《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》第六十七話 誓いを
翌日、ベルナールはアニエスを使用人一家に任せ、街へと繰り出す。
向かった先は寶飾店。
店のが好みそうな煌びやかなガラス張りの陳列棚を見て一瞬躊躇ってしまうが、時間がないのでさっさとることにした。
店はが多い。男が居ても、の連れであったり従業員であったりと、ベルナールのように一人で來ている客は居なかった。
辺りを見回していれば、すぐに話しかけられる。
「ようこそいらっしゃいました」
今日はどのようなお品を探しているのかと聞かれ、婚約指を探しているとぶっきらぼうに返す。
要を聞いた従業員のは、店の奧からお勧めの指を持ってきた。
いろいろと詳しい説明をしていたが、ベルナールにはどれも同じに見えてしまう。
オーダーメイドも可能だと言っていたが、そんなを作っている暇はない。今日、既製品を買うと決めていた。代わりに、結婚指はアニエスの希を取りれて作ろうと思っている。
「指の寶石にも、いろいろ意味がありましてね」
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ダイヤモンドは『永久の絆』
真珠は『純潔』
ルビーは『優雅』
サファイアは『高潔』
「やはり、一番人気はダイヤモンドですね。婚約指(エンゲージリング)としては、もっとも相応しい寶石かと。真珠も、最近需要が高まっておりまして――」
純潔を意味する真珠を見せられ、言葉に詰まるベルナール。明後日の方向を眺めながら、別のにする旨を伝えた。
指の寸法は朝、眠るアニエスの指先にリボンを巻いて測ってきた。
ジジルより、こうやって調べればいいと言われていたのだ。
結局、アニエスの瞳のと合わせ、サファイアの付いた指に決めた。花の銀細工がしく、中心で青い寶石が煌めく指は、彼の白い指に似合いそうだと思っていた。
お値段は給料一ヶ月分。
無職のとしては痛い出費であったが、婚約指は重要な品の一つであると母親より強く言い含められていたので、お金は惜しまなかった。
指は綺麗に包裝され、小さな紙袋に納められようとしていた――が、ベルナールは花柄の袋を見て、あれを持ち歩く勇気はないと思い、不要だと言って箱ごとけ取った。
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指のった小箱をポケットにれ、店を出る。
途中で使用人一家への、甘いを購する。
港街で流行っている、カスタードパイであった。
焼きたてのそれをジジルに手渡せば、嬉しそうにけ取っていた。
お茶の時間にしようと聲を弾ませているジジルに、ベルナールは問いかける。
「アニエスは?」
「部屋で本を読まれています」
「そうか」
ベルナールは明日、出発する。
これから王都ですることの最終的な確認や、荷のチェックなどをしなければならない。引き続き、彼の辺警護は任せると頼んだ。
「あと明日、俺が王都に行ったあとで、これを渡してしい」
小箱を見下ろすジジルは怪訝そうな表を浮かべ、質問をする。
「……もしかしてこれ、婚約指でしょうか?」
「そうだが」
差し出していた手を、ぐいっと元の位置に戻されてしまった。
それから、自分で渡すようにと言う。
「きっと、私からけ取るより、旦那様から直接け取った方が何百倍も嬉しいと思います」
「そんなものなのか?」
「そんなものなのですよ」
「……だったら、分かった」
恥ずかしいのでジジルに頼もうとしたのだが、アニエスが喜ぶのなら、言われたとおりにしようとベルナールは思う。
部屋に行けば、アニエスは嬉しそうに「おかえりなさいませ」と言う。
ベルナールは、彼の隣に腰かけた。
相変わらず、今までどこに行っていたかなどの追及は一切しない。
だが、今日ばかりは聞いてしいと思ってしまった。なかなか、自分から話題を持ち出すのは恥ずかしいことのようにじていたのだ。
「ベルナール様、何かお飲みは?」
「いや、いい」
「軽食も?」
「ああ、必要ない」
それは使用人が気にすることだと言えば、アニエスは眉を下げてしまった。
「どうした?」
「いえ、どうしても、ベルナール様に何かをしたいと、思ってしまうのです」
「それは酷い職業病だ」
「病気、ですか」
「そうだな」
ちょうどいいと思い、薬だと言ってポケットにしまっていた小箱を取り出して、アニエスに渡す。
小箱を両手で包み込み、驚いた顔をするアニエス。
ベルナールは中を開けてみろと言う。
「――まあ!」
リボンを丁寧に解いて箱を開ければ、きらりと目を輝かせていた。
いつまでも眺めているので、ベルナールは指を箱から取り出し、アニエスの左手の指先を摑む。
そして、婚約指を薬指に嵌めた。
寸法はぴったりだったので、ホッと安堵の息を吐き出す。
アニエスは指先を見て目を潤ませ、激しきっていた。
「気にったようだな」
「はい、とても。ありがとうございました。嬉しいです」
無事に、アニエスは結婚の予定があるという印をつけることが出來たので、安心するベルナール。
まだ一緒に居たいような気もしたが、準備があるので退室することにした。
◇◇◇
最後の晩。
ベルナールはラザールから屆いた最終報告書に目を通していた。
この一ヶ月の調査で分かったことと言えば、騎士団の上層部は真っ黒だということ。
昇進が金とコネであったことは、どの人にも當てはまっていた。
事はどうであれ、騎士団の上に立つ者として相応しかった人間と、そうでない人間に分かれているとも書かれている。
前者は相応の実力があるのに、正當な方法では出世出來ず、仕方なしに不當な方法に手を染めてしまった者を示す。今回、アニエスを攫ったヨハン・ブロンデルもそれに當たる。ある意味気の毒な者の一人であった。
ちなみに、後者は実力もないのに騎士団の上層部まで昇ってきた、救いようのない者である。割合はこちらの方が多いとされていた。
一気に取りしまれば、騎士団の秩序が一瞬にして崩れてしまう。なので、じわじわと追い込む作戦に出ることが決まる。
まずは証拠が揃いつつあるブロンデルから。
ベルナールは張の面持ちで、紙面に目を向けていた。
ひと通り読み終え、はあと大きな溜息を吐く。
これからどうなるのか。今晩は眠れそうにない。
だが、すでに日付は変わっていた。
酒を飲んでも眠れないだろうと思い、そのまま大人しく寢室に向かう。
ふと、隣の部屋から燈りがれていることに気付く。アニエスはまだ起きているらしい。
戸を叩けば、すぐに反応があった。
扉を開き、顔を覗かせたアニエスに、早く寢るようにと言っておく。
「はい、おやすみなさいま……あら」
僅かに開いた扉の隙間から、ミエルがベルナールの寢室へとするりとって行く。
アニエスが名前を呼んでも、戻って來ない。
布団の上に上がり、ニャー! と鳴いていた。
「お前、ニャーじゃねえよ」
ベルナールが近付き、捕獲をしようとするが、素早くいてなかなか捕まらない。
アニエスが手をばしても、れる寸前で逃げてしまう。
「もう、いい。こいつは預かる」
「申し訳ありません」
アニエスは深々と頭を下げ、明日の朝迎えに行くことを約束し、部屋に戻って行った。
ベルナールが寢臺に橫たわれば、それに寄りそうようにミエルがを著させる。
「首元はむずむずしてくなるから、離れろ」
を抱き上げ、背中の方へ持って行く。
眠れないかと思っていたが、ミエルの溫もりのおかげか、いつの間にか深く寢っていたベルナールであった。
◇◇◇
翌日。
港の船著き場で見送りをける。
來た時は豪華客船であったが、帰りは貨を運ぶ連絡船の席を取っていた。
こちらの方が、早く王都まで戻れるのだ。
オセアンヌはベルナールをぎゅっと抱きしめ、無理はしないようにと涙を浮かべながら囁いていた。
カルヴィンはすべての問題が片付き、落ち著いたらまたここに來るようにと、肩を叩きながら言っていた。
使用人一家は、黙禮で送り出す。
最後に、アニエスはお菓子のった包みを差し出した。
「ベルナール様、こちらを」
手作りだと言っていた。一生懸命気持ちを込めたとも話す。
「想いは、すべてここに」
「ありがとう、アニエス」
「はい。どうか、お気をつけて」
家族の目があったが、余りにも不安そうな顔をしていたので、お菓子がった包みを傍にいたエリックに預け、アニエスのを抱きしめる。
すぐにから離れ、指に誓って必ず迎えに來ることを約束した。
そして、彼は旅立った――邪悪な謀渦巻く王都へと。
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