《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第二十六話 彼の決意

夕食後にベルナールと話をする時間をエリックが作ってくれた。アニエスは謝をして、執務室へと向かう。

一日の間に二回も、こういう風に時間を作ってもらうことは申し訳ないと思った。けれど、ジジルが「決意表明は早い方がいい」と勧めてきたので、それに倣ならうことにした。

ミエルの長も見てもらおうと、一緒に連れて行く。

「貓、いつの間にか丸々してんな。拾って來た時と一緒の貓には見えん」

「はい。とても元気になりました」

やせ細っていたはすっかり標準型となり、半開きになっていた目も完治して、今は綺麗に開いていた。現在、澄んだ青い目はらんらんと輝いている。

好奇心旺盛な子貓は籠から出ようと闘していた。アニエスはらかな笑みを浮かべながら、ミエルを籠の底へ移させ、上から布を被せた。

今までミャアミャアと鳴いていたミエルは大人しくなり、部屋は靜寂に包まれる。

若干の気まずさを覚えたベルナールは、アニエスに話しかけた。

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「――それで、話とは?」

「移住の件です」

アニエスは勇気を出して述べる。ここで使用人を続けたい、と。

それを聞いたベルナールは、顔を顰しかめていた。

「理由を聞かせてもらおうか」

「それは――」

単純に、ベルナールの傍で居たかった、という理由は言えるわけがない。

別の理由を考え、ここでの生活が合っているという旨を伝えた。

「本気なんだな?」

「はい」

ベルナールは厳しい聲でアニエスに問う。自分の抱える問題について理解をしているかと。

の青い目は、悲しみの表と共に伏せられた、

「自らのことは、よく分かっているつもりです。父は罪を犯したことを認め、家は沒落しました――」

アニエスを支援していたことが見すれば、ベルナールの立場も危ういものとなる。

なので、命じられたら屋敷から出て行く決意があることも伝えた。

「まあ、その見解が正解でもあるし、不正解でもある」

「?」

アニエスを取り巻く問題は、彼が街で暮らしていた頃とは大きく変わっていた。

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それを聞く覚悟があるかと、ベルナールは問いかける。

「一、どんなことが――」

「正直言って糞悪い話だ。聞かない方がいいと思う。今まで黙っていたが、ここで暮らし続けるには自らの危機管理も重要になるから、お前は知っておかなければならない」

前置きを聞いただけで怖くなった。

だが、先ほど聞いた移住の話ほど衝撃的ではないだろうと思い、アニエスは話を聞くことにした。

「いいのか?」

「はい」

アニエスの目は揺るがない。

雨の日の子貓に似た存在ものから一変して、一人の覚悟を決めたとして、ベルナールの目の前に座っている。

「分かった、話そう。とはいっても、長くなるんだが――」

エルネスト・バルテレモンがアニエスの行方を捜していること、雑誌で悪評が広がっていたこと、それから偽アニエスが捕まり、悪評は晴れたこと。

「狀況は一変して、今度は聖扱いときたものだ」

想像の斜め上をいく展開に、言葉を失っていた。

そして王都に住む人の多くが、アニエスを探しているという事実に、背筋をぞっとさせる。

驚くべき話の數々であったが、ベルナールから移住を勧められた話よりは衝撃をけなかった。

「という訳だが、どう思う?」

「はい。その、とても驚きました。それから、もしもわたくしがここに居ると見してしまえば、ご主人様達に迷をかけてしまう、と」

「何度も言っているが、迷なのは今更だ」

「は、はい」

南西部の村は王都の噂は行き屆かない代わりに、噂好きが大勢居る。そこへ行っても、落ち著くまでに時間がかかるだろうと、ベルナールは話していた。

「どこに居ても、苦労はするだろう」

「そう、ですね」

「決心は揺るがない、ということでいいのか?」

「はい。わたくしは、ここで働きたいです」

「分かった。ならば、こちらも対策を行う」

「対策、ですか?」

「詳しく言えば、変裝だ」

ベルナールの提案は、なるべく目立たないようにすること。今の狀態であれば、一目でアニエスとバレてしまうのだ。

「一、どのようなことをすれば……」

「まず、髪型を変えろ。そのように編んだ髪をまとめている使用人はいない」

「は、はい」

アニエスはその場で命令に応じる。

髪に挿してあるピンを全て抜き、髪を纏めていた紐を解いた。最後にリボンを外す。

艶やかな金の髪はさらりと解ほどけ、肩から元へと流れていった。

その一連の様子に、ベルナールはぎょっとすることになる。

妙齢のが髪を下ろす姿を見るのは初めてで、それは自分の妻のものしか見ることが許されないと認識していた。

夫以外の男の前で髪のを解くなど、なんて常識知らずのお嬢様なのだと怒りを覚えた。だが、彼自が髪型を変えろと命じ、彼はそれに応じただけに過ぎない。

悪いのは誰であるかというのは明白であった。

「ご主人様、その、的な髪型というのは……?」

アニエスの聲を聞いて、ハッとなって我に返る。

その姿に見惚れていたという事実は気付かずに、髪型の指示をすることになった。

「髪型は、アレだ。キャロルやセリアがしている――」

おさげの三つ編み。

アニエスは命じられた通り、左右に分けた髪を編んでいく。

「こちらでよろしいでしょうか?」

「……」

おさげ姿になったアニエスを、眉間に皺を寄せながら眺める。

その髪型は、彼しだけく見せるものであった。殘念なことに、おさげにしただけでは貴族令嬢の雰囲気が無くなるということはない。

「まあ、新しい仕著せを著れば、どうにか……」

明日、頼んでいた仕著せが屆くとエリックから聞いていた。

百貨店の商品目録カタログの中にあった、老婆が纏っていた地味な仕著せだ。

あれを著れば、アニエスの良いところはこそぎ無くなってしまうだろうと思う。

「髪型は、それでいい」

「はい」

「あと」

「はい?」

夫以外の異の前で髪を下ろすなと、忠告しておく。

それを聞いたアニエスは、今になってお嬢様時代に習っていた常識を思い出し、顔を真っ赤にさせていた。

「も、申し訳ありません」

「気を付けろよ」

「はい」

下がれと言われたアニエスは深々と頭を下げて、ミエルと共に部屋を辭する。

一人きりとなった室で、ベルナールは深く大きなため息を吐くことになった。

◇◇◇

翌日。

ベルナールはラザールにアニエスの移住の件を報告した。

「そうか。殘ることになったか」

「はい。住み慣れた場所を離れるのは、辛いようです」

「そうだよな。分かった。これから大変だろうが、困ったことがあれば私も力を貸そう」

「ありがとうございます」

これで話は終わりかと思いきや、引き止められる。

至極真面目な顔で、ラザールは聞いてきた。

「オルレリアンは、アニエス嬢を娶る気はないのか?」

「……はい?」

「妻として迎えないのかと、聞いている」

「何故、そのようなことを」

「いや、そこまでして守るのならば、いっそのこと結婚した方がいいのではと思って」

「結婚はしません」

「ならば、ずっと彼を家に置いておくのか?」

「それは――」

アニエスの今後について、考えを突き詰めている狀態ではない。

結婚が幸せの全てではないと言うが、心安らげる場所も必要だと思っている。

「うちには、男使用人も數名居ますし――」

そこまで言って、眉を顰める。

言い表せないようなが浮かんできたが、首を橫に振って追い払った。

複雑そうな表を浮かべるベルナールを、ラザールは見なかった振りをして次の話題に移る。

「結婚と言えば、オルレリアンの好みを聞いておかねばならない」

多くの騎士は所屬する部隊の隊長の紹介を経て結婚する。

隊員と相の良いを探し出すために、そういった個人報を得ることは、とても大事なことだった。

「……早くないですか?」

「いや、今から目星を付けておくのに、早いも遅いもないだろう」

そう言われ、ベルナールは自らの理想のについて考える。

「……やはり、の大きながいいのか?」

「いや、別に」

「こだわりはないと」

「そうですね」

ラザールは手帳に書き留める。

「だったら、人ながいいのか?」

「いえ、そういったは維持費がかかるので」

「維持費って言うな……」

ベルナールの家庭環境を知っているラザールは、無理もないかと思うようにした。

「貴族のでなくてもいいと」

「はい。その辺は気にしていません」

「では、格は?」

「……お喋りなは、苦手です」

「大人しい娘(こ)がいいのか?」

「まあ、そう、ですね」

「他には?」

の考えていることは全く解らないので、きちんと自分の意見を言える人が、いいと」

「なるほどな」

ラザールはベルナールの好みのについて、事細かく聞いていった。

まとめれば、大人しくて控えめだけど、はっきり事を言えて、質素な暮らしにも文句を言わない、だった。

「殘念だが、オルレリアン」

「なんでしょうか?」

「こういう古風なはあまりいない」

「……左様で」

頑張って探してしいと、心の中で願うことになった。

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