《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第 1 章 1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり 5 昭和三十八年 三月九日 火事(2)
  5 昭和三十八年 三月九日 火事(2)
「つまりな……あいつはあの林に、ヤバいもん隠してやがるに違いないぜ!」と、アブさんがしたり顔で話していたあの林を、伊藤は今まさに目指しているに違いなかった。
――あの話はやっぱり、本當だったってことなの?
だからあの時、急にあんな噓っぱちを言い出したのか?
そんな思いが頭の中でグルグル回って、気づけば智子は伊藤の後を追っていた。
そして林にあとしというところで、伊藤が急に進路を変える。このまま進めば林を突っ切る一本道なのに、その手前をなぜか左に折れてしまった。さらに驚くことに、伊藤は唐突に立ち止まると、見知らぬ民家の塀を上り始める。
――え!? ちょっとそれって、不法侵じゃないのよ!
そんな心の聲は伊藤に屆くはずもない。だからさっさと塀を乗り越え、彼はあっという間に視線の先から消え去ってしまった。
その時とっさに、智子の方は塀を乗り越えるのを諦める。
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彼の長だからこその不法侵で、彼にとっては難攻不落そのものなのだ。だからそのまま壁伝いに走って、門の前まで來て立ち止まる。
――チャイムを鳴らす?
――で、いったいどう伝えればいい?
きっと説明なんかしている間に、彼はどこかへ消え去ってしまう。そう思った次の瞬間、智子は門を開けていた。他人の家にり込み、塀の側を必死に走った。いつ呼び止められるかとヒヤヒヤしたが、伊藤が降り立った辺りにあっという間に到著する。
――やっぱり、そうなんだ……。
そこから伊藤の姿に目を向けて、彼の目指す先をはっきり知った。
そこはとにかくだだっ広い庭で、五十メートルはあろうかという前方に、ヨタヨタと走る伊藤の姿がまだあった。彼の向かう先にも同じような塀が張り巡らされ、その上からあの林であろう木々がびていた。そんな一瞬の認知の後、智子は再び走り始める。
ちょっと待ってよ! 何度も心でそうび、庭の真ん中を必死になって追いかけた。
そうして奧の塀に到著した時、伊藤はすでに塀の向こう側に飛び下りた後だった。
さらにそこからが大問題。どう頑張ったって塀の天辺には上れない。どこかに腳立なんかが置かれてないか? そう思って見回すと、すぐに使えそうなものが目に飛び込んだ。木製の丸テーブルと頑丈そうな幾つかの椅子で、芝の上になんとも無造作に放り置かれている。
――すみません! ちょっとお借りします!
家人に向かってそう念じ、智子は丸テーブルを塀のそばまで引きずった。
水を吸ったテーブルは氷のようで、さらに想像以上に重いのだ。指先の覚があっという間になくなる。それでも必死に塀にぴったり押しつけて、智子はその上に乗っかった。
悪戦苦闘の末、なんとか塀の向こう側へ降り立つことができる。セーターは汚れ、手にある風呂敷包みも解けてしまった。包んでいた容がどこにもなくて、きっと今も、塀の向こう側に転がっているのだろう。
それでも取りに戻ろうなんて思わない。もちろん思ったところでどうしようもないが、そんなことより大事なことが今の智子には他にある。
今、目の前には林が広がっていて、道らしき一本の筋が林の奧へと続いている。
小さい頃から知っていた林だが、実は思っていた以上に奧が深く、建ち並ぶ家々の裏側にまで続いていたらしい。
そしてもし、今が真夏だったなら、足を踏みれることに相當躊躇しただろう。
しかしこの時期、落ち葉のおかげで見通しがよく、大嫌いな蟲たちだって眠りこけているはずだ。だから智子は迷うことなく林の奧へと進んでいった。微かに焦げたニオイはするものの、まるで火事だなんてじられない。ところが霧雨の中を進むうち、時折ムッとする熱気をじるようになった。さらに進むと、あるところでいきなり周りの空気が変化する。
見回せば、遠くが赤く染まって、辺りがうっすら霞んで見えた。
――こんな日に、どうして燃えたりしたんだろう?
そんな疑問とほぼ同時、降って湧いたように恐怖心が湧き上がる。このまま進んで大丈夫だろうか? そう思った次の瞬間、木々の間、右方向で何かがいた。
――伊藤さん?
そう思って目を向けると、太い木々の奧の方に広場のような空間が見える。
智子はそこで初めて道から外れ、先にある空間目指して木々の間にり込んだ。
すると二、三メートル進んだだけで、一気に前方がひらけてくれる。まさに空き地というべき空間が、いきなり目の前に現れたのだ。
そこだけ草が生えておらず、そんなのを取り囲むように太い木々が連なっている。
そしてその中心に、なんと伊藤が立っていた。さっきまでの慌てた様子は消え失せて、智子に背を向け、ジッとしたままかない。
「あ、伊藤さん!」とぼうとして、智子は思わず足を二、三歩踏み出した。
ところが靴底がツルっとって、後ろへひっくり返りながらの聲となる。
それでもやっぱり、「伊藤さん!」と呼べたのか?
はたまた、意味不明のびに過ぎなかったか?
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