《わがまま娘はやんごとない!~年下の天才と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~》九話「救われし娘をしましょう」下

「これらに簡単に目を通してみたが、今のところ私の結論は『呪いなどと呼ぶべきものは無い』」

「呪いは無い? つまりヌエビトはいないってこと?」

「そうではない。あくまで森の呪いを『ヌエビトから切り離せる』というだけで、ヌエビトの存在を否定はしない」

平間が納得したように頷くのを見ると、壱子は続けた。

「熱病の経過はおおむね一貫しているから、同じ疾患であると思う。熱病といえば悪気おこりか黃熱おうねつが考えられるが、いずれも季節と気候が會わぬ。野兎やともまあ、この際除外できるじゃろう」

「お、おい、ちょっと待って」

「ん、なんじゃ?」

「どうしてそんなことを知っているんだ……?」

平間は、えも言われぬ恐怖を覚えていた。

こと壱子に対しては、こんな覚は初めてだ。

壱子はし困ったような顔をした。どの言葉を選べば良いか迷っている、そんなように見えた。

し口を開けてまた閉じて、俯く。

そしておずおずと口を開いた。

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「すまぬ平間、それはいずれまた話すということではダメか?」

これ以上は無いというくらい不安げな顔をして壱子が言う。

……そんな彼に否と言える平間ではなかった。

「わかった。壱子が話したくなったら話してくれ」

「……ありがとう」

壱子はをなでおろして、小さく笑う。

何がそんなに不安だったのか、平間には分からない。

しかしいずれにせよ、これは壱子にとってあまりれてしくない話題であることには違いあるまい。

そう考えて、平間は意図的に話題を変える。

「それで、森の呪いの正は何だと思う?」

「おそらくコウハンネツか、あるいはツツガムシビョウじゃな」

「つつが……なんだって?」

「紅斑熱こうはんねつと恙蟲病ツツガムシびょうじゃ。いずれも森に住むダニの類がばら撒く病やまいで、高い熱と発疹が特徴じゃな。最終的には死ぬことが多い。ざっと資料を見る限り、致死はかなり高いようじゃ。普通こんなにも死なないが……いや、完治した例を記載していない可能もあるな」

「壱子、そんな古文書みたいなものが読めるのか?」

鈴の持ってきた資料は、紙がり切れていたり文字をかなり崩して書いてあったりで、平間が読むのは一見してかなり困難なように思えた。

平間の問いに、壱子は自慢げに腰に左手を當ててをそらす。

今度はれられても問題ないらしい。

「當たり前じゃ。貴族としてにつける教養の一つじゃからな。見よ、これによると、主に春と秋に森にった者が熱病に罹っておる。これはダニの活する時期と合致する。それにこれじゃ、腋わきや背中に化膿の痕があったということが書いてある。これもダニに刺されたときに出來るものじゃ」

「ってことは、ヌエビトの呪いの正は――」

「森に住むダニが引き起こした、ただの病じゃ。これでヌエビトの皮が一つ剝がれたのう」

無邪気に白い歯をのぞかせて言う壱子だったが、平間には彼がどこか遠くにいる存在のように思えてならなかった。

――

「ただいまー! いやー、すっかり遅くなっちゃったよ」

そう言って沙和が帰ってきたのは、すっかり日が暮れてそろそろ夕飯にしようかという時だった。

夕飯の用意をしたのは隕鉄と平間で、壱子は相変わらず村の資料を読み漁っていた。これも適材適所だと、平間が決めたのだ。

臺所は玄関から広間を通って右手にある。近くの井戸から水を汲み、かまどに火をくべて夕飯の支度を進めていた。

そこへ、帰ってきた沙和が近づいて鍋を覗き込み、嘆の聲を上げた。

「すごい味しそう! 道理で良い香りがすると思ったよ。これ、平間くんが作ったの?」

「ほとんど隕鉄いんてつさんですよ。僕は言われたとおりに手伝っただけです」

「え、すごい……!」

沙和は尊敬の眼差しで隕鉄を見る。

その視線を、隕鉄は照れ笑いでけ止めた。

思い出したように平間が口を開く。

「ところで、村の様子はどうでした?」

「特に変わったことは無かったかな。村長さんの言っていた通り、多は人がない気はしたけど、田畑もあるし普通の村だと思う」

「そうですか……ところで鈴ちゃんは?」

「私をここまで送ったら帰っちゃった。あんまり遅くまで出歩くと、村長さんに怒られるんだって」

なるほど、確かに鈴のしつけに厳しそうな皿江さらえだったら、門限も厳格に決めているに違いない。

ただ、どうも皿江には鈴に厳しくなりきれないところがあるようにも思えた。

男親は娘に甘い、といわれるのはこういうことなのかも知れない。

「そういえば平間くん、鈴ちゃんと一緒にいた子犬、覚えてる?」

「ああ、あの黒の」

「そうそう、あの子すっごく可いんだ~。なんかこう、コロコロしてるというか! 鈴ちゃんもすっごく可がっててね。アタシもついニヤニヤしちゃったよ」

「沙和、お主がニヤニヤしてるのはいつものことじゃろう」

いつの間にか臺所に來ていた壱子が口を挾む。

壱子の言ったことはやや刺々しかったが、沙和はそれでも頬を緩ませた。

「壱子ちゃんてばひどいなあ。それじゃアタシが変な人みたいじゃない」

「お主は変じゃぞ」

壱子の即座の返答に、平間はこっそり頷く。

しかし、壱子がそれを言うのもどうだろう、とも思った。

「どうしたの壱子。記録を読むのに飽きた? それとも一人で寂しかったとか?」

「さ、寂しくなどないわ!」

ムキになって壱子は言うが、平間と目が合うと視線を逸らす。

どうやら図星らしい。

そんな壱子の様子を見て、沙和がニヤニヤしながら言う。

「寂しがりやの壱子ちゃんにはこれをあげよう」

「だから寂しくなど……これは、香こうか?」

「そ、鈴ちゃんが渡し忘れていたからって、預かっておいたの。村長さんがわざわざ取り寄せてるらしいから、きっと良いお香こうなんじゃない?」

「そうか、では後で禮を言わねばな。それと隕鉄、手の空いたときで良いから私に香の焚たき方を教えてくれ」

聲をかけられた隕鉄は、驚いたように振り向いた。

「我われの聞き間違いかな? まるでお嬢ご自がやるような口ぶりだが……」

「む、間違いではない。私がやると言ったのだ」

「そんな、一どうしたんで?」

「いや、その……自分のの回りのことを人任せにし過ぎるのも良くないと思って……」

「我が思うに、一人で広間にほったらかしにされて寂しかったのでは?」

「違うと言うておろう! とりあえず、頼んだからな」

「分かり申した」

隕鉄は素直に頷くが、その場にいた壱子以外の全員が「やっぱり寂しかったんだな……」という想を抱いていた。

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