《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第六十三話 偶然の出會い
アニエスとベルナールは揃って植園へと出かけた。
宿が用意してくれた馬車に乗る際、昇降用の踏み臺を上ろうとするアニエスに手を差しべるベルナール。意外にも、彼の従僕っぷりは自然だった。
アニエスはお禮を言って、差し出された手を取った。
ガタゴトと馬車に揺らされて三十分ほど。街の郊外にある植園へと到著した。
場券を購する売り場では、世界最大規模だということを知らせる大きな看板がこれ見よがしに掲げられていた。園で迷子にならないように、場券と共に園の地図が手渡される。
場券を購したベルナールは、アニエスへと振り返って尋ねる。
「――さて、どちらから攻略しましょうか、お嬢様?」
「そ、そうですね」
従僕役は違和なくこなしていたが、演技が出來ないと言っていたお嬢様役は申告のとおり、ぎこちない様子を見せている。
ベルナールはその様子をみて眉を顰めた。アニエスの元のリボンを直す振りをして、傍に近づいて囁く。
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「アニエス、挙不審過ぎる」
「……申し訳、ありません」
指摘されて恥ずかしかったからか、はたまた急接近してきて照れたのか、アニエスは一気に顔を赤く染める。
そんな様子を見たベルナールは、ずれた眼鏡の縁を指先で押し上げ、はあと息を吐く。
やはり、設定に無理があると、祖父に異議を申し立てたくなっていた。
「……行きましょう」
「あ、はい」
ベルナールは園の地図を広げ、広大な植園の攻略に挑むことになった。
◇◇◇
百五十年の歴史を持つ植園は、一萬種を優に超す草花が展示されている。
三十の庭園と十五の溫室、二つの人工森林から構されていた。一日で回りきれる規模ではなく、數日かけてじっくりと見て回るような場所であった。
「世界最大の木、水晶溫室、地帯エリア、れ合いの森……いろいろあるな」
「ええ。中でも、水晶宮殿クリスタルパレスを模した溫室が有名みたいです」
水晶宮殿とは、隣國の萬國博覧會の會場として造られた建築である。鉄とガラスで構された外観は、見る者の溜息をうようなしいものだった。
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それをモデルに造った溫室が、観客などに人気を博している。
「皆、そっちに向かっているようだな」
「でしたら、逆の方面を見て回りましょうか」
「それがいいかもな」
港での人混みにうんざりしていた二人は、人が閑散とした方向へと歩いて行く。
し歩けば、高く生い茂った並木道にる。
太のをけ、木れ日がキラキラと輝いていた。
「癒されます」
「それはよかった」
やっと表が和らいだと、ベルナールはアニエスの橫顔を見ながら思う。
本當の意味で休養が必要なのは自分ではなく、彼なのだと思っていた。
伯爵家の沒落から、寄りがなく下町に行くことになり、日々の生活のために慣れない労働をし、ベルナールの家に引き取られた。
手が真っ赤になるまで箒の柄を握り締め、必死になって掃除をしていたアニエス。
視力が悪く、使用人をするには無理があったのだ。
その後、ベルナールの母親の襲來と共に婚約者役をすることになり、多大な迷と苦労をかけてしまった。途中、彼の母親の隠し財寶を狙う者達に拐され、酷い暴力をける。
その時の心の傷は簡単には癒えないだろうと、ベルナールは思っていた。
だからこそ、こうしてリフレッシュすることは大切だと考えている。
緑かな森を散策していれば、遠くから誰かを責めたてるような、甲高いの聲が聞こえた。
「なんだ――?」
遠目で見れば、植園の職員らしき男に詰め寄る十三から十四くらいのと、従者らしき男の姿があった。
ベルナールは目を細め、面倒な事態になっているなと思う。
巻きこまれたくないので別の方向を行きたかったが、殘念なことに森は一本道だった。
なるべく離れた場所を歩き、通過しようと考える。
近づけば、と従者が異國人であることが判明した。
民族裝と思しき詰襟のワンピースは、金や銀の糸を使った豪華な刺繍がなされている。
二人の異國人は、この辺では珍しい黒紫の髪を持ち、大層麗しい容姿をしていた。
髪の結い方は生國の文化なのか、は三つ編みを二つのお団子狀にして、従者の男は一本に纏めて編んでいた。
慎重な足取りで進んでいたが、背を向けていたは、人の気配を敏に察し、ベルナールとアニエスを振り返った。
『――ねえ、あなた達も、そう思うわよね!?』
突然異國語で話しかけられ、目を見開く二人。
ベルナールはアニエスに何を言っているのかと聞いてみるが、よく分からないと首を橫に振っていた。
「おそらく、服裝から大華ダーファルゥン國の方だと」
「また、遠い國からおいでなさったものだ」
大華、世界一の國土を誇り、お茶と絹、陶磁や金細工などで栄えた國である。
選民意識が高く、気が強い者が多いことも有名であった。
あれが噂の――という視線をベルナールとアニエスは遠慮気味に向けていた。
貌の従者は手を招き、近くに寄るように示す。
顔を見合わせて無視できないと判斷し、渋々と近づいて行った。
何かと聞けば、従者の男が通訳をする。
「お嬢様はここの庭園に、竹林がないことをお嘆きになっているようです。あなた達も、そう思うだろうとおっしゃっております」
竹林……大華國に存在する、竹という植が群がって生えた森のことである。
話を聞いたアニエスは、困ったように話す。
「竹を育てるにあたって必要な度と溫度が、この辺りの気候では足りないと、本で読んだことがあります」
溫室を造ろうにも、見た目が地味で見に來る人も居ないであろうという理由から、ないのではないかとアニエスは思っていたが、さすがにそれは口に出來なかった。
従者の男はアニエスの言葉を通訳する。
『ふうん、そうなの。だったらまあいいわ。でも、あなたは竹を知っているのね。この男、ここの従業員なのに、竹を知らなかったのよ』
従者はの言葉をベルナールとアニエスに言って聞かせる。
『竹ってすごいのよ! れを作ったり、家の材料にしたり、強くて、なかなか壊れないの。知ってた?』
竹の凄さについて語るのをアニエスは熱心に聞きれる。
一方で、ベルナールは変なものに捕まったものだと、こっそり溜息を吐いていた。
『ねえ、立ち話もなんだし、そこにある喫茶店でゆっくり喋らない?』
「……お嬢様は、あなたとお話したいとおっしゃっておりますが、いかがなさいますか?」
アニエスはベルナールを振り返る。
「どうぞお好きなようになさってください、アニエスお嬢様」
「でしたら、せっかくの機會なので、しだけ――」
異國人より話を聞ける機會など滅多にない。
アニエスはと共に喫茶店で共に過ごすことになった。
植園の中にある喫茶店は緑に囲まれた屋外の施設であった。
花や香草を使って作るお茶やケーキが名となっている。
の名はフー=シュ・エリー。従者の男はジャン=コウ・エン。
『あなたはなんていう名前なの?』
「お嬢様がお名前を知りたいとおっしゃっております」
「わたくしの名は、アニエス・レーヴェ……いえ、アントワーヌ、です」
従者コウ・エンがシュ・エリーに伝える。
『そう、アニエスって言うの。そっちの従者は?』
「従者の名前も知りたいようです」
「か、彼は、ミエル、と言います」
なんとか言い切ったと、アニエスは安堵から軽く息を吐く。
背後に立っていたベルナールは、大丈夫かいと周囲に聞こえないように呟いていた。
それから、異國流會が始まる。
彼は文字なら読めると、メニュー表を見ながら自慢げに話していた。香草茶と、薔薇のケーキに決めたと言う。アニエスも同じを注文した。
シュ・エリーは明るくお喋りで、話題が盡きることはなかった。
だが、の上話をするうちに母親の話になり、楽しそうな様子から一変して、悲しそうに目を伏せる。
『お母様、一年前に亡くなってしまったの。悲しくて、悲しくて、元気がなかったから、お父様が旅行にでも行って気を紛らわせて來なさいって――』
同じように、母親を亡くしたアニエスは、シュ・エリーの様子を見て涙ぐんでしまう。
先にポロポロと泣き出してしまったに、ハンカチを差し出した。
一通り落ち著いたあと、アニエスから手渡されたハンカチを見て、シュ・エリーはぽつりと呟く。
『これ、素敵な刺繍ね。どこで買ったの?』
それはアニエスお手製の、貓ミエルを刺しただった。そのことを言えば、凄いと心したように言う。
しいというので、良かったら國に持って帰るように勧めた。
『ありがとう。でも、タダで手にれるのはつまらないわ。カードで勝負をして、賭けましょうよ』
コウ・エンの通訳を聞き、困った事態になったと眉を下げるアニエス。
だが、結局斷り切れずに、カードで勝負をすることになった。
カードはこの國で慣れ親しんだものだった。五枚のカードを配り、役の強さを競うという至ってシンプルなもの。
『私も、手巾を賭けるわ。コウ・エン』
「はい、こちらを」
機の上に置かれたのは、手りの良い絹のハンカチ。アニエスが勝てば、これを與えると言う。
おかしな展開になったとベルナールは思っていたが、賭けるがハンカチなのでまあいいかと靜観する。
一回目はアニエスが勝った。二回目はシュ・エリーが勝つ。
『アニエス、もう一回しましょう!』
「お嬢様はもう一度、お楽しみになりたいとおっしゃっております」
必死にせがまれ、あと一回ならとけれるアニエス。
だが、予想に反し、シュ・エリーはとんでもないものを賭けると言った。
『――今度は、従者を賭けましょう?』
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