《ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく》16話「六年の集大と、新たな旅立ち」
バイレウス辺境伯の來訪からさらに二年が経過し、俺は十二歳となった。ついにプロローグが完結を迎え、いよいよここから本編がスタートするのであった。……なんつって。
冗談はさておいて、俺が最初に前世の記憶を取り戻してから十二歳になる現在までを方説明し終えたのだが、いよいよここから自由になるための計畫を遂行していくことになる。
シェルズ王國の貴族にはとある慣習がある。それは所謂お披目會というものだ。
期間は定かではないが、おおよそ三年または五年あるいは七年に一度開かれるパーティーが存在し、その主な目的は貴族家の次の後継者を公の場で知らしめることにある。
つまり、このパーティーに出席する者は現當主とその後継である人間の二種類しか存在しないということだ。
そして、俺が前世の記憶を取り戻してから今までの六年間でやってきたことのすべては、このパーティーに俺ではなくマークを連れていくようマルベルト家當主である父ランドールに仕向け続けてきたのである。
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バイレウス辺境伯來訪以降も定期的にネガティブキャンペーンを絶賛継続したことで俺の信用は地に落ちており、俺がこのパーティーに選ばれる可能は低いはずだ。
そんな折、お披目會を一週間後に控えたある日の朝、俺は父に呼び出された。
この二年の間に親子関係はますます悪化の一途を辿っており、もはやの繋がった他人という表現がしっくりくるほど俺とランドールの関係は荒み切っている。
そして、このお披目會を控えたこのタイミングで呼び出されるということは、これはもう……確定だろう。
「ロランよ。一週間後のパーティーだが、私はお前ではなくマークを連れておこうと考えている」
「なっ!?」
キターーーーーー!! まさにその言葉を引き出すために俺は今まで頑張ってきたんだ。
このたった一言を聞くために費やしてきた六年の努力が報われた瞬間、肩の荷が降りたような達を覚える。
だがしかし、そう、だがしかしだ。まだ油斷してはいけない。
人生とはちょっとしたことがきっかけで転落することもあれば、逆転サヨナラホームランで日の目を見ることだってある。
「そ、そんな馬鹿な! よりにもよってあのマークを連れて行くというのですか!! 俺という後継者がいるのにも関わらず」
「この數年のお前の素行は目に余るものがある。事あるごとにお前の非道を指摘してきたが、聞く耳を持たず多くの人間に迷を掛けてきた。だが、マークはそんなお前の拭いをするばかりか、さらにこのマルベルト領のために心をお注いでいる。どちらが後継にふさわしいかどうかなど見ればわかるだろう」
俺はランドールの言葉が信じられないといった演技をしながら、焦ったように詰め寄った。
本當ならば“どうぞ、ご自由に”と言いたいところだが、完全なる目的遂行のためにはここで不服を申し立てるのが定石だ。
俺の言葉にランドールは尤もな正論を叩きつける。ですよねー、當事者である俺ですらマークを選ぶもんね。
それからいろいろと見苦しく食い下がったが、ランドールが意見を変えることはなかった。
「マークを連れていくというのなら、俺は一どうなるのですか!?」
「お前ももう十二になった。慣習では義務を果たしたことになる」
「……俺に屋敷を出て行けと?」
「……」
沈黙は是なりと言わんばかりに、こちらに視線を向けてくる。そこには一切のもなく、ただただ厄介なを処分するといった程度の興味しかない。
さらに追い打ちをかけるようにランドールは淡々と言葉を重ねる。
「マークとローラもお前との別れは辛かろう。一週間後のパーティーがある王都にローラも連れていく。その間に荷をまとめて、この屋敷から出ていけ」
「くっ……」
ランドールの言葉に顔を歪めを噛みしめる。……悔しいからそうしているのではない。そうでもしないと嬉しさのあまり小躍りしてしまいそうになるからだ。
それから俺は、力なく項垂れるとそのままなんの言葉もわすことなく、とぼとぼと父の書斎をあとにする。
しばらく歩き続け、誰もいないことを確認した俺は拳を天高く上げんだ。
「いよおっしゃあああああああああ!!」
それはまさにプロサッカー選手がゴールを決めたような、プロゴルファーがホールインワンを決めたようなえも言われる達と高揚が発した結果である。
六年という長きに渡り続けてきたこの計畫に終止符が打たれ、新しい人生がスタートするのだ。これほど嬉しいことはない。
そうと決まれば、さっそく旅立ちの準備をせねばなるまい。こうしちゃおれん!
はやる気持ちを抑え、俺は自分の部屋に足早に戻った。
部屋に戻ると、ちょうどそこに世話係のターニャがいた。彼とも記憶が戻る前の年數もれると十年以上の付き合いになるが、その関係は冷めきっている。
尤も、それは俺のネガティブキャンペーンの効果なのでいまさらなのだが、それでも長い間世話になったことに変わりはない。
「ふん、まだ掃除を終わらせていなかったのかこの愚図め!」
「……申し訳ございません。すぐに終わらせます」
彼とは必要以上の會話はなく――俺が口を開けば悪態をついているからだが――手早く掃除を済ませると、一禮してすぐに去っていった。
い頃はもうし親しみがあったのだが、この數年で彼が笑うところを見る機會がほとんどなくなってしまった。
悪いことをしてしまった自覚はあるが、俺の計畫のためには必要なことだったと割り切ることにする。……俺がこの屋敷を出ていったら、自分の世話係にするようマークに一筆したためておこう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そんなこんなで一週間が経ち、俺以外の家族全員が王都へ向け出立した。
待ちんでいた日がようやく來たことに慨深さじながらも、肩に手荷を掛けると部屋をあとにする。
十年以上慣れ親しんだ屋敷の廊下を歩きつつ、昔の思い出に浸る。
これから待つ自由で平穏な日々を思い描きながら歩いていると、仕事をこなす使用人たちの姿がそこかしこにあった。
ほとんどがこちらを警戒するような視線を向けくるあたり、ネガティブキャンペーンが大功した果が如実に出ていた。そんなことを心でほくそ笑んでいると、すぐに屋敷の玄関に到著してしまった。
「ターニャか」
「ロラン坊ちゃま、長い間ありがとうございました。どうか、お元気で」
事務的な挨拶を口にしたターニャが頭を下げ、見送ってくれる。
彼以外の使用人は仕事をしており、元マルベルト家の長男である俺を見送る者など皆無だ。
おそらくだが、こうして頭を下げているターニャですら俺の世話係だったということから、最後の仕事として仕方なく見送りに來ているだけだろう。
「……ターニャ」
このまま何も言わずに去っても良かったが、最後くらい俺の本當の言葉で別れを告げようと思い、彼の名前を呼び振り返った。
俺の顔とターニャが頭を上げるのが同時に重なり、彼と視線が差する。そして、俺は優しく微笑みながらたった一言だけこう口にした。
「今まで世話になった……ありがとう」
「え……」
俺の言葉と態度が意外だったらしく、目を見開きこちらを窺っていたが、このままずっとこうしているわけにもいかないため、俺は二度と振り返ることなくマルベルト家の屋敷をあとにするのだった。
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