《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第2章 1983年 プラス20 – 始まりから20年後 2 二十年前(6)
2 二十年前(6)
彼らと違って騒ぐこともなく、一、二時間靜かに呑んで帰っていくのだ。
そんなありがたい客が來なくなったら……そう考えるとなかなか帰る決心がつかなかった。と言ってこのまま戻らなければ、またなんだかんだ大騒ぎになるだろう。だから店の明かりが消えるのを待って、それからこっそり忍び込もうと剛志は決めた。
ところがいつまで待っても明かりが消えない。
とっくに閉店時間は過ぎているのに、なぜか暖簾と赤提燈まで出っぱなしだ。
――まさか……何かあったのか?
剛志がいないという理由で、店をこんな時間まで開けておくはずがない。まして心配して起きているなんて、そんな余裕のある生活じゃあ、もちろんなかった。
絶対に変だ。そう思い出したら、次から次へと変な想像が駆け巡る。
ついには、両親が引き戸の向こう側でだらけになって、息絶えているなんてのまでが浮かび上がった。そうなると不思議なもので、それまでの葛藤が跡形もなく消え去ってくれる。
剛志は店の前まで全速力で走って、暖簾の下がる引き戸を力いっぱい左右に開いた。
するとガランとした店に、正一が一人、背中を向けて座っている。
「おやじ……」
思わず、聲になっていた。そしてそんな聲に応えるように、ゆっくり剛志の方を振り返り、正一は靜かな聲でポツリと言った。
「遅かったな……」
その顔は優しげで、予期していたものとはぜんぜん違う。
「そこに、母さんがこしらえた握り飯が置いてあるから、まずは座ってゆっくり食え……それからな……」
そこで一旦言葉を止めて、隣のテーブルから椅子を一つだけ引き出した。それから〝ここに座れ〟と言わんばかりに、ポンポンと臺座部分を叩いてみせる。
そうして、剛志が腰掛けるのを見屆けてから、
「いいか? おまえがな、警察にちょっとやそっと厄介になったくらいで、うちの店は潰れたりしねえから、安心しろって、なあ、剛志さんよ……」
そう言って、剛志の反応をうかがうように、ほんのしだけ前屈みになった。
そんな正一の一言で、まとわりついていた重苦しいものが、不思議なくらいにスッと消えた。
おかげでほんのしだけ、が軽くなった気さえする。ただそれは、けっして居心地のいいものではなくて、なんとも落ち著かない心持ちだ。
絶対に怒鳴られる。そう思って、ゲンコツの一つ二つくらいは覚悟したのだ。
「だからな、剛志……まあ、あれだ、世の中にはさ、いろんな人がいるってことよ」
ところが向けられる言葉は、信じられないくらいに優しげに響く。
「でもな、おまえがこれからちゃん生きていけば、ああ、あれは間違いだったって、みんな、いずれわかってくれるさ。だってよ、みんなおんなじニッポン人で、ずっとこの町で一緒に暮らしてきたんだ。それにな、ムラさんだって本當は、ずっと前から來たかったんだぜ。でもな、おまえも言ってた通り、あそこんちのババアは本當にケチだからよ。まあ、そんなことでさ、あいつはあいつなりに、考えたってわけだ……」
もしも自分が金も持たずに現れたなら、また正一らが融通を利かせようとする。ただでさえ売り上げが厳しいって時に、そんなことさせちゃあいけないと……。
「まあさ、あいつなりにない頭を絞ったってわけよ。だから今夜なんて、エビとアブの呑み代まで、無理やり払っていきやがった……」
そう言って笑う正一に背を向け、剛志の顔はすでにこの時クシャクシャだった。
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