「さあ、始まりましたぁー！　ローランドことロランがお送りする。クッキングタイムのお時間でーぇす」

誰にともなく宣言する姿は若干稽ではあるが、端的に言えばワイルドダッシュボアのの味を確かめる試食會である。

ダッシュボア・フォレストウルフとこの世界のモンスターのを食べてきたが、どれも味しかった。だからこそ、ギルドに売り払ってしまう前に自分でもワイルドダッシュボアのの味を確かめてみたくなったのだ。

「この日のために鍛冶屋で作ってもらったフライパンが火を噴くぜ！」

いつだったか、ただ串に刺して焼いて食べるのも味気ない――いや実際はめちゃ味いけど――と考え、鍛冶屋に赴き自分専用のフライパンを作ってもらったのだ。

鍛冶職人も子供の俺を見て最初は煙たげにしていたが、そこは元サラリーマンの俺だ。手土産の酒をちらつかせたら手のひら返しに仲良くなった。飲みニケーション萬歳ってやつだろうか？

他にも調理するのに必要なまな板や包丁なども各種取り揃え、今では調理に必要な道が一通り揃っている。

「あと足りないのは、蒸しと網焼きにするための網に、それから圧力鍋ってとこか？」

圧力鍋はともかくとして、蒸しと網は今後手にれていきたいところではある。

それは今後の課題として今は隅に置いておき、ワイルドダッシュボアのの調理を開始する。

この世界のモンスターのについてしだけ話しておくと、この世界には極々自然に魔力というものが存在している。

まだすべてが解明された訳ではないが、その魔力という存在がモンスターのの旨味に関係しているらしい。

その一つが俺がよく使っているモンスターの狩猟方法だ。

前世で猟師をしていた親戚のおじさんの話では、鹿や豬などは暴れると脳にが回ってしまい、解した時に不味いになってしまうらしい。

だから一流の猟師は獲を暴れさせないよう急所である首を狙い、一撃で仕留めるのが通常の狩りだと聞いたことがある。

そういう意味では俺が使っているアクア戦法は獲が窒息でよくモンスターが暴れ回っているので、地球の常識では解したは不味くなるはずだ。

ところが、この世界には魔力という地球にはなかったが存在しており、こちらの世界の猟師の常識では魔力量が多いモンスターほどが旨くなり、に巡っている魔力によって脳やその他の臓にが留まらない仕組みとなっている。

その機能は死んでからもしばらく続くため、その機能が継続している間であれば抜きによって鮮度の高い味いを確保することができるのだと、解について聞いた時ボールドがドヤ顔で話していた記憶を思い出した。

余談だがその時一緒にいたニコルの想は「いい年いたハゲのおっさんが、ドヤ顔で語らないでください」だった。

とにもかくにもこの世界は良くも悪くもファンタジー……異世界なので地球の常識が通用しないこともままあるということだ。……わかったかね？　頭でっかちなそこの君！？

誰に向けたかわからない謎の説教を頭の中で思いつつ、まずはの下ごしらえからスタートする。

下ごしらえと言ってもそれほど難しいものではなく、ステーキサイズに切り出したワイルドダッシュボアのを包丁の背で叩く。

そして、を焼く前に全の筋に切り込みをれ、焼いた時にがむのを防ぐようにする。

こうすることでが反り返ることなく綺麗に焼き上がり、やわらかく仕上がるのである。

簡易的な竈を作り、そこらへんに落ちていた木の棒を薪として火を熾す。ワイルドダッシュボアから取れたラードを熱したフライパンに馴染ませ、頃合いを見計らってをフライパンに投する。

の焼けるいい音と香ばしいの匂いを漂わせながらそのまま加熱すること數分、片面に焼きが付いたらひっくり返してさらに數分焼いていく。

ここからの中にも火を通すため、火元からフライパンを離し、弱火になるよう位置を調節してじっくりと加熱する。

中に火が通った頃合いを見計らって、塩と胡椒を適量振り掛け味を調えたら完である。

「この世のすべての食べに謝を込めて……いただきます」

昔流行ったグルメ漫畫の主人公の口癖を呟くと、完したワイルドダッシュボアのステーキに齧り付く。

噛んだ瞬間程よい抵抗をじながらが噛み切れ、のに隠れていたが口の中一杯に広がる。塩と胡椒というシンプルな味付けながらも、の旨味と風味は十分にじられ、旨味分が舌を包み込む。

ひと噛みひと噛みの旨味を味わいながら十二分にのらかさを堪能したその剎那――それを飲み込み胃に収める。

「味い、実に味い！」

を最も味く食べられる調理法の一つであるステーキだからなのか、それともそれ以外の何か不確定な要素が関係しているのかは皆目見當は付かないが、とにかく言いようのない旨味が全を支配する。

総じて味、総じて歓喜、総じて幸福、そういった得も言われぬ正のが俺のを駆け巡る。

……とまあ、些か小難しい表現を並べ奉ったが、簡単に一言で言えば“めっちゃ味い”ということである。

それから一心不にを胃に収め続け、気付けばブロック（一個五キログラム）の半分のが俺の胃袋へと消えた。

膨らんだ腹をりながら、生きる喜びを噛みしめつつ仰向けになり空を眺める。

「異世界最高かよ……」

俺とて前世ではそれなりの會社に就職し、それなりの収を得ていた。それでもこのワイルドダッシュボアのような、の芯に訴えかけてくる味なる食べに出會ったことはほとんどない。

それだけ前世の文明が高度過ぎたのか、それが當たり前のことだと考えていたのかは定かではないが、一つだけ言えることは世の中にこんな味い食べがあることに、これほど味なるものを生み出した存在に謝の念を抱かざるを得ないということだ。

「さて、片付けて帰るとしますかねー」

それからしばらく味なるものを食べた幸福に包まれながら過ごし、満足に浸りながら俺は街へと帰還する。

街に戻ると顔見知りの門番に「何か良いことでもあったのか？」と聞かれたが「まあね」とだけ答え、足早に冒険者ギルドへと足を向ける。

ワイルドダッシュボアの狩猟後ものんびりと過ごしていたが、いつもより帰還する時間が早く現在三時のおやつくらいの時間帯だ。

そのため冒険者ギルドはほとんど冒険者たちが出払っていたが、それでも仕事を休んでいる者はちらほらいるため、なからず人はいる。

ちょうど付にニコルがいたのでそちらの方に行くと、俺の姿を見たニコルが慌てたように口を開いた。

「あ、ローランドさん！　無事だったんですね。よかった」

「何の話だ？」

「ミリアン先輩から聞きました。ワイルドダッシュボアを狩りに行ったそうじゃないですか！　いくらローランドさんがダッシュボアの狩りに慣れているとはいえ危険すぎます」

「まあ、心配をかけて悪かったな」

純粋に心配をかけてしまったことを申し訳なく思い、素直に謝罪する。俺が頭を下げると、仕方がないとばかりに顔を綻ばせるニコル。うん、守りたいその笑顔ってやつだな。

「でも、ローランドさんがワイルドダッシュボアと戦わなくて本當に良かったです。もし萬が一何かあれば、有な冒険者を失うところでした」

「うん？　ワイルドダッシュボアならちゃんと狩ってきたぞ」

「……はい？　い、今なんと言いましたか？」

「だから、ワイルドダッシュボアならちゃんと狩ってきたし、も食べた。最高に味かったぞ」

「……」

このあと個人取引専用の応接室に連行されることになりました……。まあ、俺としてもあまり目立ちたくないしいいんだけど、何故か意味もなく怒られたのが解せなかった。