《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-54:最初の空隙
ぶるりと震えたのは、寒さのせいだろうか。それとも、怖さのせいだろうか。
「最初の、空隙……?」
僕は聲をらしていた。
目の前にあるのは、延々と続く大氷河。頭上は漆黒に覆われて、星の姿も、月も、何も見えない。
冷え冷えとする足元から、魔力の気配もじる。うっすらと輝く氷は、本の氷ではなくて、魔力が結晶したものなのだろう。
「はっ、はっ……」
れた息が、白くなってたなびく。
両腕に赤黒い炎をまとった巨――ユミールは、僕をじっと観察していた。
「けまい」
僕のを覆う、『黃金の炎』。
それがじわじわと弱まっている。
神様と、あまりにも遠く離れたからだろうか。
……整理、しよう。
ユミールは世界を喰らいながら、王都、フローシア、アルヴィースなど各地を移していった。その中でも力を取り戻していき、ついにここ――創世が起こった『ギンヌンガの空隙』に至る。僕らの世界を飛び出してしまうほどの大を、世界に開けたんだ。
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ここは、冷たい魔力と熱い魔力がぶつかりあい、ユミールが生み出された場所でもあった。
見上げる。
星さえもない暗黒に、かすかに一筋のが見えた。あれが、僕が落ちてきた裂け目だろうか。
「……平気だっ」
短剣をユミールに突きつけた。
腰を落とす。
けど、にあった熱がみるみる奪われていくのをじた。
――恐ろしい。
神様に教えてもらってはいたけど、想像を超える場所だ。無音で、風もなく、いるのは僕とユミールだけ。
怖い、怖い、との奧が絶している。生きが存在してはいけない場所だ。
この巨人に勝つ姿を、生き殘る姿を、どうしたって想像することができない。
「強さというのも、その程度か」
ユミールは悠然と歩む。左腕で、ルゥがはめた氷の腕がぼんやりとっていた。
「ただの人間にここは寒すぎ、そして恐ろしすぎる」
巨がを屈めた。
よけろ、よけろ!
本能が悲鳴をあげる。
「――!」
転がるように、橫へ跳んだ。
暴風がすぐ脇を通り過ぎる。僕は何かが――腰からちぎり取られた覚を得ていた。
「うっ……」
腰の左側にあったポーチがない。
右側には目覚ましの角笛(ギャラルホルン)やポーションをれて、左側には『氷炎の心臓』を納めている。
ユミールが、左側のポーチを握っていた。
足がぐらつく。汗が噴き出る。
きの鈍った僕から奪い取っていたんだ。
まずい、まずい……!
「おれの心臓を」
ユミールは指でポーチを破り、側から『氷炎の心臓』を取り出した。氷中の心臓が、歓喜するように拍を早くさせる。
「返してもらう」
ユミールが、心臓を自分のに押し付けた。
僕は、巨が波打ったように思えた。
が震える。短剣を落としそうになる。
ユミールが咆哮を放った。
――――!
音というよりも、分厚い板を顔面に叩きつけられたようなものだった。僕は弾き飛ばされて何十メートルも転がる。
氷河についた手が冷気にあたり、さらに気力を奪われる。
戦いたいのに、戦わなくちゃいけないのに、恐怖が、畏(おそ)れが、僕の手足を摑んでいた。
「す、ステータス」
何か確かなものがしくて、僕が神様の聲に縋る。
けれども、頭に響く聲がいつもと違う。ひどく小さくて、ざらついて、今にも消えりそうな神様の聲だった。
「……?」
――――
リオン 14歳 男
レベル35
――――
空隙に落ちてしまったから、だろうか?
僕らの世界にいる神様からの加護が、消え失せてしまっている?
氷河から微震をじて、僕は顔をあげる。短剣に一瞬映った僕は、ひどく青ざめていた。
心臓を取り戻したユミールが、最初の空隙で、じわり、じわり、とさらに巨大になっていく。
◆
ミアは、神殿へと続く大階段を駆け上がった。
並走するフェリクスが呟く。
「……靜かですね、不気味なほど」
ユミールの咆哮が聞こえてから、戦闘音さえ聞こえてこない。そのくせ異様に冷たい風が、神殿から吹き下ろしてくる。
外套をかき寄せ、ミアはさらに走った。
階段を上り切り、神殿に辿り著いたところで2人は目をむく。
「……な、なんだこりゃ……」
神殿は、巨大なに飲み込まれていた。
口付近だけを殘し、幅數十メートルの裂け目がぽっかりと口を開けている。
間違いなく、ユミールが空間を引き裂いたのだ。リオンは――このの中にいる。
ごくっとミアはを鳴らした。
「り、リオン!」
ミアがどんなにんでも、返答はない。赤髪をかいて、ミアは言った。
「……危険だろうけど降りてみるか?」
こうとするミアの肩を、フェリクスが摑んだ。
「やめなさい」
「けど……!」
「どこに通じているかわかりません。リオンさんと同じ場所にいけるとも限らない」
ミアは歯噛みする。
助けてやりたい。
柱のから、神服姿のルイシアが顔を出した。
「ミアさん」
「っ! 無事だったかい!」
ミアはルイシアに駆け寄り、抱きしめる。
リオンはしっかりと妹を守ったに違いない。ミアは、自分の茶の目に浮かぶ涙をぬぐった。
「ちょ、ちょっと痛いです……」
「す、すまん。……これ、ユミールの仕業かい?」
「はい。さっきもお兄ちゃんは裂け目にって、戻ってきたと思ったら、こんなに大きなに……」
ミア達は改めて辺りを見渡した。
神殿は、3本の柱が並ぶり口と、わずかな壁を殘して、ほとんど殘っていない。何もかも巨大な裂け目に飲み込まれてしまった。
黎明の空の下、ぽっかりと開いた暗く深いは、異様だ。
「フェリクス、策を考えよう」
「ええ。しかし……」
「無茶だってのはわかってるよ。でも、リオンに全部押し付けて、いいわけないだろ」
頭に聲が響いたのは、そんな時だ。
――この裂け目は、とてつもなく深い場所まで通じていると思います。
ミアは眉をひそめる。聲はルイシアの方から聞こえた気がした。
ルイシアの左目は緑に染まっている。
「……フレイヤ、か?」
――はい。
――おそらくは、ギンヌンガの空隙と呼ばれた、世界が創造される前の空間まで、このは通じています。
ルイシアが聲を震わせた。
「お兄ちゃんは……無事ですか?」
――ここからでは、わかりません。
――ですが、この冷気は、異常なほどです。
――熱を奪う冷たい魔力にさらされているとすれば、リオンさんが危険です。
フェリクスが杖をついた。頭冠(コロネット)に手を添えて、息を吐き出す。
「……率直に聞きたい。フレイヤ神、あなたに助けられますか?」
――今の私では、難しい。
――冷たい魔力が上空にまで屆いて、神々を拒んでいます。
――ですが天界にいる神々、特に溫もりを與える太の娘であれば、あるいは……。
ミア達に、他の冒険者達も次々と追いついてくる。
「ミア! まずいことになった」
「今度はなんだい……!?」
「下の雪原で、魔が増えてやがる。おそらく――」
冒険者達は、神殿を飲み込んだを不気味そうに見やる。
「こいつに似たが、雪原の端に開いてる。ユミールがまた魔を呼んだんだろう」
ミアは舌打ちした。原初の巨人は、想像以上の早さで力を取り戻しているらしい。
「……さすが、魔の親玉だ」
不意に、後ろの列がどよめいた。
10名ほどの冒険者達、その隙間からボロボロの男が歩いてくる。
なびく金髪に、ルイシアが目を見開いた。
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次回更新は11月17日(木)の予定です。
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