《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第十七話 戦闘準備

ベルナールは母親に手紙を書き綴った。

現在、結婚を約束しているが居るので、わざわざ王都に來なくても……という旨の手紙を書いた。時期が來れば紹介に行くとも。

もしかしたら、母親が手紙を読んで安心し、王都へ來る予定を取りやめるかもしれない。そんな期待を込めて実家に送った。

しかしながら、三日後に「お嬢さんにお會いするのを楽しみにしております」という返信が屆き、ベルナールは部屋で一人、頭を抱え込んでいた。

手紙作戦は全く効果がなく、著々と母親がやって來る日が迫っていた。

ジジルがアニエスと口裏を合わせた方がいいと言うので、適當な設定を考えておくように頼んでおく。

數時間後、エリックが一枚の紙を持って來た。それは、ジジルが考えた、ベルナールとアニエスの出會いから婚約に至るまでの語であった。

「なんなんだよ、これ」

――出會いは五年前まで遡る。

「遡り過ぎだ。五年分なんて覚えられるわけがない。つーかこれ、事実を書いているじゃないか」

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「旦那様、噓には幾分かの真実を混ぜるのがちょうどいいそうです」

「……そうかい」

ベルナールはアニエスとの出會いをジジルに語って聞かせたことを若干後悔した。

顔を顰めながら、続きに視線を落とす。

――二人は、互いに初対面で一目惚れとなった。

「はあ!?」

唐突な展開に、我が目を疑うベルナール。

念のため、もう一度読んでみたが、読み間違いでもなんでもなかった。

眉間に深い皺を寄せつつ、続きを読んだ。

――子爵家の五男、ベルナールと、伯爵家の一人娘。高貴な青ノーブルアジュールと呼ばれた寶石のような瞳、と社界一の大の薔薇など、三行ほどアニエスのしさを稱える言葉が続く。アニエスは、出會ってすぐに惹かれあった。

「五年も遡っておいて、出會い頭に惚れるってどういう意味だよ」

「旦那様、男の仲というものは、理屈では説明出來ないものです」

「訳が分からん」

無表で男の仲について語るエリック。バカバカしいと呆れてしまった。

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「つーか、あいつだけ褒め過ぎだろう。確かに人だが、ここまで言うほどか?」

醜についての覚は、個人によって違いますので」

「……そうかい」

ベルナール本人は気付いていないが、覚はかなりズレていた。

それは心ついた頃より貌のジジルや、エリックを始めとする形兄妹に囲まれていたので、しい人を見ても心惹かれることはなかったのだ。

「いちいち盛ってある設定を気にしたら負けか」

紙面を見れば、まだまだ先は長い。ため息を吐き、続きを読み始める。

――出會った時、れ合うことすら葉わなかった。

相手は子爵家の五男、片や、名家と言われた伯爵家の一人娘。

遊が許される二人ではなかったのだ。

「なんだ、これ……?」

頑張って読み進めようとしたが、目がって容が頭にって來ない。

向けの小説のようなロマンチックな展開の數々に、全が立っていた。

「なんだか寒気がしてきた……」

半分も読まないうちに、ベルナールはお手上げとなった。

「エリック、悪いが、これを分かりやすく纏めてくれないか? 出來れば、俺とあいつの名前も抜いて」

「承知いたしました」

一時間後。

エリックが書き直した文章を見る。みっちりと書き込まれていた恥ずかしい文章を、箇條書きにして纏めてくれた。

「これなら読めそうだ」

ジジルが考えた設定は以下となる。

・出會いは五年前、互いに一目惚れ

・両思いだが、家柄が釣り合わなかった二人。ダンスを踴ることすら許されなかった

・視線しかわさないまま、夜會は終わる

・二年目、二人は運命的な再會を果たす

・伯爵令嬢の危機的狀況に居合わせ、彼を助けた

・そこで互いに自己紹介をし合う

・三年目、夜會會場で出會い、薄暗い庭園でこっそり踴る。二人だけの世界を存分に味わった

・四年目、周囲の目を盜むようにして、文通を始める

・五年目、伯爵家が沒落する。それを期に、家に招いて一緒に暮らすことになった

・障害がなくなった二人は、ついに婚約を結んだ

文通やダンスなど、気になった點はあったが、なんとかなるだろうと楽観視していた。

二人の仲は引き裂かれていたという設定なので、そこまで打ち解けた様子も必要ないと思う。

アニエスとベルナールの噓の五年間を、しっかりと暗記することになった。

◇◇◇

ベルナールの母親が訪問する前夜。

帰宅をした途端に、ベルナールはジジルに捕獲され、髪のについて指摘される。

「なんだよ、いきなり」

「髪の、微妙に長くなっているの、気になっていたんです」

「言うほどびていないだろう?」

先、微妙にくるんとなっていますよ?」

「雨の日はこうなるんだよ。今度の休みに床屋に行く……」

「奧様に『子熊ちゃん』と呼ばれたいのなら、別によろしいのですが?」

ベルナールは期、母親から「子熊ちゃん」と呼ばれていた。それは癖のある髪が熊のぬいぐるみに似ていたからだった。

母親からそう呼ばれることを想像して、ゾッとする。

「……すまない、切ってくれ」

「承知いたしました」

あっという間にベルナールの髪は整えられていく。とは言っても、子供の頃から付き合いのあるジジルにしか分からない変化であったが。

婚約者役を務めるアニエスに、ベルナールは今回の件の報酬として新しい服を與えていた。既製品であったが、どれも王都で流行っている服である。

「あのようにたくさんの服を頂いて、よろしいのでしょうか?」

「いいのよ。下著を新しくしたら、著られなくなるかもしれないけれど」

「そ、そんな、もったいないです」

「う~ん、もしかしたら手直し出來るかもしれないけれど、私も詳しくないからなんとも言えないわね」

「そうですか……」

今度聞いてくると言えば、アニエスの表はパッと明るくなった。

廚房でクッキーを焼いていれば、香りにつられたキャロルとセリアがやって來る。

竈の中のお菓子を見て喜んでいたが、ふとした瞬間に暗い顔になった。

理由はジジルも把握している。パフスリーブ付きの仕著せが、ベルナールの母親の訪問までに間に合わなかったのだ。

「ああ、がっかりだわ」

「本當、がっかりだわ」

「それでよかったのよ」

「どうして?」

「なんで?」

「奧様がパフスリーブの仕著せなんか見たら、派手だってびっくりするかもしれないでしょう?」

「絶対、かわいいのに」

「絶対絶対、かわいいのに」

頬を膨らませながら、不満を口にする雙子。

念のため、ベルナールに接するような態度を取らないように注意されていた。

「分かっていますよ~だ」

「そんなヘマはしませんよ~だ」

「はいはい。悪かったわね」

母娘のやりとりを、アニエスは微笑ましいと思いながら見守る。

蚊帳の外に居るつもりだったのに、キャロルとセリアは突然アニエスの両脇に立った。

「アニエスさん、その髪型、教えて! ずっとかわいいなって、思っていたの!」

「そうそう! 三つ編みにして、頭の後ろでくるくるするの、とってもかわいい!」

難しいのかと聞かれ、アニエスはそうでもないと答える。

キャロルのエプロンのポケットの櫛が、セリアのエプロンのポケットに鏡とピン留めがっていたので、この場で結んであげた。

鏡を覗き込んだキャロルはいつもと違う、大人っぽい髪型を喜んだ。セリアは自分も結ってしいとアニエスに頼み込む。

「あ~、もう、あなた達は次から次へと!」

「大丈夫ですよ、ジジルさん」

「ありがとう、アニエスさん」

「いえいえ」

もしも妹が居たらこんなじなのかと考えつつ、髪のを編んでいった。

◇◇◇

そして迎えた當日。

さすがのジジルも張していた。

「ジジル、母上と仲良しじゃなかったのかよ」

「特別に目をかけて頂いておりましたけれど、それは使用人と主人として、です」

「そうだったのか」

「ええ。お會いするのは久々なので、若干胃が痛いです」

だが、ジジル以上に張をしていたのはアニエスだった。

「おい、お前、大丈夫なのか?」

その様子に気付いたベルナールが話しかけたが、反応がない。

今度はポンと肩を叩く。すると、びくりとを震わせ、驚いた様子を見せていた。

「あ、す、すみません」

「上手く演やろうとは思うな。自然にしておけ」

「……はい」

姿は完璧な貴族令嬢だったが、中はガチガチに張していた。演技など不可能なのではと、疑いの目を向ける。

アニエスの膝に乗せられた手を見れば、微かに震えていた。

それを見ていたら、次第にベルナールもが高まる。

自分はしっかりしなければと思っていたのに、急に不安になった。

ドンドンと扉が叩かれ、返事をすればキャロルとセリアが扉を開き、報告する。

「奧様が到著いたしました!」

「お待ちかねの、奧様ですよ!」

ベルナールの母親が辿り著いてしまった。

額に汗を掻くベルナールと、張で震えるアニエスは、顔面蒼白狀態で客人を迎えることになった。

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