《わがまま娘はやんごとない!~年下の天才と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~》二話「彼に餌付けいたしましょう」下
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平間の決めた店で森の探索用の服を見繕った二人は、平間の支払いで二著ずつ購した。
「さて、どうしようか」
「そうじゃのう……次は履じゃな」
「履? ああ、確かにその靴だと歩きにくそうだしね」
壱子の靴は鮮やかな鼻緒のついた漆塗りの下駄だ。さすがにこれでは森を歩くことは難しいだろう。
「歩きやすさを考えるなら草鞋わらじがいいかな。それならさっきの店でも売ってたけど」
「確かに道中は草鞋わらじが良いと思う。しかしそれとは別に、もっと厚手の、足首まで覆おおえるようなものがしい。素材は革が良いかな」
顎あごに片手を當て、眉を潛めながら言う壱子。
隨分と指定が細かいが、何か理由があるのだろうか。
思案する平間を見上げて、壱子はおずおずと言う。
「で、平間……そういうものがしいのじゃが……売っている店は知っておるか?」
「伊達に四年間皇都で過ごしてないからね。そういう凝った趣向のものを置いてる店も知ってるよ」
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「そうか! それは良かった」
すこし鼻高々で言う平間は、ふと壱子が先ほどから妙に改まった態度を取っている事に気付いた。
不思議に思って壱子の方を見ると、彼と目が合った。
が、すぐに目を逸らしてしまう。
「どうかした? 調でも悪い?」
「いや、なんでもない。日が暮れては良くない、店に連れて行っておくれ」
「そう? なにかあったら言ってね」
「うむ。ありがとう」
やはり壱子はしおらしくなっている。
気持ち悪いくらい素直だし、息を吐くように言っていた平間の悪口もすっかり影を潛めている。
心なしか顔も赤いように見えるが、西日にしびのせいだろうか。
なにあったのか?
そう首を傾げながら、平間は次の店に向かった。
――
一通りの買いを済ませた二人は、日の落ちかけた羊門ひつじかど大通りを歩いていた。
平間は服、食料、報告用の新しい木簡などの大量の荷を背負っており、大通りを歩き回ったのもあってその足取りはすっかり重くなってしまっていた。
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一方の壱子は、というと、相変わらずどこかよそよそしい。
平間が壱子に話しかければ目を逸らすし、買うものにあれこれ注文はつけるものの、おおむね素直に平間のあとをついて歩いていた。
いや、そもそも壱子と平間は今日初めて會ったばかりだ。
そう考えればこれが妥當な距離なのかもしれないが、いきなり積極的に持論を語ってきたのを思うと、やはり違和がある。
「やっぱり大丈夫か? 様子がおかしいぞ」
「なっ……大丈夫じゃと言うておろうに。逆に何がそんなに気になるんじゃ」
「何って……」
そう言われると、平間には上手く答えることが出來ない
どこか一つがおかしいというより、全的にぼんやりと違和がある、といったじだ。
平間が言いよどんでいると、し微笑んで壱子が言った。
「何も無いのなら先を急ごう。梅乃の言うとおり、日が暮れたら危ないのじゃろう?」
「それもそうだけど……」
やっぱりおかしい。
平間が買いで々疲れているということは、普段出歩かない壱子はもっと疲れているはずだ。
それなのに今、壱子は微笑んだ。なぜ?
祓魔係でけた平間の壱子に対する印象は「よく分からないがやたらと弁の立つわがまま娘」だった。
それがどうだ。
まるで平間に心配をかけさせまいと微笑んで見せたのだ。
これでは、借りてきた貓のようではないか。
もしかして、疲れすぎて頭がすこし悪い方にイってしまったのか。
だとしたら不味い。
し焦りだした平間の脳裏に、あるものが浮かんだ。
「そうだ! これがあった」
そう言うと、平間は自らの懐から朱の包みを取り出し、壱子に手渡した。
壱子が屋敷から持ち出し、梅乃に差し出し、そして梅乃が平間に託した、あの羊羹の包みだ。
「これは……どうしてお主が?」
「後で返してやるように、って梅乃さんに渡されてたんだ。疲れただろうから、食べたくない?」
「そんな子供みたいに、私が飛びつくとでも?」
飛びつくに決まっている。
なぜなら、壱子は平間の差し出した包みから一瞬たりとも目を逸らしていないからだ。
平間に一抹の悪戯心が沸き起こる。
「じゃあいらない?」
「そ、そうとは言うておらぬではないか!」
「なら『食べたい』か『食べたくないか』で言ったら?」
「……」
「……」
「……たべたい」
恥ずかしそうに言う壱子に、平間は満面の笑みで包みを差し出した。
やはり疲れたときには甘いものだ。
我ながら丁度良い時に出すことが出來ただろう。
平間がそう満足げに頷いていると、視界の下から小さな手がびてきた。
見ると、壱子が半分に割った羊羹を差し出している。
用に二つに破やぶったのだろう、手が汚れないように包み紙も付いている。
これは……。
「毒見しろと?」
「違うわ、たわけ! ……お主にやるのじゃ。こないに大きな荷を背負っていては、お主も疲れておろう。私から、せめてもの労ねぎらいじゃ」
「それは、どうも」
「うむ、謝せよ」
そう言うと、壱子はにっこりと笑った。
梅乃とはまた違う、おそらくは何の魂膽も混ざっていないであろうその笑顔に、平間は思わずドキリとする。
そしてすぐに、壱子の笑顔に梅乃と似たようなものをじてしまったことが、猛烈に恥ずかしくなった。
「どうした、食べぬのか? もしかして、甘いものは苦手か?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
「まさか……こっちの方が大きいことを知って……?」
壱子は自分の羊羹を隠そうとする。
その必死さが変に可笑おかしくて、平間は噴き出した。
「な、何が可笑おかしい!」
「ごめんごめん、大丈夫。食べよう」
「そうか……? まあ、お主がそう言うなら、食べようか」
訝いぶかしげに言うと、壱子は手元の羊羹を口に運んだ。
途端に壱子の表が、ぱぁっと明るくなる。
一部たりとも味わい損ねぬように無心に口をかし、嚥下する壱子。
十分にその余韻に浸ってから、壱子は興した様子で言った。
「味びみじゃのう! さ、お主も食え! ほれ、ほれ!」
羊羹で気分が高揚した壱子に背中をバンバン叩かれながら、平間も羊羹の角をかじってみた。
その瞬間、ほのかな甘みが口いっぱいに広がる。
脳が喜んでいる。そんな心地だ。
平間は思わず頬がほころびそうになり、慌ててそれを抑えた。
しかし、確かにこれは味い。
「どうじゃ、味うまいか?」
壱子が平間の顔を覗き込んでくる。
平間は、思わず素直に頷いた。
「そうじゃろ? 私が前から贔屓ひいきにしておるところのものでな、定期的に屆けさせておるのじゃ。屋敷で食べるのも良いが、今日のように疲れているときの羊羹は格別じゃな!」
貴族の娘だと壱子の歳でも「贔屓にする」なんて言葉を使うようになるのか。
なんて思いながら、平間はもう一口、さっきより大きく羊羹をほおばった。
甘いものは高価で滅多に食べない平間だったが、彼が今まで食べてきたものの中で最も甘いといっても過言ではない。
しかし決してくどくは無く、貴族用達きぞくごようたしの名に恥じない、上品な甘さだった。
壱子はもう食べ終わってしまったのか、黙々と羊羹をかじる平間に「そもそも羊羹とは、その名の通り羊のを~」などと得意げに自分の知識を披し始めていた。
それがなかなかに面白かったので、平間も適度に相槌あいづちを打ちながらその講釈に耳を傾ける。
壱子の話が一段落したとき、ふと平間はあることに思い至った。
「そういえば、帰らなくていいのか?」
「帰る? どこにじゃ?」
壱子が目を逸らすのを、平間は見逃さなかった。
「梅乃さんのところだよ。今日一日、僕に何も學ぶものが無ければ帰るって言ってただろ」
「ああ、その話か……」
壱子が、平間からクルリと背を向ける。
「その話じゃがな? そのぅ、なんだ、私も全てのことを知っているわけではないようじゃ」
「それはまあ、そうだね。全てを知っている人はいない」
「しかし、それを私は知らなかった。それだけではない。私は『私がしいと思ったものをどこで買えばいいか』さえ知らなかった」
壱子が振り返る。
その顔は紅して、目は潤んでいる。
「であるのに、私はお主にあのように威張り散らして……なんたるばか者、大ばか者じゃ! 私は自分が恥ずかしい……!」
手を頬に當て、もだえする壱子。
まばらになった通行人が何事かと訝いぶかしげに視線を向ける。
「『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』と申すじゃろう。それで私は決めた」
壱子は息を吐き、大きく吸った。
「私はおぬしに付いて行く。いや、付いて行かせてくれ。皇都のことでさえろくに知らなかった私じゃ。きっとこの世界には私の知らぬことだらけなのじゃろう。そう思うと、私は恐ろしさと、同時にえも言われぬ高揚を覚えた」
壱子が真っ直ぐに平間の目を見つめる。
その目は戸いや不安、そして期待がり混じったを帯びていた。
「私は、これからかく恥は全てお主の前でかきたい。お主と共にこの世界を見てみたい。勝手なことを言っていることは分かっておる。しかし、他に頼める者もおらぬ……どうか私を連れて行ってしい。……駄目か?」
上目遣いでおずおずと言う壱子。
そして彼を拒絶する理由は、平間には無かった。
「駄目じゃない。むしろ僕からも頼みたいくらいだ」
「本當か!?」
目を見開いて平間の返事を確認する壱子に、平間は大きく頷いた。
壱子の知識無しで調査に行くなど無謀すぎるような気もするし、何よりも梅乃の言っていたとおり、壱子はが素直な娘だ。
はじめこそ壱子は平間を邪険に扱ったりしたが、次第にそんなことも無くなった。
何より、壱子のコロコロと変わる表は見ていて飽きない。
「良かった……これで不出來者だとお主に見放されていたら、いつまでも大ばか者のままじゃった。考えるだけでも恐ろしい」
「そんな、大げさな」
平間は笑うが、壱子の表は真剣そのものだ。
「そうだ、急ぎお主の新しい家とやらに行かねばならぬ。もうじき日が暮れる。お主とて、まだその辺りの地理には明るくあるまい」
「それもそうだ。行こう」
頷いた平間は壱子のあとに付いて歩を進める。
が、すぐに立ち止まった。
待てよ、ということは壱子と同じ家で寢るのか……?
……それは々とまずい気がする
「何を呆ほうけておる。行こうと言うておるに」
平間の懸念けねんをよそに、壱子はしも待てないと言うように平間を急かした。。
良いのだろうか……。
平間の悩みは盡きない。
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8 184ヤメロ【完】
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