《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第3章 1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 1 三月九日(2)

1 三月九日(2)

今この時、なんびとがあの巖に近づこうと、室からだってはっきりとわかる。とにかくここで見張っていれば、巖に枯れ葉が落ちてきたって気づくだろう。

それからあっという間に、一時間くらいが過ぎ去った。ただ四時を過ぎ、いよいよという頃が近づくと、離れにいるのが徐々に不安になってくる。

伊藤の言葉通りにするなら、巖のすぐ橫にいなければならない。

もちろん、ここからだってすぐ飛び出せる。しかしもし、それが一瞬で起きてしまったら、取り返しのつかないことになってしまうのだ。

――なんにせよ、次のチャンスなどありゃしない。

そうなったらきっと、室にいたことを一生悔やむことになるだろう。

だから剛志は決めたのだ。外の明るさからすればまだまだという気はしたが、萬一のことを考えて巖の近くで待とうと思う。格子戸に手をかけ、もう一度トイレに行っておくか? ほんの一瞬だけそんなことを考えた。しかしすぐ、いざとなれば立ちションでもすればいい……と思い直し、彼はコートの襟を立てて寒空の中へ出ていった。

二十年前、剛志は巖の橫に立ち、息絶えた伊藤を見下ろしたのだ。そして伊藤はその死に際に、巖を見張っていろと剛志に告げた。失死寸前という時だから、意味不明の戯言だったということもある。

ただもしも、本當に何かが起こるとすれば、それはきっとこの場に誰かが現れるのだ。

とすればその誰かとは、遠くに見える門から堂々ってくるか? あとは高い塀を乗り越えるしかないが、腳立でも使わない限り誰であろうと侵は無理だ。

――間違っても、空から降ってくるなんてこと、ないだろうしな……。

そんなことを思いながら、剛志が何気なく視線を上へ向けた時だ。

最初は、己の目の錯覚かと思った。見上げた先の風景が、いきなりグニャッと歪んだように見えたのだ。だから剛志は慌てて視線をあっちこっちに向けてみる。

ところが周りは至って普通。なのに頭上の空間だけが違って、まるで歪んだガラスに覆われてしまったように〝いびつ〟なのだ。もちろん風が吹いての〝揺れ〟などでは絶対ない。

直徑三メートルくらいだろうか? そんな空間がゆらゆらと不自然に歪みながら、ゆっくり剛志に向かって下りてくる。

――何か、あるのか?

そうとしか思えなかった。

目に見えない何かがあって、その存在を辺りへ伝えようと景を揺らめかせている。

――まさか……これが伊藤の霊魂とか……?

そんなことを思ってみるが、いくらなんでも大きすぎる気がした。

すでに手の屆く辺りにまで降りていて、れるのか……? ふとそう思い、近づきつつあるものに手を差し向けようとした瞬間だ。

揺らめいていた空間が、フッとそのきを消し去ったのだ。一気に周りの景と同化して、もはや何かがあっただなんてどうしたって思えない。

やっぱり、目の錯覚か? そう思うまま目を閉じて、すぐに勢いよく見開いてみる。しかし視線の先には変化なく、もちろん上を向いても同様だった。

――なんだよ、こんなことだったのか?

二十年後と訴えていたのは、こんなシーンのためだったかと、それまでのが引くように消え失せる。そしてその隙間を埋めるように、喪失のようなものがここぞとばかりに押し寄せた。

――くそっ!

心でそう呟いて、剛志は握りこぶしを突き出したのだ。

それは何もない空間に向け、ほんのちょっとした苛立ちくらいのはずだった。

ところが拳の先に何かが當たった。コツンという音がして、指に痺れるような痛みが走る。

――くそっ、やっぱり、ここに何かあるんだ。

そう思った途端だった。

――え!?

その瞬間、あまりの驚きに己の目を疑った。

ほんのし見上げた先に、信じられないものが現れたからだ。

――噓だ……なんなんだよ、これ……?

ただただ意味がわからずに、剛志は暫しその場に立ち盡くした。

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