《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第五十九話 船にて 前編
船では特別な扱いをける。
特権階級者のみ利用できる客室へと通され、荷は乗務員が運んで行く。
カルヴィンは船長と知り合いらしく、挨拶に行くと言って居なくなった。
アニエスの貓、ミエルは籠にれられ、運ばれていた。
れる區畫が二等室からなので、ドミニクが世話をすることになった。
犬のように人懐っこい貓は特に寂しくないようで、さきほども餌のササミをすべて平らげたという報告をジジルより聞く。
「――まあ、それにしても、すごい人でしたわ」
がやがやと騒がしく、人で混み合っていた通路から、靜かな部屋で腰を下ろすことが出來たオセアンヌは、安堵の息を吐きながら言う。
「落ち著くまで、しばらくここで待機させていただきましょう。さあ、あなた達も座って」
座るように促されたベルナールとアニエスは、長椅子に腰を下ろし、しばし一休みをすることにした。
ベルナールは窓からの景を眺め、目を細める。
目の前には、広大な海原があった。太のをけて、キラキラと輝いている。
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海を見ていれば、故郷から王都までやって來た日のことを思い出す。
特別な用事以外では、海は渡らないものだと思っていたが、人生とは何が起こるかわからないと、を以て実することになっていた。
途中、給仕がお茶とお菓子を運んでくる。
角切りのリンゴがたっぷりとったスコーンに、アッサムのミルクティーが運ばれた。
ふわりと甘い香りが漂い、ベルナールの視線は海から機の上の甘味に移される。
隣で様子を窺っていたアニエスはするりと絹の手袋を外す。それから、スコーンを手に取ってナイフで二つに割り、クロテッドクリームをたっぷりと載せた。半分を、ベルナールへと差し出す。
「ベルナール様、どうぞ。焼きたてなので、ご注意を」
笑顔で差し出されたスコーンを、ベルナールはけ取って食べる。
サックリホロホロな生地に、シャクシャクのリンゴの甘煮、濃厚なクロテッドクリームが絶妙な配分で合わさり、口の中は至福の時を迎える。
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そんなスコーンと、甘く濃厚なミルクティーとの相は抜群であった。
アニエスはスコーンを頬張るベルナールを、嬉しそうに眺めていた。
「あなた達、大変仲が宜しいですね」
母親の呟きを聞いたベルナールは、危うくミルクティーを噴き出しそうになった。危なかったと、口元を押さえながら思う。
「何を慌てているのですか。良きことですのに」
「む、無意識で……」
「ならば、余計に素晴らしいですわ」
母親にアニエスとの仲を指摘されて恥ずかしくなり、照れ隠しをするためにスコーンを摑んで齧る。
足りない気がして、あとからクロテッドクリームを塗ったが、先ほどよりも足りないような気がして、首を傾げた。
「ベルナール様、どうかしましたか?」
「いや、さっき食べたやつの方が味しかった気がして――」
「まあまあ、ベルナール。それはと言う極上の甘味料が加わっていたからですよ!」
「!?」
本當なのかと、ベルナールはアニエスを見る。
そんなわけはなかったが、アニエスはオセアンヌの話に合わせ、困った笑顔を浮かべながら、頷いておいた。
◇◇◇
人の通りが落ち著いたと言い、客室乗務員が船室へと案してくれる。
まさかアニエスと同室ではないだろうなと、背後を歩くジジルに問いかけたが、そうではないと言っていた。
「アニエス様とご一緒のお部屋がよろしいのなら、そのように手配を、今すぐに」
「止めろ、絶対に」
一人部屋だと聞いて、夜はゆっくりと過ごせそうだと安堵する。
だが、そのあとの予定を母親より聞かされ、がっくりと肩を落とすことになった。
「ベルナール、夜は立食パーティがあるそうです。正裝を鞄の中にれているので、なりを整えて來るように」
「え、でも、禮服は持ってきていないはず――」
「ええ、エリックが別の鞄に詰めていましたので、安心なさい」
「……」
服がないことを理由に參加を見送ろうと思っていたら、しっかりと準備はなされていた。
オセアンヌは、アニエスにも振り返る。
「アニエスさん、あなたもです。私のドレスを仕立て直した品を持ってきています。それを著て、參加をして下さいね」
短い期間では、アニエスのに合うドレスの用意は出來なかった。代わりに、オセアンヌのドレスの寸法を調節し、新たな飾りやレースを付けて仕立て直したを著るようにと勧める。
「オセアンヌ様、その、ありがとうございます。嬉しいです」
素直に謝し、ぺこりと頭を下げるアニエスを見たオセアンヌは、満足げな様子で頷いていた。
一行はパーティの時間まで解散となる。
ベルナールは割り當てられた部屋にった。そこは船の一等室で、自宅の私室よりも広い。
外には臺バルコニーがあり、風と共に景を楽しめる仕様となっている。
居間には螺旋階段があって、二階部分が寢室となっていた。
贅が盡くされた裝と部屋の規模に、若干の居心地の悪さを覚えてしまう。
とりあえず、風呂にろうと、浴室に向かう。
ここでも、大理石で作られた純白の風呂場を前に、げんなりとしてしまうベルナールであった。
頭とを洗い、熱い湯で流す。
最後に浴槽に浸かり、ふうと息を吐いた。
アニエスが毎日するように、湯の中でから脹脛にかけて、しっかりとんでいく。
にある傷痕は、ほとんど目立たなくなっていた。だが、後癥はしっかりと殘っている。
アニエスの按の果なのか、あまり腳を引きずらないようになったが、それでも以前よりは不便を強いる生活となっていた。
醫師の言う通り、日常生活を送れるレベルにまで歩けるようになるのかと、一抹の不安をじる。
しなしながら、分からないことを気にしても仕方がない。
今を一生懸命に生きるしかないと考える。
風呂から上がり、タオルで雑にを拭いて、シャツとズボンを著込む。
ポタポタと髪から水滴が滴っていたが、気にせずに肩にタオルをかけた狀態で居間まで移した。
しばらくぼんやりとしていたら、眠気に襲われる。
せめて髪のを乾かしてからと思ったが、瞼はどんどん重たくなっていった。
機の上にあった水差しからよく冷えた水をカップに注いで一気に飲み干す。
若干目が覚めたので、ガシガシと髪のを拭いてから、しばしの仮眠を取ることにした。
トントンと扉が叩かれる音で目を覚ます。気付けば、辺りはすっかり真っ暗になっていた。
長椅子で眠ったので、がギシギシと悲鳴をあげている。面倒くさがらずに、寢臺で眠れば良かったと後悔していた。
部屋にやってきたのはエリックだった。準備を手伝いに來たと言う。
「手伝いはいい。自分でする」
「承知いたしました。では、一時間半後にまた、お迎えにあがります」
「わかった。頼む」
エリックは恭しい態度で禮をして、去って行った。
ベルナールは背びをして、支度に取りかかることにする。
思えば、夜會のような催しに參加をするのは、アニエスと出會った日以來だったと気付く。
社界デビューの翌年からは、一刻も早く出世をしようと思い、警備の仕事をれて參加を見送っていたのだ。
パリッと糊が効いたシャツを著込み、皺ひとつないズボンに足を通す。洗面所に移し、歯を磨いて髭を剃り、顔を洗う。整髪剤で髪のを整えた。最後にタイを巻き、厚い生地で作られた上著を著込めば準備は完了となった。
約束の時間となり、エリックの迎えがあったので、會場へと向かう。
付前の広間は、著飾った上流階級の者達でごった返していた。
ベルナールは男問わず、濃い香水の匂いに涙目になる。
こんな大勢の中で母親や祖父達と合流なんて不可能だろうと思っていたその時、アニエスの後姿を捉えた。
人混みをかき分け、アニエスの名を呼ぶ。
「ベルナール様!」
ベルナールの聲を聞き、嬉しそうに振り返ったアニエスはしく著飾っていて、思わず見惚れてしまう。
隣に居た母親が、よく分かりましたねと言ってきたので、我に返ることになった。
「部屋で待ち合わせて行けば良かったと、後悔していたところでしたのよ」
「いや、よく分からないのですが、すぐにアニエスの後姿が見つかって――」
他にも金髪のは大勢居たのに、不思議なものだと呟く。
オセアンヌは嬉しそうに手を打ち、理由を語った。
「ベルナール、それはの力ですわ!」
「またそれですか!」
は萬能の力があるのだと主張する母親の意見を、話半分に聞くことになった。
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