《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第三十三話 アニエスの新しいお仕事

アニエスは新しい仕著せを纏い、髪を三つ編みに編んで眼鏡をかけた。

鏡に映ったその姿は、なんとも言えない。自然と頬が緩んでしまう。

まだ眼鏡は慣れなくて、見慣れない景に頭が追い付かず、気分が悪くなることもある。だが、それ以上に、周囲が鮮明に見えるということは何よりも嬉しいことだった。

朝、ベルナールに眼鏡をかけた姿を見せるように言われていたので、ミエルに餌を與えたあとで食堂に向かった。

張の面持ちで中へとる。朝の挨拶をして、頭を深々と下げた。

アニエスの姿を見たベルナールは、目が合えば視線を逸らす。

しばしの沈黙。

アニエスはこれでも駄目だったのかと思い、目を伏せていた。

その様子に気付いたベルナールは、斜め上を見た狀態で想を述べる。

「……いいんじゃ、ないか?」

「ありがとうございます」

アニエスは表がパッと明るくなる。ベルナールは喜ぶ彼に釘を刺した。

「だが、変裝しているからと言って気を抜くなよ」

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「はい、承知いたしました」

とりあえず、合格をもらってホッと一息。

アニエスは職場へ向かうベルナールを笑顔で見送った。

◇◇◇

ベルナールは屋敷から徒歩十五分ほどの森の中にある停留所から馬車に乗り込み、窓際の席に座った。

ぼんやりと窓の外の景を眺めながら、思いに耽る。

思い浮かべるのはアニエスの姿。

は店の中で一番時代錯誤な眼鏡を選んだ。これで変裝は大丈夫だろうと、ベルナールも思った。

眼鏡をかけ、髪をおさげの三つ編みにして、老婆が著るような仕著せを纏えば地味な使用人に仕上がると、そんな風に考えていた。

なのに、そんな狀態となってもアニエスは可かった。

一目見て、これでは駄目だと思ったが、しゅんと落ち込む様子を見て、正直な想は口から出る前に呑み込んだ。

代わりに「いいんじゃないか」と評したあとで、何を言っているのだと、自らの発言に驚くことになった。

食後、改めてアニエスを見る。手押し車に機の上の食を載せている最中であった。

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眼鏡におさげの三つ編み、時代遅れの仕著せは、冴えない使用人に見える。

先ほど可く見えたのは見間違えで、やっぱり変裝作戦は功していたのではと思う。

けれど、ふとした瞬間に目が合って彼が控えめに微笑めば、その考えも取り消されることになった。

アニエス・レーヴェルジュは、至極可憐なであった。

それが故に、ベルナールは苦悩する。

く見えたり見えなかったり。一どうしてと考えたが、明確な理由は思い浮かばない。

良いと言ってしまった以上、あれ以上の変裝を命じることは出來なくなった。

だが、仮に髪のを変えたり、短くしたりしてもアニエスの見た目は損なわれることはないと、ベルナールは諦める。

彼が惹かれているのは、彼の外見のしさではない。なるものからじる何かであったが、殘念なことにその事実には気付いていなかった。

いくら考えても分からないので、ベルナールは即座に腹を括る。

自分がアニエスを守りきれば、何も問題はないと。

考えがまとまれば、モヤモヤとした気分も晴れた。

今日も一日頑張るかと、気合をれて職場まで向かう。

◇◇◇

アニエスは掃除を任された部屋で、箒で塵を掃いていた。

地面にあるごみが見えるのが嬉しくて、誰も居ない部屋で鼻歌を歌いながら掃除をする。

いつもの半分以下の時間で掃き終え、仕上げにブラシで磨く。

綺麗になった部屋を見渡せば、達で心が満たされていた。

それと同時に、疲労も覚える。

休憩所の椅子に座ってしばらく休み、ミエルの様子を見に行くことにした。

眼鏡があるおかげで、仕事が隨分と捗るようになった。

時間も余ったので、先送りにしていた話をジジルに聞いてみることにした。

それは、アニエスの部屋の問題だった。

「そろそろ、お部屋を移したいと考えているのですが……」

「そういえば、旦那様に聞いていなかったわ」

現在、アニエスは客室を使っている。

裏部屋の修理は終わっていたが、夫婦役の件もあったので移の話がうやむやになっていた。

「屋裏部屋、いつの間にか旦那様が荷を持ちこんでいるのよねえ」

「そう、だったのですね」

「ええ。だから、あそこを使用人部屋にする気はないのかもしれないわ」

話に出てくるような可らしい部屋で、アニエスは気にっていた。だが、雨を被ったせいで古い家や寢臺は使えなくなってしまったのだ。

「使用人の部屋は、空いていなくてね。多分、何も言わないから、アニエスさんはそのままでいいと思うけれど」

「いえいえ、客間なんて、わたくしにはもったいないお部屋です」

花柄の壁紙に、赤で統一された裝は好みの部屋で、アニエスも気にっている。だが、使用人の分際で使うことは心苦しいと思っていた。

「う~ん。キャロルとセリアを一緒の部屋にすれば、一部屋空くけれど」

「それは、申し訳ないような」

「難しい問題ね。でもまあ、旦那様が何も言わない限り、こちらから口出しするようなことでもないと思うわ」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものなのよ」

ジジルがはっきり言い切ったので、アニエスは素直に聞くことにした。

「あ、そうそう。時間が余ったって言っていたわよね?」

「はい」

「だったら、アニエスさんに新しい役目を命じるわ」

今までアニエスはミエルのお世話係だった。

最近はお世話する頻度もなくなってきたので、ジジルは新しい仕事を授ける。

どのような仕事を任されるのか。アニエスは期待に満ちた眼差しで聞く。

ジジルの口から発表されたのは、意外なお仕事だった。

「――それはね、旦那様のお菓子係」

「ご主人様の、お菓子係」

「ええ、そうよ」

ベルナールが甘いお菓子が好きなのを知っているかと聞かれ、アニエスは頷く。

「困ったことに、旦那様はお菓子が好きなのを、恥ずかしいことだと思っているのよ」

「まあ、どうしてでしょうか?」

「男の人はお菓子をあまり食べないから、気にしているだけ」

「そうだったのですね」

一度、ジジルがうっかり指摘してしまい、それ以降、意地を張って食べなくなってしまったという、ある意味切ない事を話した。

「好きなのに食べられないって、なんだか可哀想になって」

そこでアニエスの出番となる。

「多分、アニエスさんが一生懸命作ったって言えば、食べてくれると思うの」

「わたくしが、ですか?」

「ええ」

お菓子を食べればホッと出來、心癒されて元気になる。

ベルナールにも、何日かに一度、そういう時間があってもいいのではと、ジジルは言っていた。

お菓子作りは簡単なから始める。きっちりとレシピ通りに作れば、失敗することもない。

難しいことではないと、ジジルはお菓子作りについて語って聞かせた。

「どうかしら?」

「とても、素敵なお仕事だと、思います」

アニエスはすぐに「お役目、是非ともおけいたします」と返事をする。即答だった。

「だったら、今日の夕方からさっそくお菓子作りに取り掛かって頂こうかしら?」

「はい、頑張ります!」

夕刻になれば、意外なお菓子作りの指導役が紹介された。

「アニエスさん、今日はこの子達に習ってね」

「先生です」

「先生ですよ」

アニエスの前に現れたのは、エプロンを掛けたキャロルとセリア。

達はお小遣いを節約するために、家にある材料でお菓子を作っていたのだ。

「えっと、キャロルさん、セリアさん、よろしくお願いいたします」

ぺこりと頭を下げるアニエスに、雙子も同じようにお辭儀をして返した。

「お菓子作りは初めてなので、いろいろとお手を煩わせるかと思いますが」

「ええ、大丈夫ですよ」

「お菓子作りは簡単です」

竈は溫度調整が難しいので、使わない。加熱する道として取り出されたのは、柄の付いた淺い鍋だった。

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