《【書籍化】碧玉の男裝香療師は、ふしぎな癒やしで宮廷醫になりました。(web版)》2-3 春だしな……
「――喜んでくれたのなら、良かったではないか」
月英の話を聞いて、燕明が「何を悩む必要があるのか」と眉を上げた。
「最初は僕も、亞妃様は満足してくれたんだって思いましたよ。だけど……日を重ねる毎に、彼の『ありがとう』は、本心じゃないと分かってしまったんです」
「ありがとうが本心ではない、だと? どういうことだ、月英は」
肘掛けに頬杖をついてを斜めにした燕明が、意味が分からないと、更に首を斜めにする。
「確かに亞妃様はいつも笑ってお禮を言ってくれてはいますけど、彼……いつも最後は悲しそうな目をしているんですよ」
亞妃を訪ねて二日目、月英は前日にじたわだかまりの正を確認すべく、禮を言われた柑の香りではなく、別の油を使うことにした。
前日に選ばなかった方の製油――『天竺葵(ゼラニウム)』である。
柑の油と違って、爽やかさや軽さはないが、しっかりとした甘さはある。昨日は、亞妃の『澄んだ』という言葉を優先したために柑の油を選んだが、別の油も試してみる価値はあった。
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本人が知らなかっただけで、実はより好ましく思う香りが他にあったということもある。
そうして、前日と同じようにして天竺葵(ゼラニウム)の油で芳香浴をやったのだが――
「亞妃様の反応は、初日のと全く同じでした」
「全く、だと? これほどに香りが違うのにか? ああ、いや……両方とも好きな香りだったという可能もあるな」
しかし月英は燕明の考えを、首を振って否定した。
「僕もその可能は考えました。だから、三日目からも油を変え続けたんです」
しかも、甘いとも澄んでいるとも言い難い、亞妃が好きだと言った香りから遠い油まで使って。
「それで、亞妃は?」
「どの油を使っても、亞妃様の反応は一切変わりませんでした」
燕明が唸った。
思い返した記憶の中の亞妃は笑ってはいるが、いつも最後は必ず悲しそうに目頭を絞るのだ。何かに耐えるかのように。
そうして月英は、亞妃の『ありがとう』は、本心ではないと思い至ったのである。
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恐らく、彼は優しいのだ。
しかし、それは月英の知る燕明や藩季、太醫院の者達の優しさとはまた違ったもの。
彼らの優しさが背中を押すものだとすれば、彼の優しさは全てを包み込むような、慈の優しさ。
だから亞妃は、月英に気を遣わせないようにと、謝の言葉しか口にしないのだろう。それでも隠しきれない本心が、最後の別れ際にふっとれ出てしまっているとしたら、自分は何と彼に辛い思いをさせてきたのだろう、と月英はが締め付けられた。
「本當……けないです。陛下や呈太醫から信じて託してもらったのに、僕はそれに報いることが出來ません。何より、目の前で困っている亞妃様の力になれないどころか、負擔になってしまってただなんて……っ」
俯き、腹の底から縛り出すような溜め息をついた月英は、小さなが一層小さくなり、燕明からは萎んで見えた。の橫で拳を握る手が震えている。
ここまで月英が気落ちするのも珍しい、と燕明は長椅子を離れ、すっかり丸められた月英の肩を、めるように優しく叩いた。
「……月英、大丈夫だ。もうお前は充分にやってくれた。だから、そんなに悲しまなくても――」
「っだあああああああ! もうっ!」
燕明の「良いんだぞ」という言葉は、突然の月英の絶によって掻き消された。仰け反るようにして頭を上げた月英に燕明はおののき、戸いに目を白黒させている。
「こんなんで納得出來るわけないじゃないですか! 香療師失格ですよっ! 僕が見たいのは、彼の本心からの笑顔なんです!」
異國の香りを纏う淡い鈍の髪と瞳を持つ亞妃。
薄紅のに風をはらませ、波打つ髪を揺らして、春の中で頬を染めて心から笑う姿こそ、月英が見たい彼の姿なのだ。
異を持つ者同士という、なからずの親近もあるのだろう。
しかしそれ以上に、月英は香療師として、彼の笑みを曇らせる憂鬱を全て払ってやりたかったのだ。
「陛下、僕は諦めませんからね!」
勢いよく月英が振り返れば、燕明は一瞬、目をまたたかせ、そして次の瞬間は腹を抱えて大笑した。
「――っははは! それでこそ月英だ!」
目に涙が滲むほどに笑う燕明に、さすがに笑いすぎでは、と月英の口先がだんだんと尖っていく。しかし、月英のその表を見て、更に燕明も笑聲を大きくするものだから始末に負えないと、月英の方が先に白旗を上げ、口先を引っ込めた。これ以上はが取れてしまう。
じっとりと言いたげな目で眺めるに留めていれば、ようやく燕明の笑いも収まる。
目の涙を指先で拭い、燕明は月英の頭をらかにでた。
「どうか、亞妃の心にも風を吹かせて、暗雲を払ってやってくれ」
「はい」と、月英は目を細めた。
部屋の中が、二人の溫かな空気で満たされたときだった。
扉に當たりするようにして、藩季が部屋にって來たのは。
「月英殿ー、お待たせしました! おやつのお時間ですよー!」
大きな包みを両手で抱えて現れた藩季の姿を見て、月英は一人、當たりの理由に納得する。燕明は「扉が壊れるだろうが!」と、いつもの如く聲を荒げていた。
しかし、藩季も相変わらずにどこ吹く風と言った様子で、燕明の怒聲を右から左に聞き流す。
藩季はいそいそと、持っていた包みを長椅子前の卓に置き、手早く広げて見せた。
包みの中から現れたのは、芝麻球(ごま団子)に桃饅頭、干し杏に棗の漬け――と、様々な點心や菓子などであった。
途端に月英の顔が輝く。
「わぁ、すごい! 點心だぁ!」
目の輝きと共に、口の端からもキラキラとしたものが流れ落ちる。すんでのところで、藩季の手巾が月英の口元を拭った。様子だけみれば立派な父娘(おやこ)なのだろうが、やっていることは、単なる餌付けである。
「月英が來るなり、急に消えたと思ったら……」
まさか點心の調達に行っていたとは。どこまで親馬鹿なのか。いつまで浮かれているのか。
「いつまでとかありませんよ。永劫に可がりますが?」
「だから、お前はすぐに人の心を読もうとするなよ」
「ありがとうございます、藩季様!」
「いや、月英もありがとうじゃなくな……まず、ここは俺の私室なんだが」
「どうぞ、たんと召し上がってください。食べたいがあったら何でも言ってくださいね。可い我が子の為ならば、どんなものでも手にれてみせますか」
「さすが頼もしいです、藩季様! じゃあ、いっただっきま~す!」
「うん、聞け? 皇帝の言葉に耳を傾けろ」
しかし月英は、傾ける耳など持たないとばかりに、幸せそうな顔をして芝麻球に大きな口でかぶりつく。
餡を包んだもっちもちの餅を、口からびよんとばす々間抜けな姿の月英を見れば、燕明も怒る気が失せたのだろう。顔を覆った指の隙間から溜め息をもらすと、燕明も包みへと手をばした。
「ま……春だしな」
春ならば浮かれるのも仕方ない、と燕明は月英の隣で、桃饅頭を緩んだ口に詰めた。
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