《わがまま娘はやんごとない!~年下の天才と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~》十二話「死者の骸と戯れましょう」下
壱子がそんなことを言うのは、平間には意外だった。
森の中で食事をするというように今まで経験したことの無いことには、壱子は目を輝かせてやりたがったものなのに。
「私もそうしたいのじゃが……しかし、森の呪いの正がツツガムシだとすると、地面に腰を落としたままにするのは危険ではないか? いや、本當にここで食べたいのじゃが……」
「なるほど……ていうか、僕たち、ツツガムシの対策をしてなくない?」
「何を言うておる。お主ら二人には、皮の靴と裾の閉じられる袴はかまを履かせてあるじゃろ?」
そういえば、壱子が朝、平間たちが履いている袴と靴を「これを履け、絶対じゃ」とやけに強く推してきていた。
思えば、この二つは皇都で一緒に買ったものだった。ちなみに、沙和が履いているものは予備のものだ。
「この袴が何なの?」
「ツツガムシは地を這はうダニじゃ。袴や履はきものの隙間から侵されて刺されなければ、病には罹かからぬ。それと、この時期ツツガムシはそんなに活しないのじゃ」
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「ああ、朝のはそういうことだったのか」
平間は素直に心した。普段は抜けているし噓も下手だが、こういうことについては本當に隙がない。
「壱子ちゃん、私のために……!」
沙和は嘆の聲を上げて目を潤ませると、勢い良く壱子に抱きついた。
その弾みで、壱子は大きくよろけて沙和にを預ける形になる。
「お、おい! 何をする!」
「ああもう、こんなに小さくて可いのに、ちゃんとみんなのことを考えてくれてるなんて……! 沙和ちゃんだよ!」
「小さいと言うな! 離せ、そんなところをるな、こら!」
壱子が何とか沙和の呪縛から抜け出すと、服を直しながら言った。
「まったく、し気を許せばこうじゃ……。私がお主らのことを考えるなど當たり前のことじゃろうに」
壱子はこう憎まれ口を叩いているが、沙和と初めて會ったときのように、本気で嫌がっているようには見えない。
やはりある程度は沙和に心を許しているということなのだろう。
そんな壱子の髪を、沙和がしかがんでで始めた。
壱子も黙ってなすがままになっているが、まんざらではないらしい。
「じゃあ壱子、弁當食べようか。森の外で」
「うむ、そうしよう。勝未村側の川原まで行けば安全じゃろう」
「よっしゃあ、ご飯だー!」
沙和が大きくこぶしを突き上げる。
それを見た壱子は呆れた聲で言う。
「ふん、食事のことばかりではしたない……」
その瞬間、壱子の腹が大きく鳴った。
平間は思わずニヤリと笑う。
「確かに、食べることばかり考えるのは良くないね、壱子」
平間がそう言うと、壱子は顔を真っ赤にしながら黙って腰の辺りを毆った。
地味に痛い。
これを見た沙和は、腹を抱えて大笑いする。
「い、壱子ちゃん……最高、最高に可い……いひひ」
「うるさい! もう知らん!」
「あっ、壱子ちゃんゴメンって~」
プンスカと森のり口へ歩いていく壱子の後を、沙和が笑いながら追っていく。
平間も苦笑しながらその後を追った。
この後、弁當を平らげたときには壱子の機嫌は綺麗に直っていた。
――
【皇紀五五年三月四日(同日)、夜】
平間、壱子、沙和の三人が、日が暮れる前に余裕を持って村の宿舎に戻ってしばらく。
だんだん空が赤くなってきたころに、なにやら大きな荷を背負った隕鉄いんてつが宿舎の戸を開いた。
それを、たまたま手の空いていた平間が出迎える。
「隕鉄さん、お帰りなさい」
「ただいま戻った。お嬢に頼まれたも……おや、お嬢は?」
「それが――」
言いよどんだ平間は、広間に視線を向ける。
「森を歩いたら疲れたみたいで、戻ってからすぐに寢ちゃったんですよ。もうすぐ起きると思います。さ、とりあえず上がって下さい」
平間に促され、隕鉄が玄関の隅に荷を置いた。
「そうだったか。しかしあの力の無いお嬢が、半日も森を歩き通したことだけでも大したものだ。平間殿も、お嬢の面倒を見るので疲れたのではないか?」
「その辺りは沙和さんがいてくれて助かりました。それに、壱子がいてくれて良かったことも多々ありましたよ」
「お嬢が聞いたら喜ぶだろうな。ところで、沙和殿は……」
「夕食の準備をしてくれています。僕はさっきまで薪まき割りを。ところで隕鉄さん、その荷は?」
「ああ、これはな――」
隕鉄は荷を解き、中のものを取り出した。
それは、木で出來た小さな檻だった。
「お嬢が用意しろと言ってきたものだ」
「これはなんです?」
「近くの市いちで手にれたネズミ捕りだ。これをなるべく多く買ってくるように言われてな、何に使うかは分からんが、まあ、ネズミを捕るのに使うのだろう」
「でしょうね……」
そりゃそうだ、と平間は苦笑する。
しかし、ネズミなんて捕まえて壱子はどうしようと言うのだろう。
飼うのか?
でも、壱子は前に「私はイヌ派だ」と言っていたし、そこらのネズミを飼って楽しむような種類の娘のようにもあまり思えない。
まさか、食べる……?
いやいやいや、それはなおさら無いだろう、さすがに。
……無いよな?
ただでさえ破天荒で何を言い出すか分からない壱子のことだ。
「平間、今日からお主の食事はネズミだけじゃ、ふはははは」
などと訳の分からないことを言い出さないとも言い切れない。
「まあ、壱子が起きたら聞いてみれば良いか」
そう獨りごちて、平間は隕鉄に壱子の面倒を頼んで薪割りに戻った。
一日が、平穏無事に終わろうとしていた。
――
「それ」は増える。敵を食らって己が養分とする。
「それ」は進む。ゆっくりと、しかし確実に中樞へと近づく。
「それ」は妨げられない。抵抗など、ささやかなものだ。
「それ」は殺す。確実に。例外は、無い。
――
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