《わがまま娘はやんごとない!~年下の天才と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~》十一話「己をい立たせましょう」上
平間の言葉に、二人はうなずいた。
「よし聞こう、私は何をすれば良い?」
「はいはーい、アタシも手伝うよ」
快くそう言う壱子と沙和に、平間は一つ一つ考えを整理しながら、言葉を選んでいく。
「では、二人はあの熊の気を引いてください。その間に僕が準備を進めます。それと沙和さん、何か丈夫で長めの布はありますか」
「長い布? そんなの何に使うのさ」
「なるべく確実にこれを突き刺すために必要なんです。どうでしょう」
「ふむ……今はタスキくらいしか無いなあ、あんまり丈夫ではないけど」
「いえ、十分です。ありがとうございます、後で弁償しますね」
「いいってことよ……って、弁償!? それ、結構お気にりなんだけど……」
名殘惜しそうに言う沙和を目に、平間はタスキで適當な大きさのを作ると、その形を固定するようにきつく結んだ。
次は……と、平間は周囲を見回す。
「あった、アレだ」
そう呟くと、平間は自分の荷を降ろす。
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そして“兵”のカレヤギだけを持つと、それ以外の持ちを後ろへ放り投げた。
「平間、お主、一何をするつもりじゃ」
「端的に言えば、木登りだ」
「木登り……? しかし平間、ツキノワグマは木に登ることも多いと聞く。木の上に逃げるのは得策とは思えぬ」
「逃げるためじゃない。この兵とやらを使うためだよ」
「……? ああ、なるほど。単純じゃが、悪くない」
壱子は、し考え込んだだけで平間の考えを悟ったようだ。
こんな時でもさすがに頭が回る、と平間は心する。
「お褒めいただき栄だ。さあ壱子、合図をするまではなるべく刺激しないように、しずつ後退しながら僕の荷のところまであの熊を導してくれ」
「わかった。その後は?」
「僕が何とかする」
「ほ、本當にそれで良いのか?」
「ああ、任せてくれ」
いつになく不安げな面持ちで言う壱子に、平間は笑顔をり付けて答えた。
それを見ていた沙和が、半ば呆れながらいった。
「そこの二人、放っとくとすぐにイチャつくの、止めてくれる? 一応迫した狀況なんだけど」
「べ、別にイチャついてなどおらぬわ! それもこんな時に……まあ良い。沙和、もうしだけ下がるぞ」
「はいはい。まあ平間君が何とかしてくれるなら、多は大目に見てあげよう。頼んだぞ、平間くん」
おどける沙和に苦笑しながらうなずくと、平間は後退する足を速める。
しかし急ぎすぎてはいけない。
ここで逸はやって熊を刺激しては、元も子もないからだ。
平間はそのまま壱子らとしずつ離れながら、目印にしていた投げ捨てた荷の近くにたどり著くと、慎重に木のに隠れてから登りはじめた。
持っているのはカレヤギだけとはいえ、先端に取り付けられた鉄球のせいか、そのカレヤギがかなり重い。
半分ほど登ったところで疲労を訴え始めた肩の筋をい立たせ、平間は何とか丈夫そうな太い枝にたどり著いた。
そしてすぐに、姿勢を保ちつつ眼下の様子を確認する。
平間の立っている枝は地面から十尺(三メートル)としくらいで、これなら高さとしては十分だ。
真下には先ほど放り投げた平間の荷が見える。
幸い、熊は平間にあまり興味を示さなかったようで、壱子たちとの距離はあまり変わっていない。
その距離を保ったまま、ゆっくりと壱子たちが平間の下を通過していくのが見えた。
平間の考えは、彼の筋力の不足を重力で補おうというものだ。
壱子の言うとおり、単純な作戦だと平間自も思う。
しかし、単純さゆえの確度も高いと踏んでいた。
手順はこうだ。
このまま順調に進めば、熊は平間の登った木の元に置かれた荷に近付いて、それに興味を示し、足を止める(はずだ)。
その隙に平間が飛び降りれば、彼の重と重力による加速によって、手に持ったカレヤギを強い力で突き刺すことができる(はずだ)。
確実に重を乗せるために、平間は沙和に借りたタスキをカレヤギの一端にきつく結んで、そこに足を掛けることにしていた。
もちろん、確実に功する保証は無い。
無いが、なくともあの大型の獣に、無策にただ真っ直ぐ立ち向かうよりは數倍マシだ。
確認するように考えを反芻する平間の脳裏に、ふと小さな違和が浮かんだ。
「ていうか、このカレヤギって、ちゃんと効くんだよな……?」
思えば、そもそもこれは「ヌエビト用の兵」だったはずだ。
ならば、ヌエビトには効果があるかもしれないが、熊にもそうかは分からない。
そもそも、ヌエビト用の兵があるのはおかしい、ということに平間は気付いた。
一いち地方の噂で語られる程度の妖怪に効く兵を、どうしてわざわざ開発する必要があるのか。
仮にその必要があったとして、その効果の実証はされているのか?
「いや……実証されていたら、僕たちが今、ここにいる必要は無いよな……」
平間がそう呟いたように、彼らがこの森に來ているのは、他でもないヌエビトの正を解明することだ。
もしカレヤギの効果を検証できているなら、その対象であるヌエビトは既知の存在でだと言うことになる。
それならば、平間たちが勝未に來る必要なんて無い。
……矛盾している。
そう思ったら、平間にはいま手にしているカレヤギが途端に胡散臭いものに思えてきた。
同時に、平間の脳裏にニヤリと笑った隕鉄の姿が浮かぶ。この數日間で何度も見た顔だ。
……まさか、擔がれているんじゃないだろうな。
こんな命に関わるようなことで悪戯を仕込むような人だとは、思えないが……。
いや、今はそんなことを考えても仕方ない。
平間は急速かつ猛烈に湧いて出た疑念を、無理やり頭から追い出した。
熊が平間の直下に來るまで、三間(およそ五メートル半)ほど。
あとしだ。
自分が出來ることを、しなければならないことをする。
平間がそう意気込んだ、その時だった。
決め事どおりに熊と目を合わせたまま後ずさりを続けていた壱子が、地面から浮かび上がっていた木のに躓つまずいたのだ。
「ふぇ!? うわ、わわわっ!」
けない悲鳴を上げながら、壱子は足をもつれさせる。
足元には全く注意を向けていなかったことと、生來の運神経の悪さで、壱子はしたたかに餅をついた。
「ちょっと壱子ちゃん、大丈夫!?」
予想外の出來事に驚いた沙和が、慌てて壱子を起こそうとするが、中々上手くいかない。
様子がおかしい。
平間の心の中を、黒い雲のような嫌な予が覆っていく。
そしてその予を、狀況は裏切ってはくれなかった。
「壱子ちゃん、早く立たないと!」
「すまぬ沙和、そうしたいのは山々なのじゃが……」
「……もしかして」
「うむ、腰を抜かせたらしく、立てぬ」
平間は手で顔を覆った。
なんでこんな時に……と思ったその時、平間はハッとした。
倒れた壱子を起こそうとした沙和は今、熊に背を向けている。
熊は、背を向けて逃げるものを獲として認識して追いかける、という本能を持っている。
そしてそれは、他の食獣と比べても非常に強い。
平間たちがこれまでしていたように、人が熊から距離をとる際に目を合わせて下がるのは、熊が視線を恐れるからではない。
この本能を刺激して、襲われるのを防ぐためだ。
そして今の沙和の狀況は……。
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