《ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく》9話「十歳になった。辺境伯がやってきた」
あれから三年が経った。六歳から始めた計畫も順調に進んでおり、今の俺は十歳になっていた。
新たな協力者である妹ローラの力を借りて弟マークの優秀さを広めるキャンペーンも上手くいっていて、屋敷の使用人や近隣のローグ村では次期當主をマークにした方が良いのではという意見も出ているらしい。
一方の俺も何もしてなかったわけではなく、知識以外の剣と魔法の訓練を行っていたわけだが、この數年で周りの環境にも変化があった。
俺に一般常識などを教えていた家庭教師のサリエールがいつの間にかマークを教えるようになり、俺には新しい家庭教師が付くことになった。
新たに付いた家庭教師はサリエールと比べると良くて二流もいいところであり、いかにサリエールが優秀な家庭教師だったかを思い知らされた。
しかし、もうすでに書斎にあるすべての本を読破している俺にとって新たに知識を得る必要はなく、家庭教師が優秀かどうかはどうでもいい些事である。
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剣に関しても最初は父自らがその手腕を振るっていたが、八歳になった頃新しく雇った代理人に指南役を任せ、今ではマークの指導に熱をれるようになっていた。
これについても全く問題はなく、寧ろ誰にも見られない場所で訓練ができることを喜び都合がいいとすら思ったほどだ。
父が俺を直接指導しなくなった時に「近くの森に行ってもいいか?」と尋ねたところ、あまり奧に行かなければいいと許可をもぎ取っていたため、ますます剣と魔法の訓練が捗っている。
森にはなからずモンスターが生息していたが、々がスライムや小といった子供でも簡単に倒してしまう程度のモンスターしかいなかったことも父が森に行くことを許可する後押しになっていたのだろう。
そんなこんなで、俺はこの三年間みっちりと修行をこなしその片手間で弟に領主になるための知識や剣や魔法の技を叩き込み、今では俺とそれほど変わらないくらいに長していた。
そんなる日、俺は再び父に呼び出された。今回は一どんな用なのだろうかと思い父の部屋に行ってみると、意外な言葉が飛んできた。
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「ロラン、明日隣の領地からバイレウス辺境伯が視察にやってくる。そこで明日は一切の外出を止とする」
「な、なぜでございますか父上!? バイレウス辺境伯といえば父上と肩を並べるほどの武蕓者と聞き及んでおります。ここは次期當主である私も挨拶をしなければ、それこそ問題となりましょう」
「……」
父の言葉に必死になって食い下がる風を裝って反論の言葉を口にする。本當はそんな面倒臭い人間に會いたくはないが、ここで素直に引き下がってはおかしな違和を與えてしまいかねないと判斷し、今まで作り上げてきたドラ息子の演技をやってのけたのだ。
俺の反論が正しいことを証明するかのように、どう説得しようかと父の眉間にこれでもかと皺が寄っている。その姿は、まるでドラゴンと対峙した歴戦の戦士の顔のようでし怖い。
「あいわかった。だが、お前は辺境伯に挨拶が済んだらすぐに自室に戻るのだ。わかったな」
「し、しかし……」
「わかったな!」
「ぐ、承知しました」
父の剣幕に負け、無理矢理に了承させられたように見せかける。それだけ言い放つと父は俺を部屋から追い出した。
現在の俺と父の間には壁があり、かつてのような親子のなどはほとんどなくなっている。……こちらとしては実に好都合なのだが、それでもし寂しいものがある。
「それにしてもこのタイミングで辺境伯が視察に來る理由は、おそらく次期當主である俺を見定めるためだろうな」
マルベルト男爵家が治めるマルベルト領はシェルズ王國の辺境一歩手前にある領地で、広大な自然が今もなおそのままの形で殘っている場所だ。人の手がってからまだ三十年と経っておらず、開拓できている場所も広大なマルベルト領から見てもほんの一部でしかない。
そして、マルベルト領の隣にあるバイレウス領はシェルズ王國とセコンド王國の國境にあり、その地を治めるのが先の話でも出たバイレウス辺境伯だ。
俺の父ランドールと同じく武功によって辺境伯まで上り詰めた男で、その実力は本である。隣國であるセコンド王國とは近年まで戦爭狀態が続いていたが、両國とも戦爭による疲弊と長きに渡る膠著狀態に嫌気が差し、一時的にせよ無期限の停戦條約が結ばれている。
そして、シェルズ王國國王はそんなセコンド王國に対する牽制として、先の戦爭でかの國に多大なる被害をもたらしたガンジス・フォン・バイレウスを國境の地に據え置き、セコンド王國対する備えとしたのだ。
これにはセコンド王國も下手にくことはできず、バイレウス辺境伯が存命している間はかの國との戦爭はないものであるともっぱらの噂であった。
そんな他國にも名が知れ渡るほどの人間がなぜこんなビンボー領地のマルベルト領に視察にやってくるのかと問われれば、その答えは限られてくる。その中の一つが次期當主がどのような人間なのか見定めるため、そしてその人間が優秀であればこちら側に取り込み味方としておきたいと考えるのは當然のことである。
聞いた話によれば、バイレウス辺境伯には妻との間に三人の子供がおり、いずれも娘であるらしい。バイレウス領の領民の間ではバイレウスの人三姉妹として名が知れ渡っていて、特に長のローレンは絶世と謳われるほどのらしい。
もし今回の視察でバイレウス辺境伯が次期當主である俺を気にれば、三人の娘のの誰かを婚約者に據え置いてくる可能もある。俺としてはこれはなんとしても阻止しなければならない。
「まあ、他にも目的がないとも限らないが、準備しておくに越したことはないな……よし」
俺はそう獨り言ちると、今後の対策のためマークの部屋へと向かった。
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翌日、予定通りバイレウス辺境伯がマルベルト領を訪れ、すぐに顔合わせが行われた。バイレウス辺境伯の第一印象は一言で表すのであれば、熊である。
二メートルに屆かんばかりの巨につきは筋骨隆々、そしてその眼は父以上に鋭く一目見た瞬間に逃げ出したくなったほどだ。噂程度に聞いていた話も実際にバイレウス辺境伯を見れば、あながち噓ではないと思えるほどにかの者は強者の風格を纏っていた。
「ようこそおいでくださいました。バイレウス辺境伯」
「息災であったか、ランドール。……して、その小僧が貴様の倅か」
「は、ロラン」
父に促され、俺はバイレウス辺境伯に當り障りのない挨拶をした。そんな俺の一挙手一投足をまるで一つも見逃すまいと、かの仁の鋭い二つの眼が俺に突き刺さる。やはりバイレウス辺境伯がやってきたのは俺の力量を見定めるためであったと、この時確信した。だが、これは想定の範囲であり寧ろその可能が一番高いと踏んでいたため、一応準備は整っているのだ。
「初めまして、マルベルト男爵家が長男ロランでございます。バイレウス辺境伯におかれましては、王國での武勇を知らぬものおらずさらには先の戦爭にて盛大な武功をお立てになられたと聞き及んでおります。そんな仁にこうして関われる機會を得られたことに謝いたします」
「「……」」
そんなどこにでもある紹介文句を言いつつ、俺は恭しく右手をに當てバイレウス辺境伯にお辭儀する。俺の挨拶が意外だったのか二人とも一瞬呆然となったが、すぐに平靜を取り戻すとバイレウス辺境伯も短く挨拶を返した。
「それでは辺境伯閣下。閣下の興味を惹かれるようなものがあるかはわかりませんが、ごゆるりとお過ごしくださいませ。では、私はこれにて……」
「……待て」
無難な言葉でしれっとフェードアウトをしようとした俺だったが、殘念ながらその目論見は潰されてしまった。他でもない辺境伯の手によって。
呼び止められた以上このまま逃げることもできないので、踵を返して辺境伯に向き直る。そして、視線を逸らすことなく俺は辺境伯と対峙した。
「何かございましたでしょうか?」
「貴様、面白い小僧だ。俺と手合わせをしろ」
「……」
どうやら俺はここで死ぬことになりそうだ……。
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