《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第四十一話 ついに、フワフワを摑んでしまった男
酒は二杯だけ飲んで、眠ることにした。
アニエスはふわふわした様子で、また今日みたいにお酌をしたいと言う。
「こういうことは、使用人の仕事だ」
「わたくしは、使用人です」
目を伏せながら言うアニエスに、注意する。
「おい」
「はい?」
「母上達の前で、使用人だとか言うなよ」
「……はい」
アニエスは苦しそうな表で返事をしていた。
以前、噓を吐くのは辛いと言っていたことを思い出す。
婚約を偽裝する期間は長くない方がいい。分かっていたが、止めるタイミングを完全に失っていた。
とにかく、今は結婚をする暇がない。まだまだ家族を騙す必要があった。
「もうしばらく、我慢をしてくれ」
「仰せの通りに」
アニエスは涙目で返事をする。
本當に申し訳ないと思い、今回の件が片付いたらなんでも願いを聞くと言った。
「願い、というのは?」
「例えば、旅行に行きたいとか、給料を上げてくれとか……まあ、いろいろだ」
謝の気持ちなので、遠慮はしなくていいと言っておく。
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「ほら、なんだ、熊の騎士がどうたらいう話――」
「熊騎士の大冒険ですか?」
「そうだ。あれを全巻とかでもいい」
読書としている本を勧めれば、アニエスの暗い表はしだけ晴れたように見えた。
それを見て、ベルナールのざわついていた心が落ち著く。
深夜を知らせる時計の鐘が鳴った。
「そろそろ寢るか」
「はい」
アニエスは急に張を思い出したようで、ぎこちないきとなる。
頬を赤らめ、恥じらう様子を見せていたので、ベルナールは思わず「初夜を迎える花嫁じゃないんだから」と指摘してした。だが、言い終えたあとで恥ずかしくなり、アニエスに背を向けて歩いて行く。
「お前は壁側だ」
「は、はい」
部屋の中心にあった寢臺であったが、アニエスを外敵から守るために壁側に寄せられていた。
アニエスは壁に近い方で眠り、カーテンを挾んだ向かい側にベルナールが眠ることになる。
「あの、ベルナール様」
「なんだ」
「ミエル、なのですが」
「貓がどうした」
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遠慮がちにいつも一緒に寢ていると言う。
籠の中で眠らせていても夜中になれば抜け出して、いつの間にか布団に潛り込んでいるのだ。
「貓を布団にれてもいいかということか?」
「はい」
「好きにしろ」
「ありがとうございます!」
まずはアニエスを寢臺の奧へ行くように命じた。
子貓のった籠を抱き締め、ちょこんと布団の上に座っているのを確認し、カーテンを閉める。
「寢るときは角燈を消してくれ」
「承知いたしました」
返事をしたアニエスは、急いで寢間著の上に著ていた外套をぐ。
カーテンの向こうに居る彼の姿が角燈の薄明りに照らされ、映し出されていた。
寢間著はの線に沿うような作りで、かなつきが影となって浮かび上がっている。
ベルナールは見てはいけないものを見てしまったと思い、慌てて布団の中へと潛り込んだ。
ドクドクと、の鼓が激しくなる。
そもそも、こういう異が近くで眠っているという狀況は初めてで、今更ながら大変な揺をしていた。
相手が僅かにじろぐ音が、無駄に大きくじる。
眠ろうと努力をしたが、結局淺い睡眠を取ることしか出來なかった。
朝。
ミャアミャアという、子貓の高い鳴き聲でベルナールは目を覚ます。
お腹が空いたのか、餌を求めるように鳴いていた。
腕に著していた溫かくてフワフワしているがあったので、貓かと思って思いっきり摑む。
「――!?」
それは、貓ではなかった。夢のようにらかくて溫かな、彼自持ちえないもの。
よくよく確認すれば、貓は頭上で鳴いていた。
ベルナールは一瞬で覚醒する。慌てて周囲を見れば、アニエスがすぐ隣で眠っていた。
一どうしてと、頭の中を整理する。
護衛のため、一緒の寢臺で眠った。中心には、カーテンがあった。なのに、アニエスは隣に居る。
起き上がれば、視界に壁が映った。
そこで彼は気付く。
アニエスが転がって來たのではなく、自が彼の領域に転がり込んでしまったのだと。
恐る恐る、寢姿を見下ろす。
貓を持ち上げようと思って、結構な力で握ってしまったにも拘らず、安らかな顔で眠っている。
ミエルが鳴いていても、ベルナールが不自然にいても、アニエスは目覚める気配がなかった。
なんて不用心で、呑気な娘だと思った。
じっと睨みつけていたが、らかな線を描くを注視していたことに気付き、顔を逸らす。
それにしても、なんで布団も何も被っていない狀態で眠っているのかと疑問に思った。が、その疑問はすぐに解決することになる。
ベルナールがアニエスの布団を奪って眠っていたのだ。自分の過ちに気付き、そっと布団をかけた。
寢臺から降り、何もなかったことにした。
今日は休日だったが、昨日は早めに帰宅をしたこともあり、出勤する。
アニエスはジジル達に任せることにした。
職場で昨日あったことを、上司であるラザールに報告する。
「確かに怪しい話だった。そこまでして、手したいというのは異常だ。婚禮裝に何かがあるとか」
「例えば、國外で価値のある品とか?」
「そうだな。他に、金銀財寶の地図があるとか」
「……」
アニエスをおびき寄せる目的ではなく、他に利用価値があるとすれば、事件が解決するまで母親の婚禮裝は預けておいた方がいいと思った。
「今、調査をしているらしいが、難航だと朝の會議で言っていた」
「……はい」
「エルネスト・バルテレモンの関與も疑っているが、なかなか探るのは難しいと」
その點について、ベルナールも疑っていた。
終業後、接を図ってみようと考えていることを伝えた。
「そういえば、競売に一緒に行ったのも、オルレリアンだったな」
エルネストは競売の參加者として、いくつか報提供をしていた。その資料に、ベルナールの名があったのだ。
「いつの間に仲良くなったんだ?」
「全く、欠片も仲良くありません」
「そうか?」
エルネストとの関係を全否定し、仕事の遅れを取り戻すことにした。
◇◇◇
終業後。
エルネストを呼び出して話を聞こうと、近衛騎士隊の事務所で面會の申し込みをする。
補佐に頼めば、すぐに本人がやって來た。
「オルレリアン君! 君から來てくれるなんて、初めてだね」
「……ああ。ちょっと面を貸せ」
「分かった。食事にでも行くかい? 魚介が味しい店を知っているんだ」
急に呼び出したので、嫌そうにすると思いきや、エルネストは何故か嬉しそうにしていた。
ベルナールは若干の気持ち悪さを覚えつつ、職場を離れることになる。
ありがたいことに、エルネストの連れて行ってくれたのは個室のある店だった。
誰が聞いているか分からない場所では、込みった話は出來ないと思っていたので、ありがたく思う。
「ここの店はいつも一人で來るんだ」
「何故?」
「は嫌がるからね」
「?」
その意味を、食事が運ばれてきて理解する。
ここの店の名は、蟹の香草オイル蒸し。
蟹はそのままの姿で出され、殻を割りながら食べるようになっていた。
「一度を連れて來て、文句を言われてね」
「だろうな」
王都では高級食材として扱われている蟹は、貴族の間で人気であるが、殻がく、手先、場合によっては服も汚れるのでは嫌う。優雅に食べられないというのも嫌悪されている理由の一つだった。
ベルナールはエルネストから聞いた食べ方を倣い、蟹の殻を割る。
フォークもナイフも使わずに食べるのが一番味しい食べ方だと言っていた。
殻から出てきたを食べる。
引き締まったは上品な甘さがあり、濃された旨みと香草の風味が舌の上を楽しませてくれる。
黙々と、殻を割り、あっという間に食べきってしまった。
二皿目からは、蟹に合う酒が運ばれてくる。
炭酸りの白葡萄酒と、蟹の相は抜群であった。
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