《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第五十話 一人、暗躍する熊男

十分過ぎる報を得た狀態で、ベルナールは刑務所をあとにする。

ひとまず、人目につかないよう、侯爵家の馬車に乗り込んだ。

「有意義な時間だったかい?」

「おかげさまでな」

「それはよかったよ」

ベルナールはエルネストに向かって、深く頭を下げた。続けて、禮を言う。

「本當に助かった。ありがとう」

「やめてくれ。私こそ、お禮を言わなければならないのに」

「何故お前が禮を?」

「私を信用し、頼ってくれたことに対するお禮だよ」

かつてのエルネストは家名を鼻にかけ、尊大な態度で接していた。

ふと気が付けば、周囲に友達と呼べる存在がいないことに彼は気付く。すべては恵まれた環境の中、甘やかされて育った結果だった。

「謹慎を命じられた途端に、知人達は腫れれるような態度になり、徐々に遠ざかってしまった……。それだけ、私は大変なことを犯していたのだ。けれどオルレリアン君は、こうして私の元に來て、頼ってくれた。それが、どれだけ嬉しかったか――」

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「それは、お前がきちんと自分の間違いを告白し、反省していたからだ」

エルネストも、さきほどベルナールがしたように、深く頭を下げて禮を言う。

顔を上げれば、照れたように微笑んでいた。

どうして、男同士室で微笑み合わなければならないのかとベルナールは思ったが、口に出さずに頷くだけにしておいた。

◇◇◇

エルネストはこれからどうするのか聞いてくる。協力することがあれば、手を貸すとも。

「いや、これ以上は――」

「乗りかかった舟だ。最後まで付き合わさせてくれ」

「……」

逡巡ののちに、ベルナールは懐から革袋――中はアニエスの母親の形見の首飾り――を取り出し、エルネストへ差し出す。

「これを、俺の家に居る、熊みたいな庭師に渡してしい。それから、母に家族と使用人を連れて、至急実家に帰るように伝えてくれないか?」

「それは構わないが、初対面である私の伝言を聞きれるだろうか?」

「そうだな。ならば、これを」

取り出したのは、オルレリアン家の家紋が鞘に彫られている短剣。

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家紋にある鷲の羽を隠すように手渡せば、急事態を知らせる隠し暗號となることを説明した。

「まあ、母上が覚えているか分からないが、短剣だけでも急事態であると伝わるだろう」

「わかった。この二つ、かならず送り屆けよう」

「頼む」

「他は大丈夫かい?」

実を言えば、もう一つだけエルネストに頼みたいことがあった。

斷ってもいいがと前置きをしてから、話をしてみる。

「そんなことか。もちろん、可能だとも」

「すまない。それをしてくれたら、大変助かる」

「任せてくれ!」

「事はあとで説明するから」

「それは、君の判斷にお任せするよ」

「分かった」

エルネストと新たな約束をわし、馬車から降りる。騎士団の門を潛り抜け、更室で騎士の制服に著替えてから、自らの部隊の執務室まで急いだ。

目的は報を伝える書類の作

それがあれば、ブロンデルの自宅に伝令にやって來たと理由をつけて、部へとることが可能となる。

だが、作を許されているのは隊長格だけ。

ベルナールの上司であるラザールは今の時間は會議なので、執務室は誰も居ない。偽造をするには持ってこいのタイミングであった。

現在、彼が所屬する第三強襲部隊の隊員達は訓練をしている。よって、廊下では誰ともすれ違わなかった。

執務室の鍵を開き、中へとる。

各部隊の隊長が持つ承認印は金庫の中にあった。普段、ラザールは管理をベルナールに任せているので、開く手順は把握していた。

報告書の中は、もしもの時のことを考えて、適當な事件と対策案をでっちあげておく。

時間稼ぎにはなるだろうと考えていた。

した偽造書類を封筒にれ、公式な書類にのみ使われる承認印を封をした部分に押した。

承認印は元の場所に戻し、偽造書類は懐へしまった。

次の行に移ろうと振り返った瞬間、執務室の扉が開いた。

って來たのは――ラザールだった。

「うわ、オルレリアンか! びっくりした」

「……隊長、お疲れさまです」

「ああ。どうしたんだお前?」

ラザールの問いかけに対し、適當に忘れをしたと言う。

心臓がバクバクと鳴り、額には汗が浮かんでいた。揺が表に出ないように努めていたが、自らが今、どのような狀態なのか確認するはなかった。

「母君の容態は?」

「醫者に診せまして、二、三日、安靜にしていれば、快方に向かうと」

「それは良かった。この前の事件で、心労が溜まっていたんだろうな」

「ええ……」

「ああ、事件と言えば――」

今回の定例報告會でも、アニエスの母親の婚禮裝を盜んだ者についての報は出なかったと話す。

「思うに、部の人間の犯行ではないかと、私は推測している」

「それは――」

「なんて、會議で言えるわけないけどな」

ベルナールはホッと安堵の息を吐いた。

もしも部の犯行ではないかと言っていたら、ラザールはどうなっていたかわからない。

定例會議はブロンデル副隊長が執り仕切る集まりなのだ。

ここで、ラザールにすべて言うべきか迷った。

部屋に忍び込み、勝手に書類を作したことに対する罪悪も膨らんでいく。

だが、彼は決めていたのだ。誰が敵で、誰が味方かも分からない狀況なので、今抱えている事は相手が騎士である限り言うべきではないと。

いつもと様子が違う部下に気付いたラザールは、助言をしておく。

「オルレリアン、お前はお前の正義でけ」

「隊長……」

「騎士団ここも、どうなるか分からないからな。いっそのこと、一度崩壊すべきなのかもしれん」

どういうことなのかと聞けば、意外な騎士団の部事が語られる。

「現在の上層部の役職は、騎士団人事部のあと押しで決まる。なので、出世したい者は、人事部の人間を接待をするんだ」

「上に立つ者は、実力者ではない、ということですか?」

「ああ。騎士団の上層部は、お金がある強したたかで狡猾な男達だ」

ここだけの話だと言い、口止めされた。

その後、ラザールはベルナールに早く帰るよう勧める。

もしかしたら、他に目的があるとバレているかもしれないと思ったが、何も言わずにそのまま執務室を出た。

そして、次に向かったのは、中庭にある騎士隊の制服が保管されている倉庫。平屋建てだが、天井は高い。

裏に回り込み、人の気配がないか確認。幸いにも、周囲には誰も居なかった。

り口は鍵がかかっているので、換気のために開いている窓から侵することに決める。

窓は高い位置にあり、レンガの僅かな隙間に足をかけ、よじ登って行った。

ここでの目的は、騎士隊の通信部隊の外套と帽子。薄暗い中、必死になって探す。

十五分の捜索を経て、ついに発見した。手にした外套を綺麗に折りたたみ、中に帽子を挾んで、再び窓から外に出る。

以上で、準備はすべて整った。

借りてきた通信部隊の制服は第三強襲部隊の外套に包み、脇に抱える。

あとは門を見張ってブロンデル副隊長が帰宅するのを確認しなければならない。

正門付近は見通しを良くするために木を伐採し、を潛める場所はなかった。なので、直接守衛所に向かい、時間を潰すことにした。

守衛所には二人の騎士が居る。

一人は付係で、もう一人は門を通った者を記録する係。

ベルナールは軽く敬禮をしつつ、労いの言葉をかけた。

「よう、お疲れ」

「お疲れさまです」

騎士隊の分証明を示せば、若い騎士の姿勢がピンとびる。

「第三強襲部隊所屬、ベルナール・オルレリアンだ」

「第八警務隊所屬、イワン・ドートであります」

互いに名乗り合えば、早速本題に移る。

し、ここの資料を見せてもらいたいのだが」

「はい」

守衛所には一日に通った騎士の數や來客など、さまざまな記録を綴ったものが保管されている。副隊長以上の役職者は、いつでも閲覧が許されているのだ。

「五年前の収穫月メシードルの通行記録を見せてくれ」

「了解しました」

資料は守衛所の地下にある。若い騎士は、小走りで階段を降りて行った。

これで守衛所の部は記録係と二人きりとなり、絶好の場所で出りしている者達を観察できるようになる。

尚、記録者は門から目を離したらいけないようになっているので、背後に居るベルナールの視線には気付かない。

――十分経ったが、騎士は戻らない。

かつて、守衛所勤務経験のあるベルナールは知っていた。地下にある資料はきちんと管理されていないと。

多分、見つけることは出來ないだろうなと思いつつ、門を眺めていた。

それから三十分後。

ブロンデル家の紋章が付いた馬車が通過して行った。

ベルナールは地下に居る騎士にもう待てないとび、守衛所をあとにする。

急いで馬車乗り場がある中心街に向かう。

途中、路地裏にって通信部隊の外套を著込むと、貴族街行きの馬車に飛び乗った。

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