《わがまま娘はやんごとない!~年下の天才と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~》五話「いざその道を進みましょう」上:(前書きに地図あり)
【皇紀五五年三月二日】
その日、平間は今までじたことの無い息苦しさで目を覚ました。
異様に呼吸がしにくい。
の上に何かが乗っかって、肺を圧迫しているような覚だ。
それだけでなく、顔の上にもらかいものがあって、時折もぞもぞと不愉快にいている。
昨日は平間自、やはりかなり疲れていたようで、布団にった瞬間に眠りに落ちてしまった。
かつて無い奇妙な覚で目覚めたことにし気を転させながら、平間は恐る恐る重いまぶたを持ち上げる。
眩しい朝の日差しに目がくらんでしまうが、しばらくして目が慣れると、視界の下半分を覆う白いがあった。
これは……。
「足、か……?」
視線を徐々に下に向けていくと、寢巻きを盛大にはだけさせて、寢た時とは頭を上下逆向きにした壱子の姿があった。
平間は自分の顔にかかった壱子の足をぞんざいに退どけると、寢ぼけ眼をこすりながら、のっそりと起き上がる。
目の前には、平間の足を抱き枕のようにして、壱子が寢息を立てていた。
気持ち良さそうに眠り続ける壱子を起こさないように、平間は慎重に壱子の腕の間から自分の足を抜こうとする。
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……駄目だ、足が痺れていて上手くかせない。
「ていうか、あまりにも寢相が悪すぎるだろ……」
呆れ顔で言うと、平間は出方法を思案する。まあ、こうしている間にどんどん管は圧迫され続けているのだが。
「起きられたか、平間殿」
予想外の方向から聞こえた低い聲に、ビクッと平間が聲をした方を見ると、寢そべりながらどんぐり眼まなこを見開いた隕鉄と目が合った。
かな白髭もあいまって、その姿はかつて見た涅槃像ねはんぞうを連想させる。
とはいっても、その像には隕鉄のような髭は生えていない。
要するに、寢そべっていてもそれだけ威厳があるということだ。
平間は困っているのを伝えるために片眉をひそめて、隕鉄に助けを求める。
「これ、どうすれば良いか分かります?」
「ふむ、お嬢は寂しがりやでな、寢ている時は手近なものに無意識で抱きついてしまうのだ」
「……なるほど?」
人の癖はさまざまだから、そういうこともあるのだろう。
昨日一緒にいた限りでは、壱子が寂しがりやだとは特にじなかったけど。
「お嬢は眠りが非常に深い。普通の人間よりも頭の回転が速く、それゆえ疲労も溜まるからであろう」
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「気のせいですかね、だんだん嫌な予がしてきましたよ」
「そうか。それはさておき、抱きついたものは起きるまで決して離そうとしない」
隕鉄の目が、可哀想なものを見るように、すうっと細くなる。
平間は、當たってしくない自分の予が的中してしまった気がした。
つまり壱子が起きるまで、平間の腳の流は滯り続けるということか。
「もし、無理やり起こせば……?」
「ちょっとやそっとのことでは、お嬢は目を覚まさぬ」
「そこを何とかして起こすなら」
「……あえて修羅の道を行くか若人よ。我も昔、そう思った。するとな……」
「どうなったんです」
「著しく不機嫌になるのだ。それはもう、手が付けられないほどに」
あんな目に遭うのはもう沢山だ、と言わんばかりに、隕鉄は大げさに顔をしかめる。
「著しく不機嫌な壱子……?」
「うむ。しかし暴れたり暴言を吐いたりするわけではない。説教されるのだ」
「説教ですか」
「酷いものだった。我が無理やり起こしたことだけではなく、日頃の細かいあれこれを延々、延々とだ。それも、ぐうの音も出ない正論をぶつけてくるものだから困る。反論できぬのだ」
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平間にはそのときの隕鉄の心境がなんとなく想像できた。平間も祓魔ふつま係で壱子に正論をぶつけられて舌を巻いているからだ。
無理やり起こしたときの壱子の反応を、平間は想像してみる。
『良いか平間、人間は眠らなければならぬ。それは眠ることによって脳を休める必要があるからじゃ。そもそも人間は、このずんぐりと大きくなった神経の端を有効活用することによって他のたちと差を付け、社會を作り、數を増やしてきた。つまり、眠りは人の繁栄を支えてきたのじゃ。その事実を今、お主は私を起こすことによって否定した。この意味が分かるか? お主が今、私にしたことは、私の人間を否定し、犬や貓のようなと同程度の存在に過ぎぬと言っていることに等しい。これは侮辱じゃ。ひどい侮辱じゃ。大、お主は昨日も……』云々。
……勘弁したいな。
「それは困りますね……」
「そうなのだ。お嬢は拗すねると非常にめんどくさい子だ。だから平間殿、その左足は我らのために諦められよ」
そう言うと、隕鉄は平間に向かって丁寧に合掌した。寢そべりながら。
……全く誠意がじられない。
頭を抱える平間の頭に、ふとある疑念が浮かんだ。
「そういえば昨日、寢るときの並びを決めたのって隕鉄さんでしたよね。僕が真ん中になるように、って」
「はて。我は最近、忘れが激しくてな。まったく記憶に無いのだ」
「とぼけないでください。壱子の寢相の悪さを知っていて僕を壱子の隣に寢かせたでしょ。自分が壱子に捕まらないように」
平間は隕鉄に冷ややかな視線を投げつける。
対する隕鉄は、そっと目を逸らして言った。
「いいか平間殿、世の中は弱強食、『食うか食われるか』なのだ」
「それっぽいこと言って誤魔化さないでください!」
「しかしだ、顔は可らしい娘むすめごに抱き付かれて、悪い気はせぬだろう? 格はなかなかに偏屈であるが、顔は可い」
隕鉄は起き上がりながらそう言うと、野太い聲でカッカッカと豪快に笑う。
襟元からのぞく厚い板には、濃いが渦を巻いていた。
話していても無駄だと悟った平間は、寢癖でいつも以上にもじゃもじゃになった髪を悲壯を込めて掻きむしった。
壱子が起きる気配は、まだ無い。
――
その日の晝。
平間たちの一行は、皇都のから東にびる街道・東道とうようどうを進んでいた。
この東道を半日進んだところにある途中の宿場町で、平間たちの目的地である勝未村へ繋がる舊街道に出ることができる。
結局、朝の平間と隕鉄のやり取りのあと、半刻(およそ一時間)足らずで壱子は目を覚ました。わずか半刻といえばそうだが、平間にとっては半日くらい待った心地がした。
ようやく左足の圧迫から開放された平間だったが、その時點で既に平間の左足の覚は無くなっていて、彼が立ち上がれるようになったのは更に四半刻(およそ三十分)経ったあとのことだった。
春は配置換えやその他もろもろが変化する季節だ。そのせいか東道を行く人は多く、その人種も役人や旅商人、兵士など多彩だった。
そんな人々を、壱子はしきりに目を輝かせて眺めている。平間にとってはありふれた景でも、ずっと屋敷での暮らしをしてきた壱子には珍しいのだろう。
三人の中で一際大きい荷を背負っている隕鉄が、平間に聲をかける。
出発するときに、隕鉄の強い希で最も多くの荷を持つことになっていた。
「平間殿、もう痺れは取れたかな」
「はい、おかげさまで。もうほとんど殘っていないです」
にこやかに言う平間に、壱子が近寄ってきておずおずと口を開く。
「平間、すまぬ……。その、癖でな……?」
母親に叱られた子供のようにシュンとする壱子の頭を、笑いながら平間がでる。
悪意が無いことは分かっているから、別に怒ってなどいない。
「今度同じことをしたら、遠慮なく起こしてくれ」
「それは……」
言いよどんだ平間がちらりと隕鉄のほうを見ると、隕鉄は半笑いで首を振る。
かつて同じように言われて起こした時もダメだったのだろうか。
「まあ、そのときに考えるよ」
「しかし、今朝のようなことがあっては平間、お主に悪いじゃろ……?」
「まあまあ、大丈夫だから」
「平間殿の言うとおりですぞ、お嬢。むしろ平間殿は、お嬢に抱き疲れて喜んでおりました」
「それは噓ですね隕鉄さん」
隕鉄の言葉を、平間は即座に否定する。
すかさず壱子が見上げて言った。
「そうなのか? 私が抱きついたら平間は嬉しいのか?」
「違うって言ってるでしょ」
「そうか、嬉しくないか……」
何をがっかりしているんだ、このお嬢様は。そしてこの髭親父は何を適當なことを言っているんだ。
そう平間は心突っ込みをれるが、なぜか気を落としている壱子のことも気にかけておかなくてはいけない。
「あのね壱子、嬉しいとか嬉しくないとかじゃなくて……」
いや、もうこの話はやめよう。隕鉄のせいで何を言ってもおかしな方向に行ってしまいそうだ。
平間が橫目で隕鉄を見やると、隕鉄は案の定「次はどうやってからかってやろうか」と言わんばかりに、悪戯っぽく目をらせていた。
隕鉄は剃り上げられた頭と顔の下半分を覆う髭のせいで年齢不詳なが強いが、目元のしわの數などから推測するに、なくとも四十かそこらだろうか。
そう考えると、ことあるごとに平間をからかったり壱子をけしかけたりと、面は隨分と若いというか、子供っぽく思える。
もちろん、彼が単にそういう格というだけかもしれないけど。
「おや、家族旅行ですか?」
不意に、平間の耳に明るい聲が響く。
聲のした方を向くと、十六歳くらいの旅人姿のが、笑顔で平間の顔を覗き込んでいた。
はし赤みがかった髪を後ろで一つに束ね、殘りを顔の橫に垂らしている。
そんな彼は、が擔ぐには々大きすぎる荷を背負っていた。しかし、その割に平間と橫並びで歩くその足取りは軽やかだ。
歩くたびに橫に揺れる髪とその屈託の無い笑顔から、平間はに活発な印象をけた。
突如として現れたに、壱子は驚いてすかさず平間のに隠れる。
道行く人を観察するのは好きなのに、どうも話しかけられるのはダメらしい。
「いや、家族旅行というか……僕たちは仕事仲間? みたいなもので」
突然話しかけてきたに々戸いながら、平間はあたふたと答える。
壱子ほど極端な人見知りではないにしても、平間だって決して社的な人種ではない。
「あ、そうなんですか。遠くで見ていて、すごく仲が良さそうな兄妹とお父さんだと思ったんですけど……あ、確かに良く見るとあんまり似ていないですね」
は平間と、平間のに隠れて様子をうかがう壱子を互に見て言った。
そりゃあ、赤の他人だから似ているはずは無い。
「ああ、アタシばっかり話してごめんなさい。 アタシは商人見習いの沙和さわって言います。お気軽に『沙和ちゃん』って呼んでくださいね~」
「沙和さわ……さん? 僕は平間京作です。どうも」
「おー、平間くんって言うんですね。どうぞヨロシク~」
そう言って沙和さわと名乗ったは、無理やり平間の手を両手で握り、ぶんぶんと振り回した。
満面の笑みを作っている沙和に対し、平間はその勢いに々引きながら、引きつった笑いを浮かべる。
沙和はパッと平間の手を離すと、今度はまじまじと壱子を見つめた。
平間の袖をつかむ壱子の手に力がる。張しているのだろう。
そんなことを知らないか、あるいは知っていて無視して、沙和は笑顔で壱子に話しかけた。
「おや、近くで見るとすごく可いですね……目はキラキラしてるし、なんかお餅みたいにらかで。沙和ちゃん嫉妬しちゃうなあ。ほら、アタシ日焼けでいつもちょっと黒いじゃない? って、またアタシばっかり喋っちゃった。あなた、お名前は?」
「あう……い、壱子じゃ」
「壱子ちゃんって言うのね。名前まで可い! そんな照れないでもいいのに~」
「てて、照れてなどおらぬ!」
「あぁ~、強がるところも可い!」
猛烈に距離をめてくる沙和に耐えかねたのか、壱子は更に距離をとるために隕鉄の方へ駆けていき、大柄な隕鉄の奧で完全に姿を隠してしまった。
「ありゃりゃ、逃げられちった。それじゃ最後に、大きいおじさまのお名前は?」
「我われは隕鉄いんてつ。僧である」
「お坊さんですか……! 立派なおヒゲですね!」
「ハハ、若い娘むすめごにお褒めいただき栄だ」
言葉の通り、隕鉄はいつに無く満足げに目を細めている。
隕鉄は髭を褒められると喜ぶらしい。
平間たちの名前を一通り聞き終えた沙和は、再び平間に話しかける。
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