《わがまま娘はやんごとない!~年下の天才と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~》二十一話「あやかしの闇を晴らしましょう」下
――狂犬きょうけんの病やまい。
その名の通り、主に犬が罹る病で、病犬に噛まれれば人にも伝染うつる。
初めは微熱が出る程度で、しかもすぐに収まる。
しかし次第に神経と脳が侵され、錯・譫妄せんもうを経て昏睡し、いずれ死に至る病だ。
この錯狀態を指して「狂くるう」の字が當てられた。
またこの「狂くるう」段階になった人は、特異的な癥狀を呈することで知られている。
それが恐水癥きょうすいしょう、あるいは恐風きょうふう癥と呼ばれるもので、読んで字のごとく「水や風を極端に恐れる」ことを言う。
なぜこのような癥狀が現れるのかと言うと、それは狂犬病の影響で、神経が極端に過敏になることによるという。
これにより、水がを通りすぎたり、風がに當たったりといった些細な刺激で耐えがたい痛みを伴うようになってしまう。
それゆえ、狂犬病に罹った者は痛みの源である水や風を恐れるのだが、その恐れは本能的なものであるらしい。
例えばそれは、患者が乾きに堪えかねて水を口に運ぼうとしても、自然と恐怖で手が震えてしまうほどだ。
しかしこの恐水癥きょうすいしょうも、狂犬病の一癥狀に過ぎない。
その本態は、中樞神経の麻痺であり、これは呼吸中樞も例外ではない。
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ゆえに、病が進行すると最終的には呼吸が止まる。
これはすなわち、死を意味する。
そしてこの狂犬病に治療法は無く、また自然に治癒することも無い。
ゆえに狂犬病は致死的であり、同時に不治の病である。
――
壱子は皿江を真っ直ぐに見つめる。
その視線が皿江の反応を見るためのものなのか、それとも彼の思いをぶつけるためなのか、平間には分からない。
しかし壱子は、何も言わずに皿江を視線を向けていた。
「何の証拠があって……と言ったら、野暮なのだろうな」
皿江が、踏みしめるようにゆっくりと、重々しく言った。
そしてすぐ、ふっ、と力が抜けたように微笑んだ。
表を変えず、壱子は答える。
「証拠ならいくつかある。まず、沙和のに現れた癥狀が狂犬病に酷似していたことじゃ。私たちが滝の奧にある窟で沙和を見つけたとき、沙和は口の方を見て異様に怯えていた。私たちも不思議に思っておったが、沙和がかなり衰弱していたこともあり、幻覚を見ているものだと考えていた。しかし、違ったのじゃ」
「壱子、だったら沙和さんは何に怯えていたんだ?」
「あの窟のり口には何も無かったわけではない」
「それって、つまり滝……いや、水か」
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「そう、沙和が恐れていたのは幻覚で見たヌエビトなどではなく、窟のり口を覆うようにして流れていた大量の水じゃ。
実際、沙和が失蹤する前の數日間は長雨が続いていて、滝も太くなっていた。
沙和が窟から出て戻ることができなかったのも、衰弱していたからではなく、恐らく滝に怯えていたからじゃろう」
壱子は言い終えると、試すような視線を皿江に向ける。
対する皿江は鼻を鳴らして、嘲るように言った。
「なるほど、一応の筋は通るな。しかし、その沙和という娘のには、傷が無かったのだろう? 狂犬病は犬などのに噛まれて罹かかる病だ。矛盾しているだろう」
「いや、矛盾はしていない。確かに沙和のに傷口は無かったが、それは村に來てから出來た『新しい』傷口の話じゃ」
壱子はくるりと平間の方を向き、見上げる。
「平間、覚えておるか。私たちが村に來てすぐこの屋敷を訪れたとき、皿江このおとこが何をしたのか」
「と言っても、村についての話をしていただけだと思うけど……」
「それだけか?」
「待てよ、確か村に來た時に、沙和さんの首には切り傷があった。それで皿江さんが塗り薬を渡していたような。でも、それが何?」
「それこそが、沙和が狂犬病にかかった原因じゃ」
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「……え?」
平間は眉をひそめ、思わず間の抜けた聲を上げた。
しかし壱子は気に留めず、淡々と口を開く。
「平間、狂犬病について知っていることはあるか?」
「そうだね、犬に噛まれたら病気になって……死んでしまう病気? ごめん、それ以外は分からないや」
「いや、その認識で十分じゃ。狂犬病について知っておくべき事柄は四つ。すなわち
一つ、何らかの原因で「何か」がにり込むことで起こる
二つ、週ないし月単位で無癥狀の時期が続く
三つ、癥狀が出始めると、最終的に呼吸が止まって死ぬ
四つ、治療法は無い」
指を折って言う壱子に、平間は浮かんできた疑問をぶつける。
「ごめん、一つ目の『何か』って何?」
「それは分からぬ」
「分からないって……」
「まだ解明されておらぬのじゃ。それが水か、小さな生きか、あるいは瘴気しょうきの類なのか、この世界では恐らく誰も知らぬ。そういう意味では、呪いと言っても良いじゃろうな」
「ふーん、壱子も知らないことがあるんだね」
「それを教えてくれたのは……まあ良い」
何かを言いかけて、壱子は言葉を切った。
そしてうつむき加減に何やら思考を巡らせて、顔を上げる。
「さて平間、お主は『狂犬病は噛まれることで罹る』と言ったが、それは十分な表現ではない」
「どういうこと?」
「噛まれる以外にも狂犬病に罹る経路があるということじゃ。例えば、病犬に目や傷口などを舐められることでも伝染うつることがある。おそらく、『唾がにること』が伝染の條件なのじゃろう」
「犬に噛まれていなくても危険、ってことか」
「そうじゃな。さて――」
壱子は皿江に手をばす。
「あの膏、どこにある? 後ろめたいことが無いのなら出せるはずじゃ」
そういう壱子の眼には、彼の激しいが靜かに燃えていた。
が、彼の言に平間は理解が追いつかない。
「壱子、膏が何なんだ? それが沙和さんに何の関係がある?」
「私の考えが正しければ、私たちがここに來た日、皿江このおとこが沙和に渡した膏には、狂犬病に罹った犬の唾が含まれていた。それを傷口に塗ること、病犬の唾を塗ることに等しい」
「ということは……」
「そう、皿江は人為的に、そしてかに沙和を狂犬病に罹患りかんさせ、死に至らしめた。どうじゃ、違うか?」
壱子のまっすぐな視線をけながら、皿江はしかし、表を変えなかった。
そして靜かに目を閉じる。
間。
皿江の顔に無數に刻まれた皺しわの中に瞼まぶたの線が溶け込んで見えるようになった頃、皿江は靜かに目を開いた。
「……短過ぎるだろう」
「何?」
「発癥までが短すぎる。その推理によれば、膏を塗ったのが十四日前、そして娘が死んだのが昨日ということになる。この間、わずか十三日。しかし狂犬病は噛まれてから発癥までだいたい一ヶ月ほどかかるのが普通だ。中には數年を要した例もある。それを考えれば、十三日という期間はあまりに短い」
皿江は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
しかし一瞬でそれが虛勢だと見抜いたのか、壱子は平然として言う。
「なんじゃ、そんなことか。とんだ子供騙しじゃな」
「言ってくれる。どこが子供騙しだと?」
「分かっておるくせに白々しい。もともと病というものは不確実で、様々な要因に左右されうる。事実、醫事方いじかたの記録には二週間足らずで発癥した者の記録もあるじゃろう」
「……どこでそれを?」
「膏の在処ありかと引き換えになら教えるが?」
皿江の問いかけに、壱子は挑発的な臺詞で答えた。
おそらく皿江も、すでに壱子が平間の代理などではなく、全く油斷できない一人の人間だと捉えているのだろう。
その証拠に、深い皺の刻まれた皿江の顔からは、先ほどまで見られた余裕のが消え失せている。
「大したものだ」
短く言うと、皿江は苦笑した。そして、
「あの膏はもう無い」
「ならば……!」
「お嬢さん、貴方の言う通りだ」
「……ッ!! どうして沙和を――」
「その問いかけに答えるより、こちらの質問が先だ。いつから疑っていた? いきなり狂犬病にたどり著くものでもあるまい」
立ち上がりかけた壱子を制して、皿江が言う。
壱子はチラリと平間の方を見たが、彼がうなずくと渋々腰を下ろす。
「きっかけは、村の広間に曬された犬の首じゃ」
「……ほう?」
「二年前、村の子供たちが森に近づいたことで、野犬の首が広場に曬された。続いて、私たちが森にった後も同様の出來事があった。広場は村の中心にあるのにろくな目撃者がいなかったことや、ヌエビトの像が巨大であることを踏まえれば、その犯人は自ずと見えてくる」
「では、その犯人は?」
「村人全員じゃ。ま、二年前の時は子供らが怯えていたというし、正確には『村の大人全員』といったところかな」
「ふっ、見事だ」
皿江はなぜか、満足げにうなずく。
しかし壱子はそっけなく息を吐いてから、
「しかし、問題なのはそこではない。私が言いたいのは、『なぜ大飢饉があった二年前に野犬がいたのか』と言うことじゃ」
「……ああ、そういうことか。なるほど、これは盲點だった」
何かに納得したかのように、皿江は目を見開いた。
「えーっと、壱子、どういうこと?」
三人の中で唯一話に付いて行けていない平間は、小聲で壱子に尋ねる。
すると壱子は平間の方へ向き直って、
「平間、ここ數年で皇國は幾度いくたびか飢饉ききんに襲われておったな」
「そうだね、確か二年前と五年前に旱魃かんばつが起きている」
「では、その旱魃についてお主が知っていることを言ってみよ」
「えっと、確か五年前の大旱魃では、國庫やそれぞれの町にあった蓄えのおかげで、あまり犠牲者は出なかった。でも二年前は違う。その間も不作が続いていたこともあって、國中で食糧が慢的に足りていなかったんだ。そんな中での大飢饉だ、食べなら雑草まで食べ盡くされたけど、それでも大量の死者を出した。被害が無かったのは沿岸部と一部の……金持ちだけだ」
平間は、壱子のことを意識して言いよどむ。
二度の飢饉の折も屋敷で過ごしていた壱子は、おそらくほとんど食糧危機の実がなかったはずだ。
そして彼の格を考慮すれば、自分だけ苦難から免れたことを後ろめたく思っていると平間は考えたのだ。
しかし壱子は平然と、むしろ上機嫌に言う。
「その通りじゃ平間。もう一度言ってみよ」
「え? えっと、沿岸部と一部の……」
「違う、もっと前じゃ」
「なら、『食べなら雑草まで食べ盡くされたけど』――?」
「それじゃ! 食べなら雑草まで食べ盡くされたのじゃ。無論、植だけでなくも食われたはずじゃ。兎うさぎや鹿、豬いのしし……そして野犬。平間、この辺りで野犬の目撃報は?」
「最近は報告されていない。二年前から」
それを聞いた壱子は、満足げに微笑む。
壱子その表に、平間は言いようのない恐ろしさをじた。
「と、言うわけじゃ。人の力は凄まじいのう、一地域の生きを數年で絶滅させてしまうのじゃから。では平間――」
壱子はジッと平間を見つめて、形の良いをかした。
「曬された首の持ち主は、一どこから來た犬じゃ?」
その言葉に平間はハッとする。
「つまり、この辺りでは居なくなったはずの野犬の死がこの村にあることが不自然だってことか」
「そうじゃ。二年前に曬された首と、私たちが見た首は、ともに犬のものであった。しかし野犬ではない。この首の持ち主は……」
「まさか、村人の飼い犬ってこと?」
「うむ、消去法でそうなるじゃろう」
壱子はうなずくが、平間の頭にふと疑問が浮かぶ。
「でも、村の子供たちは誰かの飼い犬が消えたら分かるよね? でも、例えば鈴ちゃんは『誰かの飼い犬がいなくなった』という趣旨のことは言っていない」
「鋭いのう。その通りじゃ。では村で曬された首は、野犬ではなく、かつ誰かの飼い犬でもないとしたら?」
「……そんなことありえる? 野犬でなかったら飼い犬だろうし、誰かに飼われていないのなら、それは野犬ってことだ」
「ところがそうではない。平間、冷靜に考えてみよ。皿江の前歴はなんじゃ?」
平間は考えを巡らせる。
たしか壱子は、かつて皿江は皇都で狂犬病の研究をしていたと言っていた。
待てよ、研究ってどうやるんだ?
というか、研究って何を調べるんだ?
狂犬病に罹かかる條件や、罹った時の癥狀だろうか。
それって、どうやって調べ――。
「まさか、曬された首の持ち主は、研究のために人知れず飼われただった?」
平間の聲に、壱子は大きくうなずいた。
「そうなるな。つまり皿江殿、あなたは皇都の薬學院を辭した後も、この村でまだ狂犬病の研究を続けている」
「でも壱子、そんなことは可能なの? もっと大規模な施設が必要なんじゃ……?」
「それはすぐに分かる。では皿江殿、案していただこう。この屋敷の“離れ”にな」
壱子がそう言うと、皿江の眉がかすかにく。
そして無言で立ち上がると、平間たちを廊下へ促した。
立ち上がる壱子は、平間だけに聞こえる大きさでぽつりと呟く。
「気を引き締めよ、ここからが本番じゃ」
それが平間に向けられたものなのか、あるいは壱子自に向けたものなのか、平間には判斷できなかった。
――
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