《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第三十八話 焦燥

足元では、ミエルがニャアニャアと鳴いている。

好奇心旺盛な子貓は廊下に出て行こうとしたので、首っこを摑んで持ち上げ、アニエスに手渡した。

お茶を淹れてくるか聞いてきたが、それどころではないと斷った。

アニエスはベルナールを見ながらにこにこしていたので、良いことでもあったのかと聞けば、何故か頬を染めて恥じらう様子を見せている。

「どうした?」

「いえ、その、久々に、拝見をしたので」

「何を?」

「ベルナール様の、騎士の、制服姿を」

アニエスが最後に制服姿をしっかり見たのは二年前。夜會が開催された宮殿の庭園で迷子になっていたところを助けてもらった時以來だったのだ。

騎士の制服姿が見られて嬉しいと言っているように思えて、ベルナールはアニエスから目を逸らした。

顔を背けた狀態で、照れているのを隠すために當時の狀況を追及する。

「つーかお前、あの時なんで庭に居たんだよ」

宮殿の庭は燈りがほとんどなく、危険な場所とされていた。故に、夜間は立ちりが止されている。

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「それに、あそこは人目を忍んだ男が潛んでいるし、一人でり込むような區域じゃないのに――」

庭に居たのは、追い駆けてくるエルネストから逃げるためであったが、アニエスはその辺はぼかし、獨りになりたかったと言っておく。

「視力が弱いのに、よくもそんな無謀なことが出來たものだ」

「ご、ごめんなさい」

「會場には専用の休憩所もあったのに」

「はい、勉強不足でした」

怒られてしまったので、しゅんと肩を落としていた。

その様子を見たベルナールは可哀想に思ったが、今後の彼のためだと思い、厳しい姿勢を崩そうとしなかった。

反省の素振りを見せたので、話は終わりにする。

「そんなことよりも、母上と義姉上の相手は大丈夫だったのか?」

訊ねれば、一転して表が元に戻ってしまったアニエス。

「駄目、だったのか? それとも、何か酷いことを言われたのか?」

「い、いいえ、大丈夫です。婚約者の役を演じていたことは、見しておりません。それに、オセアンヌ様とイングリト様には、とても優しくして頂きました」

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「だったら、どうしたっていうんだ」

「……それが」

矯正下著でを細くしていることが発覚し、オセアンヌとイングリトは街にアニエスの服を買いに行ってしまったのだ。

裝部屋に店から屆けられた箱が積み上がっている。

「ドレスの型を話している時に、型の話になって――」

噓は言えなかったと、罪を告白するように話すアニエス。

その後、しっかりと採寸され、傑二人はドレスを買うために街に繰り出して行ってしまった。

明日、また來るという手紙も屆けられている。

まさかの展開に、アニエスは恐しきっていた。

「まあ、仕方がない話だろう」

「なんだか申し訳なくて」

「買ってくれたは仕方がない。気にするな」

そう言われても、心苦しく思ってしまう。

婚約者役に徹することを誓った以上、噓を吐くのが辛いとは言えなかった。

それ以上に、ベルナールの家族から結婚を歓迎され、相手が親になってくれているのに、いつか話をなかったことにしなければならない事実にも落ち込んでしまう。

「こういう騙すような行為は、何度もすべきでは、ないのかもしれません」

「それは――そうだな」

ベルナールは軽い気持ちで頼んでしまったと、アニエスに頭を下げる。

「いつ、婚約が解消されたお話をするのでしょうか?」

「それは、まだ難しい」

もしも今回の話がなくなれば、母親に力技で結婚させられるのではと、戦々恐々としている。

現在、仕事は忙しい時期で、家の事務関係の処理は全てエリックに丸投げしている狀態であった。結婚をして、妻となったと共に過ごす時間なんてほとんどない。

「すまないが、もうしだけ付き合ってくれ」

「……」

「その際にかかった費用も気にするな。服代は母に返しておく。報酬だと思ってけ取ってくれると嬉しい」

「……はい、仰せの通りに」

まだまだ、彼にとって結婚は現実的な話ではなかった。

付き合ってもらうアニエスには申し訳ないと思ったが、母親の暴走を止める方法は他に見つからない。

「なんだったら、眼鏡代も俺が――」

「眼鏡はわたくしが支払います。いいえ、支払わせて下さい」

必死の形相で頼み込んでくるので、ベルナールは「分かった」と言う。

「眼鏡は、どうだ?」

「暮らしがとても快適になりました」

最初の頃は鮮明過ぎる視界に脳がついて行かず、合が悪くなったりしていた。最近は慣れてきたこともあり、長時間かけても問題ないと言う。

「目を細めなくても、きちんと見えるのは、とても素晴らしいことです」

「だろうな」

視力が悪いアニエスの行がきっかけで始まった不思議な縁。

五年前、夜會で勘違いをしなかったら、こうして向かい合って座っていることもなかっただろうなと、不思議な気分になっていた。

◇◇◇

翌日。

ベルナールの職場に突然の知らせが飛び込んでくる。街中を走る馬車が何者かに襲撃されたのだ。

乗車していた人の名を聞いて、驚くことになった。

被害者はオセアンヌ・オルレリアン、イングリト・オルレリアンの二名。

話を聞いた途端、全が立ち、カッと顔が熱くなるのをじる。

「右肩を銃で撃たれ、搬送されました」

「な!?」

どちらが撃たれたのかと、報告に來た新米騎士に怒鳴りつけるように聞いてしまった。

「あの、その、う、撃たれたのは、犯人側で……」

「は?」

「刃を持って押しり、襲いかかろうとしたところに、馬車に備え付けてあった鉄砲で撃ったそうです」

銃で応戦したのは若い方のご婦人だと言っていた。すぐに義姉がやったのだと気付く。

オセアンヌ、イングリト、両名とも傷一つないと言っていた。

ベルナールは深い息を吐き、力したようにすとんと長椅子に座る。

「大聲を出して、すまなかった」

「い、いえ」

現在、犯人は治療中で、命に別狀はないと報告された。

被害側である二人は街の中央にある騎士団の詰め所で事聴取をけていると言う。

「それで、ご両人がオルレリアン副と話をしたいと」

「分かった」

二人はさぞかし落ち込んでいるだろうと思い、一度、上司(ラザール)に報告したのちに、駆け足で向かった。

詰め所で名乗れば、すぐに奧の部屋へと案してくれる。

廊下を進む途中に、新たな報も明らかにされた。

応接間の扉を開けば、ベルナールの顔を見たオセアンヌとイングリトは、揃って駆け寄って來る。

「ああ、ベルナール!」

「とても怖いことがありましたの!」

二人はベルナールの両腕にしがみ付き、弱々しい聲で恐怖を訴えていた。

先ほど聞いた報告によれば、馬車の椅子の下にある銃を素早く取り出したのはオセアンヌで、銃をけ取り、迷うことなく弾を撃ったのはイングリト。実に冷靜な判斷及び連攜だったと、案してくれた騎士は言っていた。本當に怖かったのかと、疑ってしまう。

 イングリトは最近子育てや近所付き合いで忙しく、銃は握っていなかったと言っていた。

「上手く當たって良かったわ」

「ええ、ええ、本當に」

犯人の意識が戻れば、尋問に移ると言う。

扉が叩かれ、捜査がやって來る。ベルナールは別室に呼び出された。そこで話を聞けば、どうやら目的はアニエスの母親の婚禮裝だったことが発覚する。

「それは、何故?」

「おおよその憶測はいくつか上がっていますが、お伝えすることは出來かねます」

現在調査中で、婚禮裝も証拠品として預かることになっていた。

捜査より、二人を家まで送ってくれないかと頼まれる。

「分かりました」

「馬車は騎士団のを使って下さい」

「ありがとうございます」

客間に戻り、母と義姉に聲をかけた。

「母上、義姉上、釈放です」

「まあ、それでは私達が犯人みたいじゃないの!」

「全く、失禮ですわ!」

言い方を間違ったと、頭を下げるベルナール。

イングリトの家まで送るように言ったが、二人は首を橫に振った。

「街は怖いから、子どもを連れてベルナールの家に行くわ」

「私もそうします」

「は?」

思いがけない展開に、ベルナールは瞠目した。

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