで平和な場所らしい。
ラザールはその村でアニエスが暮らすのはどうか、という提案をした。
「アニエス嬢も、王都に居るよりは、自然かな場所でゆっくり過ごすのもどうかと思って」
「それは、そう、ですね」
もしもアニエスがむのなら、客人として迎える準備を行うと言う。若い娘なら大歓迎だと言っていた。
「それは、どうして?」
「村には若い娘さんがないんだよ」
分家の子息も五人居て、の三人が獨だった。
「――では、本人に聞いておきます。その、ちょっとこちらの事があって、すぐに、というわけにはいきませんが」
「ああ、頼む」
アニエスがのんびり穏やかに暮らせる場所が見つかった。
ベルナールの故郷よりもはるかに田舎だったが、その分王都の噂話も屆かないだろう。
とりあえず、母親との問題が解決したら話をしてみることにした。
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