《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第四十六話 彼の気持ち、彼の気持ち
うつらうつらし始めた頃、突然カーテンを挾んだ先で眠るアニエスがもぞりとく。
「……おい、どうした?」
「あ、申し訳ありません、起こしてしまいましたか?」
「いや、まだ眠っていなかった」
アニエスはもうしだけ話をしたいと言う。出來れば、対面する形でと。
「……お前さあ、前から思っていたんだが」
「な、なんでしょう?」
「警戒心がなさすぎる」
良い働き口があるからとよく知りもしない男について行ったり、夫以外の男に寢間著姿を見せ、平然と眠ってしまったり。
誰にでも言われるがままに従うのかと、苦言を呈する。
「……そんなこと、ありません」
「ん?」
珍しく、ベルナールの発言をはっきりと否定するアニエス。
「ベルナール様を信用して、従っているまでです」
そこまで言って、彼は謝罪を口にする。
「信用ね。それは俺が騎士の恰好をしている時だけにしておけ」
「そ、それは、どうしてでしょうか?」
「騎士の姿をしている時だけ、自分の考えは押し隠して、騎士として務めているからだ」
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「ベルナール様は、普段から素敵な騎士様だと思います」
「それはそれは、過大評価をしてもらって恐だな」
「過大評価だなんて!」
會話が途切れ、シンと靜まり返れば、まだ起きていたミエルがにゃあと鳴く。
「あの、やっぱり、お顔を見てお話したい、です」
「好きにしろよ」
そう言えば、カーテンは開かれる。
アニエスより先に、ミエルが飛び出してきて、寢臺から床へ転がるように駆けて行った。
「あいつ、今日は元気だな」
「ええ。眠くなったら戻って來ると思います」
「そうかい」
再び沈黙。
顔を見合わせる狀態になったものの、アニエスは言葉を発しようとしない。
暗闇の中、ベルナールは彼の刺激的な寢間著姿が見えなくて本當に良かったと思う。
それと同時に心配にもなった。
もしも、アニエスが遠方の村で暮らすことになって、向こうの男が同じような提案をしてきたら従ってしまうのではないかと。
純粋な娘なので、恩をければ簡単に心を許してしまうのではと思った。
それは、ベルナールの心を掻きし、容認できるものではなかった。
思わず、苛立ちをそのまま口にする。
「お前、こういうところが無防備なんだよ」
「そんなこと――」
闇に包まれた中、相手がどのような顔をしているか分からなかった。
じりじりと彼の心を苛むのは、言葉に出來ない焦燥。
ベルナールは彼に男がどういう生きであるか、解らせる必要があると思い、そのを引き寄せて、その場に押し倒す。
突然の行だったが、アニエスは抵抗したり、悲鳴をあげたりすることはなかった。
微かに震えているのは分かったが、聲をあげずに大人しくしていた。
予定では、ここでアニエスが泣きび、男に気を許す振りをすればこういうことになる、と言うはずであった。
彼は期待を裏切って、なされるがままで居る。
もしかして、自分の狀況を理解していないのではと思い、恐る恐る頬にれてみる。
れた瞬間、アニエスはびくりと震えた。
だが、らかなに指先をすべらせても、抗議の聲をあげることはなかった。
その様子に、やはり無防備過ぎると、ベルナールは憤る。
押し倒した狀態でいるのも馬鹿馬鹿しく思い、起き上がった。
アニエスも、ゆっくりとを起こす。
暗い中ではあったが、互いに目が合っていることは分かっていた。
ベルナールは苛ついた聲で話しかける。
「もしも――」
「はい?」
若い男から多大なる恩をけ、ここでしたのと同じように、婚約者役を頼まれたり、一緒に眠るように命じられたりしたならば、従うのかと聞いてみた。
彼の答えは「否」だった。はっきりと述べる。
「……そのお方へ、恩をお返しするとしたら、一生懸命働きます。婚約者役は、無理かと。わたくしは、その、噓を吐くのが苦手で、演技が出來ませんので」
その答えは、ベルナールが特別な人であると言っているようなものだった。
以前、アニエスはベルナールを慕っていると、彼の母親の前で話していた。あれも、噓や演技ではないというのならば、本當の気持ちを口にしたことになる。
「ここに來て、がっかりしなかったのか?」
「がっかり、とは?」
「家での俺は、騎士らしくなかっただろう?」
「そんなことないですよ。ベルナール様は、いつでも素敵な騎士様でした」
「……そう、か」
今までの自らの行を振り返り、よく好意を抱いてもらったものだと考える。
自らがいかに鈍であることを、今になって痛した。まずは、先ほどの行を謝罪する。
「すまなかった、あのようなことをして」
「い、いえ、わたくしもを任せるようなことをしていまい――」
「ん?」
「なんでもございません」
アニエスは許してくれた。寛大な彼に謝をする。
自らが他人のについて疎く、言わずに理解することなど不可能だと考える。ベルナールはアニエスの気持ちを、きちんと確認しておきたいと思った。
それとなく分かっているような気もしていたが、今後のために言葉としてけ取っておく必要があったのだ。
「答えなくてもいいのだが」
「はい」
「――お前は、俺のことが好き、なのか?」
ハッと、息を呑むような聲が聞こえた。
ベルナールは彼の答えをじっと待つ。
しばらく靜かな時を過ごしたが、意を決した彼は自らのを口にした。
「はい、わたくしは、ベルナール様を、四年前にお助けいただいた日より、お慕いしております」
「――は?」
「も、申し訳ありません、ずっと、心にめておくつもりでしたが」
アニエスは四年も前からベルナールへ心を寄せていた。
その事実が判明し、呆然とする。
「四年前って、エルネスト・バルテレモンに追い駆けられていた時か?」
「はい」
「あれは、別に仕事をしていただけだが」
「ですが、人を好きになるのに、理由はないのだと、思われます」
「そ、そうか」
言われてみれば、それもそうだと思う。
アニエスのこともいつの間にか好きになっていた。不思議なものだと、ぽつりと呟く。
彼の告白を聞いて、ベルナールの気持ちも固まった。
アニエスは他所にやらないで、傍に置いて守り抜くと。
まずは、職場に連れて行く件について、上司に相談してみようと思った。
カチリと、壁時計がく音が聞えた。
隨分と長い間話をしていたと、ベルナールは気付く。
「もう、寢よう」
「はい。あ!」
「……まだ、何かあるのか?」
「申し訳ありません。こちらが本題です」
アニエスはごそごそといていた。
何事かと、眉間に皺を寄せるベルナール。
「こちらを、ベルナール様に」
暗闇の中、何かが差し出される。
「ちょっと待て、今、燈りを」
角燈を點け、周囲を明るく照らす。
ぼんやりとした燈りでわとなったアニエスは、やはり目に毒な寢間著姿で、眠たさからか目を潤ませ、さらに、頬を紅く染めている。
その魅的な姿を前に、ベルナールは思わず目を逸らしてしまった。
「ベルナール様、どうかなさいましたか?」
「あ、いや、なんでもない!」
自らの邪念を取り払おうと、首をぶんぶんと橫に振り、気を紛らわせるために差し出された品を見る。
それは、丸く青い寶石の付いた首飾りであった。
「これは?」
「わたくしのお守りです。どうか、ベルナール様の心配事が解決するまで、に著けて頂けたら、嬉しく思います」
「いや、そんな大切なもの――」
「お願いいたします」
アニエスは言う。
この首飾りが、さまざまな事をいい方向へ導いてくれたと。
「このお屋敷で雇って頂ける前、ベルナール様にお逢いできたのも、この首飾りのおかげです」
アニエスは質屋の前で悩んでいたのだ。
母親の形見を売って、ベルナールへのお禮の品を買おうかと。
「ですが、自分で働いたお金の方がいいと思い、下町でお菓子やパンを買って、騎士団の駐屯地へと向かいました。そのおかげで、ベルナール様に偶然お逢いすることが出來たのです」
アニエスの母は生前、困った時にはこの首飾りを使うよう言われていたのだと話す。
「ついつい買いすぎてしまって、手持ちのお金を全てお禮の品へと使い果たし、困った狀況に変わりなかったのですが、こうして、ベルナール様に助けて頂きました」
差し出された首飾りを、ベルナールはその資格がないと言ってけ取らなかった。
罪を告白するように、アニエスを雇ったきっかけを話し出す。
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