《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第五十二話 熊男、大ピンチ

ヨハン・ブロンデル。齢よわい、四十二となる。伯爵家の次男で、騎士団を取りまとめる総隊長の副。白銀の鎧を纏い、白髪の混じった金の髪を後ろにでつけている。口元の髭も綺麗に整えられており、紳士然とした見た目をしていた。

武蕓の才や格にも恵まれ、剣、武においては騎士団の中の三本指にるとも言われている。さらに、人が厚く、慕う騎士も多いと聞いていた。

家柄、教養、実力、すべてが揃った騎士であり、次代の総隊長はブロンデルしか居ないとまで噂されているほどだった。

それほど、出來た人間だと言われていた。なのに、彼はアニエスを拐し、暴力をふるって地下に監していた。

「――ドブネズミが一匹、忍び込んでいましたか」

そんな風に言い、嗜的な表でベルナールを見る。

失敗したと、ベルナールは自らを責める。アニエスを連れた狀態では、上手く立ち回ることも出來ない。

悪いことは続くようで、危機たる狀況はさらに悪化する。

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バタバタと足音が聞こえてきたかと思えば、あっという間に武裝した男達に取り囲まれた。數は三十以上。たとえアニエスを連れていなくても、ベルナールに勝ち目はない。

者を追い詰めたブロンデルは、微笑みながら話しかけた。

「その娘を、地面に下ろして頂けますか?」

ベルナールはアニエスを抱いたまま、微塵たりともこうとしない。

ブロンデルは強な騎士だと笑みを深め、腰からナイフを引き抜き、迷うことなく投げつけた。

放たれたナイフは、狙い違わずベルナールのに刺さる。

激痛が走ったが、よろめくことはなく、しっかりと地に足をつけて耐えた。

「……お見事。ですが、毒には勝てないでしょう」

その言葉を聞いた瞬間に、足元の力が抜ける。

崩れ落ちるように地面に膝を突いたが、アニエスは離さなかった。

ナイフには毒が塗られていた。

そのことに気付いたベルナールは舌打ちをする。

このままでは全の力が抜け、アニエスを落としてしまう。なので、そっと床に寢かせ、からナイフを引き抜いた。

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剎那、全より震えが生じる。

自らの手に意識を向ければ、指先をかすことも葉わない狀態になっていた。

しだいに、地面に膝を突くのも辛くなった。倒れそうになるのを必死に耐える。

最後のあがきとばかりに、ブロンデルをジロリと睨み付ける。

それだけしか、今のベルナールには出來なかった。

「安心して下さい。すぐには殺しません。あなたは渉の材料として活用させて頂きます」

「何を、言っている?」

「その娘は強でしてね、母親の財について、何も喋らなかったのですよ」

「!」

それは、ベルナールが口止めをしたからだった。なんて約束をしてしまったのだと、深い後悔に苛まれる。

「その娘は、捕えられ、刃を首筋に當てても、毅然とした態度を崩さなかったのですよ。実に、生意気です。ですが唯一、あなたの名前を出した時に、わずかな揺を見せました。このまま揺さぶれば何か喋ると思っていましたが――」

それでも、アニエスは母親の財産について口にすることはなかった。

我慢も限界になったブロンデルは、部下に痛めつけるよう命じる。

「それは失敗でした。以降、口を堅く閉ざし、こちらの問いかけにまったく反応を示さなくなってしまったのです」

ブロンデルはベルナールよりしだけ離れた位置に居た中に問いかける。いつ、アニエスが気を失ったのかと。

「ここに連れ込まれてすぐに」

「そうでしたか。どこまでも、強な娘ですね。場合によっては、客人として厚くもてなしたのですが――」

頭に巻かれたの滲んだ布を見て、醫師の治療が必要だとブロンデルは呟いた。

「まあ、そんなわけで、あなたは報を引き出すための材料にします」

ベルナールを痛めつければ、アニエスは報をすぐに口にするだろうと、ブロンデルは宣言した。

しだいに、の震えが激しくなる。

の自由が利かず、視界までもぼんやりとしていた。

そんな中でも、ベルナールは諦めていなかった。

「……お前の、悪だくみは、葉わない」

「負け犬の遠吠えですね」

まったく気にしていないような素振りを見せつつも、ブロンデルはベルナールに近づき、頬を拳で毆った。

衝撃でぐらりとが傾き、そのまま地面に倒れて転がる。

「口の利き方には、気を付けた方がいいですよ」

「……お前も、な」

「!?」

地に伏せてなお、生意気な口を利くベルナールに蹴りをれようとしたその時、ブロンデルの名をぶ者が現われる。

それは、公私共に支える筆頭書であった。

武裝した男達をかき分け、ブロンデルの元へとやって來る。

「なんですか?」

「客人です」

「こんな時間に、誰です?」

書はそっとブロンデルの耳元で囁いた。

「今日は會えないと言って帰してください」

「ですが、是非ともとおっしゃっておりまして。こちらの品をお持ちに」

「これは……!」

書が白い布に包まれた品をブロンデルだけに見せる。すると、目のが変わった。

「分かりました。しだけ、お話を」

 そう言いかけた時、突然場違いな明るい聲が響く。

「――やあやあ、ブロンデル副長殿、こんな所にいたのですね!!」

聞こえてきたのは若い男のもので、「ここに來てはいけません」と言う使用人と共にやって來た。

制止の聲も気にせずに、ずんずんと先を進む男。

「ちょっと失禮。通るよ」

武裝した者達をかき分け、ブロンデルの元に辿り著く。

「こんばんは。待ちきれずに來てしまいました」

「バルテレモン卿……!」

にっこりと、満面の笑みを浮かべていたのは、エルネスト・バルテレモン。

今日は謹慎中に書いた反省文を読んでしいと思い、訪問したと話す。客間で待てずに、直接來てしまったとも。

「早く騎士の仕事に戻りたいと思っていまして――おやおや?」

わざとらしい大袈裟な振る舞いで、周囲の狀況に気付くエルネスト。

倒れたベルナールにアニエス。散った痕。明らかに、普通の狀況ではない。

「あそこに居るのは、もしかして、行方不明だったアニエス・レーヴェルジュ嬢ではありませんか? どうしてここに?」

エルネストの追及に、ブロンデルは困った表を浮かべて話す。

當然ながら、真実を話すわけがなかった。

「彼、ベルナール・オルレリアンが、彼を捕えていたようです」

「まさか!」

「本當ですよ。私達は、ある報を元に、彼を救出しました。ですが、彼は偽造書類を作って我が家に忍び込み、再び連れ出そうとしたのです」

ベルナールがついに毒で喋れなくなったのをいいことに、好き勝手なことをブロンデルは言っていた。

エルネストがここにやって來たのは偶然ではない。

ベルナールが騎士隊の終業後、三時間経っても連絡がなかったら、ブロンデルの屋敷を訪ねるように頼んでいたのだ。

エルネストは、想定以上の働きをしてくれている。

あとは彼を頼るしかない。意識が僅かに殘るベルナールは、神にも祈るような気持ちでいた。

狀況を把握したエルネストは、連れて來ていた従者の名をぶ。

「彼を我が家の醫者に診せてくれ、大至急!」

「分かりました」

その指示に、ブロンデルは揺を見せる。

「バ、バルテレモン卿、醫師は、ここに呼びましょう」

「現場では、これから騎士の検分も始まりますし、ドタバタして彼もゆっくり休めないでしょう」

「ですが――」

「どうぞ、アニエス嬢は我がバルテレモン侯爵家にお任せください。彼は、どうします?」

「オルレリアン卿は制服の竊盜、使用人への暴行、それから、持って來ていた報告書も偽造したものでしょうから、取り調べが必要になりますね」

エルネストは痙攣を始めたベルナールを見て、眉を顰める。毒か何かに侵されているように見えたからだ。

どういうことかとブロンデルに聞けば、追い詰めたら自害を図ろうと、毒の塗ったナイフで自らのを刺したと説明する。

「彼も早急に治療が必要ですね」

「ええ。柄は騎士団に預けましょう」

この件については、エルネストも頷くしかない。

はどうであれ、ベルナールは罪を犯したのだから。

その後、ベルナールは駆けつけた騎士に連行される。

怪我の治療を施されたのちに、牢屋の中に拘束された。

見張りの騎士よりの毒が抜け次第、ベルナールは取り調べをけることになると言われる。

ぼんやりとした意識の中で、アニエスや家族は無事だろうかと考えていた。

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