《【書籍化作品】自宅にダンジョンが出來た。》プロローグ
それは唐突に現れた。
全世界規模的に、同時多発的に――。
語の中。
空想上のモノ。
――人は、それを『ダンジョン』と呼んだ。
広く清潔のあるフロア。
天井からは、大きなモニターがぶら下がっている。
そこには、電件數と対応者數に、待っている電者數――、俗に言う《待ち呼》と呼ばれる件數が表示されている。
電件數は117件。
対応中は25人。
待ち呼は61人。
保留は31件と、とてもではないが全く対応が間に合っているとは言えない。
日本でも三大キャリアの一つであり、戦前から続く日本電信電話公社を前に持つ巨大企業――、その攜帯電話部門の顧客問い合わせサービスセンター。
人は、コールセンターと呼ぶ。
俺は、現在そこで派遣社員として働いている。
顧客からの要を上層部へと打診するための書類を作する。
それをエスカレーションと呼ぶのだが、これがかなり手間で作業に時間がかかるのだ。
何せ、電話をけながらパソコンへとデータ力をするだけなら問題ないが、上層部へ報告する際には紙ベースで上げるという前時代的な方法を取っているから。
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全てが終わり、規定のボックスにれ終わったあとは席に戻る。
ちなみに、俺が席を立ってエスカレーション用の書類を部屋の角に置かれているボックスにれている間にも多くの電がってくる。
電の待ち呼が増えれば、天井にぶら下がっているモニターを見て、SVと呼ばれるスーパーバイザーは「電が何件あります! 急いでください!」と急かしてきたりするのだ。
急かす前に自分で電話を取れ! と心の中で思うが口には出さない。
基本的に、スーパーバイザーとは付かず離れず付き合ったほうが面倒事がなくていいから。
コールセンターに勤めている人間は大なり小なり心にストレスを抱えていき病んで辭めていく。
それが、コールセンター業界の常であり、いつもの風景だ。
ただし! 他の労働よりも時給は高い。
何せ的疲労ではなく、心という見えない――、しかし確実に存在する対価を差し出しているのだから。
の疲労はすぐに癒えるが、心の疲労が癒えることは稀だと言われている。
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何故なら現代社會――、特に日本はストレス社會であり年間3萬人もの自殺者が出ているからだ。
まぁ、それも最近では代わりつつある。
「はい、こちらノコモココールセンター、付擔當の山岸です」
席に到著し待ち呼を取ると同時にテンプレの言葉を相手方に告げる。
よく會社名だけを言って電話を取るコールセンターの人間がいるが、それは下策中の下策。
まず名前を告げるのは、自分が責任を持って誠心誠意に対応しますというのを第一投に顧客に対して投げかけるためだ。
「多市のダンジョンは、攜帯電話は繋がらないんだがどうなってんだよ!」
――第一聲がお怒りの言葉。
まずは、反論せずに顧客が言いたいように言わせておき共することが大事。
電話をしてくるエンドユーザーというのは、自分の気持ちを相手側のコールセンターのオペレーターが共してくれるとお怒りゲージが一気に下がるのだ。
――そう。
コールセンターのオペレーターというのは、企業の顔と同時にエンドユーザーの理不盡な怒りをけ止める壁だ。
だからこそ、日本のコールセンターで働いているオペレーターは心が病んで辭めていく。
サービスを過剰に求めたゆえに、人間を盾として利用するのがコールセンターの本質であり、歪んだ構造と言えるだろう。
だからこそ、コールセンターの離職率というのは、じつは離職率が高いとされる介護職よりも遙かに高かったりする。
そのくせ、派遣社員がメインの人材なので派遣會社が毎月、中抜きをしていく。
本來であるなら、賃金40萬円のところを派遣會社は中抜きで20萬円も取っていくところがある。
しかも、その中抜きしたので保険とかにらされているのに、會社が負擔していると寢言をほざくあたり日本の派遣會社というのは人間を何と思っているのだろうか? と、思ってしまう。
朝9時に出社し、午後5時に退勤する。
タイムカードを押すために、席から立ち上がり機械に近づく。
「山岸君!」
「はい?」
俺が帰ろうとしたタイミングで、センター長の乾部長が話しかけてきた。
「実は、17時から出社するはずの派遣會社の子が、とつぜん出社できなくなったんだが……、20時まで殘業をお願いできないかな?」
「構いませんが?」
「そうか! すまないね」
どうやら3時間ほど殘業になりそうだ。
まぁ、獨りだから特に殘業になっても問題ないが……。
そいえば、今月末に契約更新ということだったが、派遣會社からは何も言われていないな。
「センター長。今日、來られなくなったのは誰なんでしょうか?」
「ああ、佐々木君だよ」
――佐々木か。
たしか田から通っていると自慢していたな。
そういえば……、「マジ、コールセンターとか時給が良いからったんですが、神的にきついですね! これだったら冒険者の方が楽じゃないですか?」とか言っていたような……。
まさか――。
俺は、10分休憩の兼ね合いもあってコールセンター室から出る。
部屋から出ると、たくさんのロッカーが並んでいてロッカープレートには數字が書かれている。
これは、コールセンター室に攜帯電話を持ち込ませないため。
つまりセキュリティの一環。
俺はスーツポケットの中から鍵を取り出すと、ロッカーを開けてスマートフォンを取り出す。
あとは廊下に出たあと、佐々木の電話番號にかける。
佐々木の家は俺の自宅から近いこともあり、じつは何気なく電話番號を換したりしているのだ。
數度の呼び出し音が鳴ったあと。
「山岸先輩ですか?」
「ああ、俺だ。お前、出社してきていないだろ。お前のせいで殘業になったんだぞ。センター長とか怒っていたぞ」
「ああ――、すいません」
「何の用事が知らないが、時間帯ギリギリに俺の所に頼みこんできたから、今日、出社できないことをギリギリになって電話したんだろ? 俺たちは派遣なんだから、いつクビを切られるか分からないんだから、日ごろからきちんとしておかないとまずいぞ?」
佐々木は、俺よりも20歳も年下の大學生。
今は大學3年生だが、働き始めたのはコールセンターが初めてと言っていたから、社會の常識を知らなくても仕方ないと思うが、きちんとしてもらいたい。
一応、同じ派遣會社から派遣されているのだから。
それに派遣先企業の擔當からも新人のサポートをお願いしますとか言われているし。
金は貰っていないけどな。
「先輩、知らないんですか?」
「何がだ?」
「いや――、俺たちの派遣元の企業の社長――、稅で捕まって業務停止命令をけたらしくて更新ないとか……」
「はあ?」
一瞬、思考停止してしまう。
そんな馬鹿な! と、思いながらも佐々木が噓を言っているようには思えない。
「それで、俺! ダンジョン探索者になるために登録に來ているんですよ!」
「そ、そうか……。分かった、ありがとな」
俺は、すぐに電話を切る。
そして自分の派遣先に電話をし――、「はい、こちら派遣會社クリスタルグループです」と付のが電話に出た。
「すいません。山岸直人ですが、擔當の桂木さんをお願いしたいのですが」
「かしこまりました」
待たされたのは數分――、だが俺にとっては長い時間、
「はい、桂木です」
まだ20代後半――、の聲が聞こえてくるが、コールセンター歴15年の俺には分かる。
かなりお疲れな狀態だということが。
「すみません、佐々木から稅で業務停止命令をけたと聞いたのですが?」
「そうなんです。今、その電話が――」
「ノコモコの更新はどうなるんですか? 自更新されますか?」
「それが……、業務停止命令なので……、今月で仕事が終わりということに――」
「それって……」
「申し訳ありません!」
桂木さんが電話向こうで頭を下げた音が聞こえてくる。
「あの、今日って月末近いんですが、會社都合で退職ということになると社の方からは一ヵ月分の解雇予告手當が発生すると思うのですが?」
「分かっています。その分は來月の25日にお支払いすることになっています」
「そうですか……」
――溜息しか出ない。
どうやら、俺は41歳という中年なのに來月から無職になることが確定してしまった。
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