《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第 1 章 1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり 4 一條八重(4)
4 一條八重(4)
すると伊藤はチラッとだけ視線を合わせ、小さくコクンと頷いた。
「そうだよねぇ、でもさ、見たって人がいるのよ。だいたいさ、伊藤さんみたいに背のおっきい人そうそういないわ。だから普通は、見間違えたりしないと思うのよ……」
そんな言葉に、「だからなんだ?」なんて顔をして、伊藤はいきなりソッポを向いた。
政治や経済の話は楽しそうにするくせに、こんな場面ではいつも決まって口が重い。ところが彼はこの日に限って、別人のようにいろんなことを話し出すのだ。
「もしかして伊藤さん、もしかしてよ……人に知られたくないような何かを、あの林に隠してたりなんかする?」
冗談っぽいじでそう言って、智子が伊藤の顔を覗き込もうとした時だった。
あらぬ方を向いていた彼が、いきなり智子の方を振り向いた。それからさっさと智子の前に腰を下ろし、薄ら笑いを浮かべて言ってくる。
「そう言えば、智子は知ってるのか? 今度のオリンピックが中止になっちゃうって」
まるで見當違いなそんな話に、智子は思わず飛び上がるくらいに驚いた。
「ちょっと待ってよ! 伊藤さん! それってホントのことなの?」
智子がびっくりするのも無理はない。
1940年、昭和十五年開催予定だった東京オリンピックは、支那事変の影響で1938年の七月に中止と決まった。それから二十五年後、一度は完なきまでに破壊し盡くされた東京で、再びオリンピックが開かれようとしているのだ。
翌年、1964年に開催予定である祭典は、まさしく日本人の悲願であり、有人種國家として初めての開催となるはずだった。勇蔵からもさんざんそんな話を聞かされていたし、そうでなくても夢にまで見たオリンピックだ。それが突然中止と聞いて、あまりのショックに目頭までが熱くなる。そんな様子に、伊藤が慌てるようにさらに言った。
「おいおい大丈夫だよ、智子ならさ、次のオリンピックだって観ることができるから」
――なんで、そんなことが言えるのよ!
とっさにそんな臺詞が頭に浮かんだ。が、それを口にする前に伊藤の言葉がさらに続いた。
「まあ殘念だけど、とにかく今年の七月にね、今度のオリンピックは中止が決定する。だけど智子の年齢なら、あと二回は東京でのオリンピックが観られるはずさ。日本ではその後も二回開かれるけど、それはさすがに、生きて目にするのは難しいだろうな……」
智子が死んだ後のオリンピックは、二回とも東京開催ではないんだと彼は言った。
その頃には驚くようなスピード列車が日本中を結んでいて、資金の問題などもひっくるめ、東京でなければならない理由はなくなっている。そんなことを話す彼は笑顔だったが、果たして冗談を言っているようにはまるで見えない。
ただとにかく、あまりに突飛な話で何がなんだかわからなかった。
だからそんな気持ちを素直に聲にしよう思ったのだ。
――ちょっと、いったい何を言ってるの?
まさにそう言いかけた時、伊藤の顔つきが一気に変わった。
それまでの雰囲気を消し去って、真剣そのものといった表になる。そうしてその時、伊藤は口元に人差し指を當てながら、いかにもといったじで靜かな聲を出したのだった。
「いいかい……今から言うことは、けっして誰にも言っちゃいけないよ……」
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