《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第四十話 摑めぬ悪しき影

ベルナールはジジル、ドミニク、エリック、アレンを呼んで、數時間前に起きた事件について語って聞かせた。

「――というわけだ」

神妙な顔付きになる一同。

無理もなかった。相手の目的が分からない以上、ここも襲撃に遭う可能があるからだ。

「こういうことは言いたくないが、常に最悪の事態を想定していてしい。それから各人、なるべく武裝をしておくように」

キャロルとセリアに言うか否かはドミニクとジジルに任せることにした。

「侵者には遠慮をするな。害をなす者達には容赦をしなくてもいい」

最優先とするのは全員の生存。

屋敷の使用人達は戦闘においては素人であった。躊躇っていたら大きな被害をけることは分かり切っていることである。

「アニエスさんはどうなさるおつもりで?」

「今、考えている」

「彼が一番危険な狀況にあると思うのですが」

犯人の狙いはアニエスという可能もあった。一人で夜を過ごすのは、危険なのではとジジルは指摘する。

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どうすればいいのか。

ベルナールが対策を考えていれば、アレンが意見を言う。

「一番安全なのは、アニエスさんが旦那様の傍に居ることですけれど」

「あのなあ……」

未婚の男が同じ部屋で暮らせるわけもない。

「でも、オセアンヌ様とイングリト様は襲われているわけで、アニエスさんの居場所がバレるのは時間の問題でしょうね」

「それも、そうだが」

「オセアンヌ様に聞いてみては?」

「何を?」

「アニエスさんを傍に置いて守ることを」

「……」

苦蟲を噛み潰したような顔をするベルナール。

以前ならば即座に拒否していたが、街で起きた事件のことを考えると、それが最善なのではと思う。

「俺が居ない晝間に襲われたら意味もないがな」

屋敷の周囲は燈りがなく、真っ暗闇の中となる。襲撃するなら晝間だろうと、犯人側の心理を予想していた。

ベルナールは考えがまとまらず、頭を掻きむしった。

「事件が解決しないことにはゆっくり休めもしない」

「ですね」

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アニエスを中心とした事件は、波紋のように広がっていく。

「旦那様、犯人に心當たりは?」

「……一人だけ」

ベルナールは明日、その人に探りをれてみることにする。

最後に、イングリトへ猟銃を持って行くようドミニクに命じ、話し合いの集まりは解散となった。

◇◇◇

ドミニクはジジルと共に猟銃と折り鞄を持って、イングリトの部屋を訪れる。け取った銃は、寢臺の下へ素早くしまっていた。

その間、ドミニクは慎重な手つきで黒革の折り鞄を機の上に置く。

「イングリト様、こちらは小型の武でございます」

ナイフにこん棒、鞭に鉄扇など、騒な武を並べ、使い方を説明する。

ドミニクはでも狙える人間の急所について教えていた。

ジジルとイングリトは、子どもに見つからないような場所に武を隠していく。

「これで安心かしら?」

「イングリト様のご活躍に期待をしております」

無理をしないようにと、釘を刺すのも忘れない。

次に、オセアンヌの元へと向かう。用件はアニエスのことだった。

「――犯人は、きっとアニエスさんも探しているでしょう。母親の婚禮裝だけ奪う、というのもおかしな話ですし」

「ええ……」

「でしたら、ベルナールは家に居る間だけでもアニエスさんの傍に居て、守るべきですわ」

それは同じ部屋で寢食を共にすることを意味する。未婚の男だが、大丈夫なのかと聞いてみた。

「よろしいのではなくて? いずれ結婚をする仲なので、何かあっても問題はありません。でもまあ、あの子は何もしないでしょう」

決まりごとに対し、何があろうと破らない鋼の意志を持っていると、オセアンヌは息子を評する。それに、酷く潔癖なところもあると言っていた。

「二人はまだどことなくぎこちないじもしているので、距離をめるのにはいい機會かもしれませんわ」

「そうですね」

「アニエスさんへは、街の治安が若干悪くなったとか、ふんわりとした理由を伝えて頂けるかしら?」

「承知いたしました」

こうして、母親公認でベルナールはアニエスの警護をすることになった。

◇◇◇

「――というわけで、オセアンヌ様の許可が下りたわけですが」

「……ああ、分かった」

ベルナールの寢室は広いので、アニエスに移をするように行ってくると言う。

「寢臺も、互いが気にならないように整えます」

「頼む」

ジジルに全てを任せることにした。

靜かになった部屋で、椅子の背もたれに重を全て預ける。

だらりと腕を垂らし、放心狀態となった。

――どうしてこうなった。んな意味で。

エルネストに追われていた時はまだ平和だった。

現狀は苦しくなる一方で、見えない敵からアニエスを守るのは難しい狀況になっている。

だからと言って、彼のことを見捨てることは出來なかった。

その日の晩、アニエスがジジルと共にやって來る。手にしている籠の中には、ミエルがっていた。

皮の分厚い外套を纏い、下に寢間著を著ているようだった。

長い髪のは三つ編みにして、の前から垂らしている。

ここでは眠るだけなので、眼鏡は部屋に置いてきていると言っていた。ジジルはぎこちない様子を見せている主人に報告した。

「旦那様、寢臺の用意は整っております」

「分かった」

ベルナールの部屋の寢室には天蓋が張られ、中心にはカーテンが引いてあり、相手の寢ている姿は見えないようになっていた。これで、寢臺を譲り合う心配もない。

アニエスは張しているのか、落ち著かない様子を見せていた。

その姿は、まるで初夜を迎える花嫁のようだとジジルは思う。ベルナールは呑気なことに、寢所が変われば眠れないのかと質問をしていた。

妙齢の初々しい娘を前に、殘念な反応であった。

「では旦那様、アニエス様、私はこれで失禮します」

「ああ」

「お疲れさまです、ジジルさん」

ジジルは一禮をして、部屋から出て行った。

はシンと靜まり返る。

耳を澄ませば、ミエルの「すぴー……すぴー……」という寢息が聞こえていた。

「貓はもう眠ったのか」

「はい。子ども達と遊んで満足したのか、早い時間に眠ってしまいました」

「そうか」

アニエスはいつも以上にこまっているように見えた。眠らないのかと聞けば、目を泳がせている。

「また不眠なのか?」

「い、いえ、ここに來てからは、よく眠れています」

「だったらいいが」

眠たくないのならば、寢酒を飲めばいいと勧める。機の上にあった酒をグラスに注いで渡した。

「お酒、初めて飲みます」

「ジジルにわれなかったか?」

「はい」

二十年間生きて初めて口にするという話を聞いた瞬間、ベルナールは首を傾げる。

「お前、十九じゃなかったのか?」

「半月前に二十歳になりました」

「あ、そう、だったのか」

貴族に生まれた者達の誕生日は、大々的なパーティが開かれる。アニエスも今までそうだっただろうことを考えれば、気の毒になった。

誰にも祝福をされない誕生日を、彼はどう過ごしたのか。

「――どうかなさいましたか?」

「い、いや」

ここで気の利いた言葉が言えるわけもなく、時間は刻々と過ぎていく。

グラスの中のお酒をぼんやり眺めていたアニエスだったが、覚悟を決めて飲むことにした。

「い、いただきます」

指先が震えていたが、気にせずにグラスに口をつけ、ゆっくりと傾けた。

酒は三口分ほど注いでいるだけだった。アニエスは、それを一気に飲み干す。

「お、おい、大丈夫なのか――」

の顔はみるみるうちに赤くなり、目付きがとろんとなる。グラスを機の上に置き、味しいと想を述べていた。

「ベルナール様は、お飲みにならないのですか?」

「……しだけ」

寢酒用にと部屋に果実酒を數本用意しているが、彼自酩酊することはない。酒に強い家系であった。一杯二杯くらいなら、問題ないだろうと思い、グラスを差し出す。

アニエスは真剣な眼差しで酒の瓶を持ち、ベルナールの持つグラスに向かって酒瓶の口を傾けた。

「――あっ!」

「危な!」

アニエスは眼鏡をかけていなかったのでグラスの位置を見誤った。だが、酒が零れる寸前で気付き、酒瓶の口は上げられる。

「自分で注ぐから寄こせ」

珍しく、アニエスは「注がせてください」と食い下がる。

隣に座ってもいいかと聞いてきた。

「近くは確実に見えるのです。次は失敗しません」

「……好きにしろ」

キリリとした顔で酒瓶を持ち立ち上がったものの、僅かにふらつく。

ベルナールが酔っ払っているのではと指摘したが、アニエスは力強く首を橫に振っていた。

ゆっくりとした歩みでベルナールの方の長椅子へと回り、隣に腰かける。

アニエスが座った位置は、著する程近かった。

「お、お前、やっぱり酔っ払っているだろう!?」

「そう、でしょうか?」

「あと、座っている位置が異様に近い!!」

「ですが、これくらい近づかないと、手元が、見えないのです」

以前にもこんなことがあったと、ベルナールは記憶を蘇らせる。

自分だけ慌てふためいているのが悔しくて、挑むようにグラスを差し出した。

アニエスはそっと酒瓶の口を近づけ、注いでいく。

ベルナールは自棄になり、酒を一気に飲み干した。

「ベルナール様、味しいですか?」

「普通だ!」

そう言って、次も注ぐようにグラスを差し出す。

アニエスは嬉しそうに酒瓶を傾けていた。

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