《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第二十八話 偽裝夫婦大作戦!
終業後、ベルナールは事務員から聞いた眼鏡屋に向かう。
虹堂。
下町の商店街の片隅に、高価な眼鏡を取り扱う店は存在した。
外観は下町の商店と変わらない。高級はなかった。
まだ、営業中の看板が出ている。外から店を覘き込めば、ずらりと並んだ眼鏡が見えた。
とりあえず、中にって話を聞いてみることにした。
人のよさそうな店主が出迎え、どういう品を求めているのかと聞いてくる。
「近視用の眼鏡で、使うのは俺じゃないんだが」
「左様でございましたか」
店の棚やガラスケースには、様々な種類の眼鏡がびっしりと並んでいた。王都で一番の品揃えだと、店主は自慢をするように言う。
「使われるのは男ですか、ですか?」
「だ」
「奧様でしょうか?」
「は!?」
「々お待ちくださいね」
「な、ちょっ……」
否定する暇も與えず、店主は「でしたら」、と言って店の奧へと品を取りに行く。眼鏡の在庫はここにあるだけではないらしい。
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店主が持って來たのは、眼鏡に持ち手の付いたローネットと呼ばれるものであった。
縁や持ち手は銀で、花や蔓などの細やかな模様が彫ってある。華やかな印象の眼鏡だった。
「こちらは演劇鑑賞用に作られた品でして、貴族のご婦人などにかに人気がある一品です」
「そんながあるのか」
「ええ」
手に取ってみてくださいと勧められたので持ち上げてみれば結構な重量があり、が長時間持ち続けるのは辛いだろうなといった印象があった。
そもそも、持ち手付きの眼鏡など作業をしながら使うではない。
ベルナールは他の種類を見せてくれと頼む。
「比較的安価なのが、こちらの鼻眼鏡ですね」
鼻を挾んで掛ける眼鏡は、じっと座った狀態で使うなら問題はないが、き回ればズレてしまうと言う。
最近仕れるようになった、耳に掛ける形のつる付き眼鏡は安定があり、ほとんどズレることもないと話す。
「つる付きの眼鏡は多値が張りますが、お客様からの評判は上々でございます」
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「そうか」
一つだけ、つる付きの眼鏡を持たせてもらう。
先ほどのローネットよりは軽量であったが、それでも分厚いレンズに金屬の縁取りとつるがある眼鏡はずっしりと重みのあるものだった。
「最初は違和を覚えるかもしれませんが、じきに慣れます」
「なるほどな」
置いている品はいいばかりに見えた。安っぽい作りではない。
訪問販売を行っているかどうかを聞いてみたが、店主は首を橫に振る。
これだけの種類があり、客の目の見え方も様々。合う眼鏡を探すためには、店頭に來てもらうのが一番だと言う。
「……分かった。また後日、買いに來る」
「はい。ご來店をお待ち申し上げております」
店を出て、はあとため息を吐く。白い息が出ていたことに気付き、外套のボタンを留めた。
馬車の時間が迫っていたので、早足で乗り場まで歩いて行った。
◇◇◇
帰宅後、ベルナールはジジルに相談をした。どうやってアニエスを街まで連れて行けばいいのかと。
「それは変裝しかないでしょう」
「変裝って……」
「例えば、旦那様が裝して、アニエスさんは侍の格好をするとか」
「なんでだよ!」
「男がの使用人を連れているのは珍しいでしょう? 街中で目立ってしまいますよ」
「確かに」
だからと言って、アニエスは型的に男裝向きではない。
「旦那様」
「なんだ?」
「男が連れ合って歩くものとして、ごくごく自然な形がございます」
「勿ぶらずに早く言え」
「夫婦です」
聞き間違いかと思い、もう一度言うように命じたが、ジジルは「夫婦の振りをして、店に行けばいいのです」と言い切った。
「アニエスさんはつばの広い帽子を被り、髪のは綺麗に纏めれば目立たないでしょう。型も、社界に出ていた時とは違いますし」
眉間に皺を寄せて話を聞くベルナールに気付き、ジジルは質問をする。
「何かご不満でも?」
「いや、不満はないが、そこまでする必要があるのか?」
「ありますよ」
もしも、虹堂にアニエスを探す者達が訪れたと仮定する。
「その人達はこう聞くでしょう『しい金の髪を持ち、青い目をしていて、痩せ型のご令嬢を見かけなかったかな?』、と」
王都には金の髪を持つは大勢居る。大半は染めている者ばかりである。社界においての金髪は、しいの特徴の一つとされていた。
「青い目を見れば、印象に殘るんじゃないか?」
「の顔をまじまじと覗き込む人は居ないでしょう。失禮ですから」
「眼鏡屋も?」
「そうだと思いますよ。店主が眼鏡を掛けた姿を確認したい時は、目を閉じればいいのです」
それらに気を付ければ、眼鏡を買いに來たアニエスの特徴はどこにでも居る貴族のである。特別印象に殘らないだろうとジジルは言う。
「旦那様もきちんと髪を整えて、一番仕立てのいい服を下ろしましょう」
「なんで俺まで……」
「旦那様も別人になる必要があります。知り合いに見られたら大変でしょう?」
「ああ、そうか」
他にいい案が浮かばないので、ジジルの考えた作戦を実行することに決めた。
「――ですが、その前にに付けなければならないことがあります」
それは何かと聞いてみれば、想像もしていなかった言葉が返って來る。
「夫婦としての自然な雰囲気です」
「必要か、それ?」
「絶対に必要です」
ぎこちない様子を見せていれば、不審に映ってしまう。
だが、新婚の夫婦ならば、ぎこちないのも普通ではと指摘した。けれど、ジジルはそんなことはないと言う。
「新婚とは言っても、夜を共にすれば多は打ち解けているものです」
「よく分からない理屈だな」
「結婚すれば分かりますよ」
「そうかい」
納得していない様子のベルナール。ジジルは重ねてお願いをする。
「別に、夜を共にして下さいと頼んでいるわけではないのでどうか――」
「分かった。分かったから、それ以上言うな」
新婚の甘い空気は作らなくてもいいから、並んでいても違和がないような雰囲気作りをしてしいと言われた。
「そういうの、演技で出すのは難しいだろう」
「ええ、ですが、アニエスさんのためです。この前の看病のお返しだと思って、努力をなさって下さい」
「……」
渋々といったじで、ベルナールは了承することになった。
「で、何をすればいいんだ」
「一週間ほど、アニエスさんに奧様役をして頂きましょう」
「あのなあ、だからそこまでする必要は――」
「あります。それに、目が見えなくては、使用人の仕事も儘ならないでしょうから」
「それもそうだが」
「はい。ミエルの世話は引き続きして頂きましょう」
そもそも、連れてきた當初は子貓の世話係だけを命じていた。
それ以外はしなくてもいい、出來ないだろうと考えていたが、アニエスは思いの外働き者だったのだ。
これらの事を説明すれば、アニエスは迷をかけるからと遠慮をした。だが、ジジルが力技で説得し、なんとか作戦は実行に移る。
◇◇◇
朝、支度を整えたベルナールは食堂に向かう。
外は雨。今日は早めに出なければ馬車乗り場は混雑しているなどと考えながら、廊下を歩いていた。
食堂にれば、先に座っていた、アニエスと目が合う。
彼は慌てて立ち上がり、朝の挨拶をした。
「……早いな」
「はい。ご主人様、おはようございます」
その様子に待ったをかけるジジル。何事かときょとんとする二人。
「旦那様。朝の挨拶は早いな、ではありません」
「……いいだろう、なんでも」
「よくありません!」
自分のせいで怒られてしまったと、アニエスはオロオロしてしまう。
そんな彼にも、注意が飛んできた。
「アニエスさんも」
「は、はい」
「夫と會っても、席から立ち上がる必要はありません。それに、呼び方はご主人様ではなく、名前で呼んでください」
「分かりました」
反省をして終了と思いきや、ジジルはやり直しをするように提案をする。
「いや、明日からきちんとすれば――」
「よくないです!」
「はいはい、分かったよ。――おはよう」
これでいいかという視線をジジルに向ける。
「まあ、いいでしょう。今度はアニエスさん」
「はい。おはようございます……ベ、ベルナール様」
名前を言っただけで頬を染めていた。これでは駄目だと、ジジルは思う。
「名前の呼びかけは要練習です」
「……はい」
「旦那様も、付き合って下さいね」
「暇があったらな」
食事風景は完璧なものであった。だが、問題は山積みである。
どうにかして夫婦としての雰囲気を作らなければと、ジジルは一人張り切っていた。
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