最終的に會場の席は満席となっていた。後方には、立ち見で參加をしている者達も居る。

早速、一品目が出品されていた。

「こちらは人魚の涙と言われた寶石のついた首飾り。金貨五枚からどうぞ」

參加者達は次々と札のようなを掲げる。

「なんだ、あれは？」

「パドルだよ」

エルネストはベルナールにパドルと呼ばれている番號札を渡した。

「しい品があればこれを揚げてビット、札をするらしい」

複數の札希者が居れば値段はどんどん上がり、番號札（バドル）を下げれば札権は取り消される。番號札を揚げる者が自分の他に居なくなれば落札者となり、商品の購が可能となる仕組みであった。

番號札パドルの話を聞いているうちに、一品目の札は終了していた。

落札額は金貨三十七枚。商人風の男が競り落としたようだった。

ベルナールの一ヶ月の給料は金貨五枚。よく分からない次元の取引だと思ってしまう。

絵畫に壺、寶石類に彫刻、時計、陶蕓品など、様々な品が出品され、ベルナールの給料の何十倍、何百倍の価格で落札されていく。

エルネストは先ほどから競売に興味がないのか、呑気に欠をしていた。

だが、目的の品が出てくれば、を乗り出してベルナールの肩を叩く。

「オルレリアン君、あれだ！」

それは彫像トルソが纏った、純白の婚禮裝だった。

アニエスの母親が結婚式に著ていたドレスで、時代錯誤な意匠デザインだったが、保存狀態が良く、遠目で見れば新品同様に見える。

「――こちらの婚禮裝、なんでも、社界で噂の聖の母君のドレスということです」

司會の言葉を聞いた參加者達がワッと沸く。

それを聞いたエルネストは、目を剝いていた。

「なっ、い、一、どうして！？」

「噂が広まっていたみたいだな」

司會者が「社界に降臨せし聖の祝福にあやかってはいかがでしょうか」と紹介の言葉を締めくくれば、次々と番號札があがる。

エルネストは分かりやすいほどにぶるぶると震え、怒っているようだった。それから、番號札を掲げ、札に參加していた。

ベルナールは冷めた目で、ことのり行きを見守る。

あっという間に金貨六十枚となった。揚がっている番號札の數は二つ。

エルネストともう一人、貴族風の男。後ろ姿しか見えないので年齢は分からないが、なりの良い男である。

「おい、大丈夫なのか？」

「百枚までいける」

「無理すんなよ」

親衛隊は一いくら給料をもらっているのかと、ベルナールは呆れながら札を続けるエルネストを眺めていた。

給料云々の前に、親からのお小遣いの可能も浮上し、馬鹿らしいとため息を吐いてしまう。

瞬く間に金額は跳ね上がり、百枚を超えた。

「あ、あの男、一何者なんだ」

「俺からしたら、お前も十分何者かと疑っている」

「私は第二親衛隊エレクト――むぐ」

ベルナールの問いかけに素直に答えようとしたので、慌てて口を塞いだ。匿名で參加をする競売の場で、自らを名乗る馬鹿がどこに居るのかと注意をすれば、すぐに大人しくなる。

競りは続く。

エルネストの表から、余裕が消えていた。

「くっ、ここまでか……」

「お前、よくそこまで出來るな」

「彼のためだ」

「……」

ベルナールは母親の形見の話をしていたアニエスを思い出す。

生活に困窮し、大切な品を売らずに済んだと微笑む表は、なんとも痛ましいものであった。

そんなアニエスに母親の婚禮裝を贈ったらどんなに喜ぶだろうかと考えた。だが、金貨百枚以上の贈りなんて無理な話だった。

だが、一つだけ、金貨百枚以上のドレスを手にれる手段がある。

それは、商人である祖父に頼み込んで、金を借りることだった。

ベルナールの母方の祖父は大変裕福な商家で、困ったことがあれば金を貸すと、しきりに言っていたのだ。

そこまで考えて、我に返る。

そもそも、どうしてそういう考えに至ったのかと、自分のことながら不思議に思った。

ぼんやりと考えごとをしているうちに、札額は金貨百二十枚まで上がっていた。

流石のエルネストも予算を超過してしまったからか、掲げていた番號札を下ろした。ぶらんと力なく垂れた腕と番號札が、彼の無念さを語っている。

司會者が「金貨百二十枚以上で落札希の方、他にいらっしゃいませんか？」と呼びかけている。

エルネストは全がぶるぶると震えていた。番號札を持った右手を左手で押さえている。

「あの男、許さない！」

「いや、あれだけ金を持っているってことは、國の重鎮か何かだろう」

「一、なんの目的で……！」

「お前もな」

怒りで震えているエルネストは、ベルナールの最後の一言は耳にっていなかった。

これで競りは終わりと思いきや、新たな番號札が揚がった。

まさかの展開に、會場は騒ざわめく。

爭奪戦に割り込んできたのは、だった。

背筋が張っていて、凜とした印象の後ろ姿。若いではなく、威厳のようなものを発しているようにも見える。

そんな中で、ベルナールは目を凝らしていた。

札に參加をしたの後姿に見覚えがある気がして、じっと注視する。

「オルレリアン君、どうかしたのか？」

「！」

エルネストの問いかけにびくりと肩を揺らす。

「い、いや、なんでもない」

僅かに浮かんだ可能をあり得ないことだと思い、頭の中で必死に否定する。

だが、の後ろ姿は、あまりにもよく見知った人に似ていたのだ。

結局、アニエスの母親のドレスは金貨百五十枚で落札された。

競り勝ったのは、途中參加のだった。

ベルナールは頭を抱え、地面を眺めている。

「オルレリアン君、大丈夫かい？」

「……」

先ほどまで怒っていたエルネストだったが、今はベルナールの心配をしている。

途中退席は出來ないので、もうし辛抱するようにと、優しく勵ましていた。

二時間ほどで競売は終了となる。

第二部として、仮面を被ったままの流會が開かれると言っていた。

「もう帰るだろう？」

「當たり前だ」

ベルナールはエルネストに早口で「帰る」と言い、會場をあとにする。

階段を大で降りて行けば、背後より聲をかけられた。

「――お待ちになって、ベルナール」

それは、心ついた時から獨り立ちするまで、毎日のように聞いていた聲。

聞き違いだと脳で処理して、先を急ぎたかったのに、はぴたりときを止めてしまった。

競売の參加者達はほとんど流會に行ったようで、帰り道を急ぐ者はベルナールの他に居なかった。

カツカツと、踵が階段を叩く音が近づいてくる。

ベルナールの心臓は、ドクドクと高鳴っていた。

額は汗が滲み、昇格試験の面接時よりも張しているのに気付いた。

恐る恐る振り返れば、そこに居たのは――。

「ごきげんよう」

「……」

背後に居たを見た瞬間に、膝から崩れ落ちそうになる。

「あら、もしかして、仮面をしているから、誰だか分からないのかしら？」

相手が誰か分かっていた。

なのに、言葉を失っている狀態で、ただただその場に佇むばかりだった。

は仮面を外し、微笑みを向けてくる。

それはベルナールにとって、止とどめのような笑顔だった。

「私はあなたのこと、仮面をつけていても気付いたのに、薄な息子だこと」

「あ、の……は、はうえ」

「ええ、あなたのお母様ですわ」

予想通り、謎のの正はベルナールの母、オセアンヌだった。

どうしてここに？　という言葉は出てこない。

それ以上に気になっていることがあったからだ。

「婚禮裝を、落札、したのは」

「ええ、私です」

何故、高価な婚禮裝を落札したのか。お金はどこから調達したのか。

そもそも、どうしてこの場に居るのか。

疑問は盡きない。

「――まあ、お義母様、そんな所で何をなさっているの？」

「！？」

し離れた場所から聞こえてきた聲に、愕然とする。

オセアンヌ同様に仮面をつけて階段を降りてくる。栗の髪にすらりとした型の、しい人。

仮面をつけていても分かる。

彼は、ベルナールが期より恐れている傑の一人だった。

それは、一番上の兄の奧方。

まさかの義姉の登場に、ベルナールは今度こそ膝から崩れ落ちた。