《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第1章 1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり 1 二年前
カスリーン臺風から十六年後、
時はすでに昭和三十八年になっていた。
世田谷區の外れで大火事が発生し、
そこへ向かおうとする記憶を失った男と、……。
昭和三十六年も終盤となり、これからどんどん寒くなる、十一月初旬のことだった。
世田谷區の外れも外れ、多川を越えれば川崎市という辺り、まだまだ人々の生活は貧しく、皆食べるために一生懸命働いていた。
丘の上には、裕福そうな住宅もあるにはあった。しかしそこから坂を下れば、バラックのような小屋も散見され、まだまだ戦後の匂いを濃く殘す時代だった。
雨が降れば土の道はぬかるみ、日が暮れると月明かりなしでは辺りは真っ暗。
もちろん道のところどころを笠付きの電球が照らしはする。ところがそんなは弱々しく、辺りをぼうっと浮き上がらせるだけなのだ。
しかしながらそんな時代にも、明るい話題はけっこうあった。
ファイティング原田がボクシングで世界チャンピオンに輝き、東京が世界初の一千萬都市になった。大東亜戦爭によってへし折られた人々の気持ちは、世界という価値観の中で、徐々に元気を取り戻していく。そしてさらに、二年後に迫った東京オリンピックは、日本人に未來への希を思う存分じさせた。
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この時代、スーパーマーケットなどはなく、何日分もの食材を車で買いに行くこともない。それどころか、車を所有している家庭自が珍しい頃だ。
そんなだから、午後になって気溫が上がってくると、一斉に買いかごを提げた主婦たちが姿を見せる。それから一、二時間くらいが、町が一番活気づく時間となるのだった。
そんな賑わいも終盤という頃、ふらっと一人の男が商店街に現れた。雲一つない晴天ではあったが、誰もが厚手のセーターやオーバーコートを著込んでいる。
そんな中、男は防寒著の類を一切著ていなかった。
ハイゲージのセーターなのか? はたまた地厚のカットソーか? にフィットしたハイネックを著て、ズボンもまとわりつくように細いものだ。それでいてやたら長が高く、さらにガリガリに痩せているから、まるで〝かとんぼ〟が歩いているように見えてしまう。
しかしそれだけのことなら、「あら、変わった格好……」なんて思われるか、「寒くないのかしら?」と、心配されるくらいのことだろう。
ところがそんなことではぜんぜんないのだ。
男はまさにトボトボと歩き、時折立ち止まっては店先に目を向ける。それからジッと売りを凝視するもんだから、気づいた主婦たちはことごとく距離を取った。そんなことが八百屋、屋と続いて、〝やきとり〟と書かれた赤提燈の前でまた立ち止まる。
そこは晝間こそ定食屋だが、夜になるとそこそこ人気の呑み処となる。そしてちょうどその時間、夕食の惣菜用に焼き始めたところで、換気口から芳ばしい香りが流れ出していた。
一見、ただ立って、考え事をしているようにも見えるのだ。
しかしここ十分眺めていれば、そうではないことは一目瞭然。
――やっぱり、お腹が空いてるのかしら?
そんなことを思ったのは、ここ數分、男の様子を見守っていた中學三年生の桐島智子だ。
やきとり屋の先にある公園り口で、彼はやって來るはずのなじみを待っていた。
いつもなら今時分、とっくに現れている頃なのに、
――まったく! 何してるのよ!
そんなイライラの最中、智子はふと、男の存在に気がついていた。
初めは単に、その背の高さに驚いたのだ。二メートルとまではいかないが、なじみより頭一つ分は高く見える。そんなノッポの男がフラフラ歩いては立ち止まり、しそうに目を向けるのが店先に並んだ食べばかりだ。
そんなのを見ていて、智子はすぐになじみのことを思い浮かべた。
この時期だと屋の揚げたてコロッケや、店先のケースに並んだホカホカ中華まんだ。そんな熱々たちをジッと見つめて、「腹減った!」やら「これ食いてえ~」だなんて大聲を上げる。
そんななじみが、立ち盡くす男の姿に見事ダブって見えたのだ。
男は智子が見守る中、名殘惜しそうに提燈の前からゆっくり離れ、再びヨタヨタ彼の方に歩き出した。やきとり屋は商店街の端っこにあって、そこから先は公園や住宅だけが立ち並ぶ。
だから、まさかと思っていたが、
――え! まだこっちに來るの?
さらに近づこうとする男の姿に、そこで初めてしばかりの恐怖をじた。
ところが次の瞬間だ。そんなヒヤッとが消え去る寸前、男の腳がカクンとなった。
――何! なによ!?
何事が起きたかと、道路の真ん中に走り出る。そうして初めて、智子は男を真正面から眺めることになった。
男は地面に両膝ついて、顔は天へと向けている。これで両腕を掲げていたら、まるでお天道様に祈りでも捧げているようだ。しかし腕は垂れ下がったままで、さらに今度は顔がストンと真下を向いた。その瞬間、智子は一気に覚悟を決める。
男の目の前まで走って行って、心に浮かんだままを口にした。
「あの、よかったら、わたしのお弁當食べませんか?」
膝をついているのに、男の顔は智子とそうは変わらない。そんなすぐそばにある顔が、その一言で智子の方をパッと向いた。
この瞬間、智子の驚きだってそこそこだ。
ところが男の驚き方は、それ以上にものすごかった。
まるで化けでも見てしまったように、大聲を上げ、そこから一気に飛び退いてしまう。
似ているを知っていて、どうしてこんなところに? と驚いた。
この時のことを、彼は後々こんなふうに言い訳をする。
それから智子は公園のベンチに男を座らせ、なじみのために用意した手弁當を男の前に差し出した。
もしもこの日、なじみがいつも通りに現れていたら、この男の今後は大きく変わっていただろう。
なじみはその日、補習授業があることを智子に伝え忘れていた。だから必死になって走ってきても、當然智子の姿はいつものところに見當たらない。
「くそっ! いないんなら走ってくるんじゃなかった! 走った分、余計腹が減っちまったじゃないか!」
などと、彼は誰もいない公園で、なんとも悔しげに大聲をあげた。
旋風のルスト 〜逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方國境戦記〜
【一二三書房WEB小説大賞金賞受賞】《新・旋風のルスト:公開中です!》 <あらすじ>────────────────── 『私は家畜にはならない。たとえ飢えて痩せ衰えても、自らの意思で荒野を歩む狼の生き方を摑み取る!』 ■17歳の銀髪・碧眼の美少女ルストは重い病の母の治療費のために傭兵として懸命に働いていた。屈強な男たちと肩を並べて戦うが、女性としても小柄であり、実績も無く、名前も売れていないルストは傭兵として仕事を得るのも困難を極めていた。 だが、諦めない前向きな心を持つルストは、ついに未來へとつながる大きなチャンスを摑む。 『小隊長を任されたエルスト・ターナーです。よろしくお願い致します!』 ■そんなルストは、女の子故に腕っぷしや武力では屈強な男たちには敵わない。だが優れた洞察力と包容力と指導力、そして精霊科學『精術』を武器に困難な事態を次々に打ち破り、人々のために確かな明日へと繋がる未來を切り開いていく。 『みなさん! これは困難ではありません! 千載一遇のチャンスです!』 ■気高さに溢れた美少女傭兵が、精霊科學の殘る悠久の大地フェンデリオル國で砂漠の大帝國と戦い、人々を幸せへと導く! 孤獨な道を歩んでいた一人の少女が、傭兵となり救國の英雄となり、幸せの絆を取り戻すロマン溢れるサクセスストーリー! <⇩お知らせ>────────────────── 【一二三書房WEB小説大賞金賞受賞いたしました、ありがとうございます! これに伴い書籍化されます!】 【新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの國際諜報戦記―】 2月26日開始しました! ──────────────── ただいま、ノベプラ・カクヨム・ノベリズムでも掲載中です
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