《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第四十七話 約束

「――お前は、俺が親切心から雇ったと思っているだろう」

ベルナールの言葉に、きょとんとするアニエス。「違うのか?」と言っているような表だった。やっぱりなと思い、深い溜息を吐く。

「初めは、腹いせのつもりで提案した」

「!」

さっと顔を青くするアニエス。

何か相をしたのではと、狼狽える。ベルナールはすぐに首を橫に振って否定した。

「違う、お前は悪くない。悪いのは、俺だ」

心當たりがないアニエスは、首を傾げている。

ベルナールは罪悪に押し潰されそうになりながら、話し始めた。

「……五年前の話だ」

それは、運命的な出來事と言ってもいい。

二人は伯爵令嬢と子爵子息で、出會いは必然だった。

アニエスは社界の華と言われていたが、ベルナールはどこにでも居る貴族の一人。何十と挨拶をわす人の印象に殘るわけがなかった。

「覚えていないと思うが、俺達は夜會で――」

「記憶にございます」

に手を當て、嬉しそうに言うアニエス。

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一方で、ベルナールは苦渋の表でいた。

「あの時、お前は俺をじっと見ただろう。視力が弱いから、目を窄めて」

「はい。お名前が熊さんだったので、どんな方なのかと気になってしまい――」

「そう、だったのか……」

「はい。今思えば、失禮な行為であったと、思います」

「いや、それはいいんだ。問題は、そのあとの俺の行だ」

「?」

意を決し、告白する。

「あの時、お前に田舎者の貴族だと、侮蔑するような目で睨まれたと思ったんだ」

「まあ、そんなこと、わたくしはまったく思って――」

「ああ、分かっている。狹量な俺の、一方的な勘違いだった」

アニエスの清らかな本質から目を背け、噂を信じ込み、勝手な虛像を形作った。高慢で気位の高い、いけすかないであると。

夜會でけた屈辱の意趣返しとして、困窮した狀況下にあったアニエスを使用人として雇うと提案をしたことを告げる。

「――だから、俺はお前が思っているような男ではない。短気で、淺はかで、薄っぺらな存在だ」

「そんなことないです」

「いいや。お前は自分の理想を、當てはめているのだろう」

「そんなことは――」

距離を詰め、必死になって否定するアニエスの肩を押して遠ざける。

だがしかし、彼はこの時ばかりは引かなかった。

「……最初に差しべてくれた手が、思が他にあったとしても、ベルナール様がお優しい方で、騎士として高潔な志をお持ちになっていることを、わたくしは存じております」

ベルナールの言う通り、初めこそ語の中の騎士と重ね合わせていることもあった。

けれど、ここで共に暮らす中で、アニエスの慕う心は日に日に膨らんでいったのだ。

「ここで過ごした思い出の中に、噓はなかったように思えます」

「それは――」

アニエスが言う通り、今日までの暮らす日々の中に偽りはなかった。

目まぐるしく過ぎていく中で、相手を出し抜く余裕すらなかったと言える。

「これまで、たくさん守って頂いていたような、気がします。今も、ですね。それは、雑じりけのない、純な気持ちから行って頂いたものだと、信じております」

「……」

「なので、今度はわたくしが、ベルナール様をお守りしたいのです」

アニエスは非力で、誰かを守る力など持っていない。

なので、今まで彼を守ってくれた、母親の形見の首飾りをベルナールへと差し出す。

「こんな大切なもの、け取れない」

しの間、につけていただけないでしょうか?」

今、ベルナールが抱えている問題が片付けば、返してしいと願う。

「これは、わたくしの我儘でもあります」

「どういう意味だ?」

しでも、ベルナール様との接點がしいのです。このような淺ましいの願いを、葉えて頂けないでしょうか?」

にここまで言ってもらえるような男ではないと、ベルナールは思わず顔を片手で覆う。

膝の上で強く握られた拳に、アニエスがそっと手を重ねた。

「わたくし、視力が弱くなったことを、ずっと憂いておりました」

だが、今現在、こうして寄り添っていられるのは、目が悪かったおかげだと、微笑みを浮かべながら話す。

それを聞いた剎那、ベルナールの中にあった黒い靄は綺麗に晴れていった。

「ありがとう……アニエス」

「わたくしも、同じお言葉をお返しいたします」

謝の言葉をわしたあとで、ベルナールは差し出された首飾りをけ取った。

角燈を手に取り、青く丸い寶石を照らす。

それは、ヒビのような筋が幾重にもった不思議なもので、を當てればしい彩を放つ。

ふと、ベルナールはある異変に気付く。

「なんだ、これ?」

アニエスは意味が理解出來ず、どうかしたのかと訊ねる。壁側を見るように言われ、背後を振り返った。

「これは――?」

白い壁は寶石を通して角燈で照らしていたために、青に染まっていた。

それだけではない。

青いは、地図のようなものを映し出していたのだ。

「これは――王都周辺の地図か?」

「みたい、ですね」

王都の郊外、ちょうど、ベルナールの家がある近くの森に寶箱の絵が描かれていた。

「ここに、何かあるということなのだろうか?」

「ど、どうでしょう? わたくしは、何も聞いておりませんでした」

「だが、困った時に使うように言われていたのだろう?」

「え、ええ。そうですね。ですが、母は詳しいことは何も――」

話をしている最中、ベルナールはハッとなる。

盜まれた母親の婚禮裝、アニエスを探し出させるかのように報じられた記事、父親の不祥事の謎。

を取り巻く問題が、一つに繋がった気がした。

「アニエス、この首飾りのことを誰かに言ったか?」

聞けば、ふるふると首を橫に振る。

「だったら、これから先、誰にも言うな」

アニエスは理由も聞かずに、頷いていた。

従順過ぎる彼の姿に、大きな不安を覚えるベルナール。

念のため、他の人の言うことは絶対に聞くなとも、釘を刺しておいた。

「これは、俺が預かっておく」

「よろしくお願いいたします」

「約束は覚えているな?」

「首飾りのことは、口外しません」

「よし」

話が終われば、アニエスは小指を出してきた。

「なんだ?」

「お約束をするときのおまじないです」

「……」

それは、互いの小指を結んで、誓いをたてるもの。

子どもの頃、悪さをして二度としないと母親やジジルと何度もやったことがあったと、ベルナールは思い出す。

それと同時に、まさか大人になってすることになるとはと、揺をしていた。

「ベルナール様」

「……う」

上目遣いで見つめられ、揺は加速する。

回避する手段はないと思い、半ばやけくそな気分で自らの小指をアニエスの細い指先に絡めた。

アニエスは歌うように囁く。

「――約束が、永遠に守られますように、誓います」

「……誓います」

指の力を抜いたが、なかなかアニエスは離そうとしない。

「おい」

「あ、ごめんなさい」

頬を染めながら、顔を背けるアニエス。

その姿は至極可憐で、見続けるとわされてしまうと思い、ベルナールも顔を逸らした。

こうして、彼らの長い夜は終わった。

◇◇◇

翌日、ベルナールは出勤し、いつも通りの一日を過ごす。

アニエスについては、帰り際に上司に相談しようと思っていた。

明日は休みで、野遊びに行く予定だった。

なるべく早く家に帰りたいと、仕事の量を確認しながら考える。

休憩の終わりを告げる鐘が鳴れば、頭の中を切り替える。

朝から屆けられていた書類に目を通す。それは、先日起こった盜難事件についてだった。

新しい報は何も上がっていない。

進展のない報告書を読んでいれば、自然と眉間に皺が寄ってしまう。

騎士団日勤の終わりを告げる鐘が鳴るのと同時に、部下がやって來る。

ベルナールに面會者が來ていると。

誰かと聞けば、義姉イングリトの名が告げられる。

なんの用かと首を傾げながら面會室に行けば、顔を真っ青にしたイングリトが所在なく座っていた。

「義姉上?」

「ご、ごめんなさい、ベルナール」

出會い頭に謝罪をするイングリト。

何かあったのかと聞けば、重々しく頷き、ことの次第を告げる。

「――アニエスさんが、拐されてしまったの」

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