《わがまま娘はやんごとない!~年下の天才と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~》二十二話「己が正義と戦いましょう」中
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その檻は六尺(一八〇センチメートル)四方ほどで、大柄な人でなければすっぽりることができそうだ。
格子を構する鉄棒は、犬がっていた檻のそれよりも太く、頑丈そうに見える
平間はぐるりと地下室を丸ごと使った研究室の中を見回した。
研究室は恐らく一つの部屋からっていて、その形は縦四間(およそ七メートル)、橫二間(およそ三メートル半)ほどと、平間の家と同じくらいだ。
決して広くはないが、これほどの地下室を作るのにどれだけ労力がかかるか、平間には想像がつかなかった。
長辺の壁沿いには二種類の大きさの檻が隙間なく積まれていて、大きい檻には犬が、小さい檻には兎がっている。
空いているものもあったが、おおむね半分以上は「中」があった。
壱子は確認するように皿江へ目を向けて、彼の背後に威圧を伴って置かれた、一際大きな檻を指す。
「お主の後ろにある檻は、人がっていたものじゃな? よもやヌエビト用というわけではあるまい」
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「ああ。この國には人と同じ大きさの獣などいないだろう?」
「……どうかな。ではお主は、ここで『人を用いて実験していたこと』を認めると?」
壱子の問いかけに、皿江は大きく、そして躊躇いもなく頷いた。
その行為は、平間の覚からは全く理解不能だった。
自らの悪事を認めるときに、そんなに堂々とした素振りを取れるものなのか。
目の前にいる皿江が、虛勢を張っているようにも見えない
壱子は不機嫌そうに眉をひそめて、再び口を開く。
「では、私たちが森で見つけた大量の人骨は――」
「尊とうとい犠牲だよ。自らのを差し出し、ここで死んだ。そして彼らの生きた証は、上の書庫に収められている」
「……その者らは、近頃皇都で行方不明になるという囚人たちか?」
「ほう、耳聡みみざといな。そうだ」
皿江は嬉しくて堪らないとばかりに顔を綻ほころばせる。
その仕草はやはり、悪事を自供する者には見えなかった。
いうなれば、そう、遊び相手を見つけた子供だ。
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そんな皿江とは対照的に、壱子は眉一つかそうとしない。
「ならば、沙和を殺した理由はなんじゃ」
「當ててみろ。考えはあるのだろう?」
「貴様ッ、よくも、よくもそんなことを!!」
び、凄まじい形相で、壱子は駆け出そうとする。
そのを、平間は寸でのところで引き留めた。
華奢な肢からは想像できないような力。
平間の腕に伝わるそれが、彼のの激しさを痛ましいほどに表わしていた。
「平間、離せ! あやつは生かしておいて良い人間ではない!!」
「駄目だ!」
「なぜじゃ!? なぜお主が奴を庇かばう!?」
「壱子まで正義を捨てる必要は無い! あの人はこの國が裁く。だから――」
「だから、何もするなと言うのか?」
壱子は振り返り、睨むような鋭い視線を平間に向ける。
その両眼には大粒の涙が、地下室のかすかなを反して輝いていた。
激する壱子の想いにを刺されながら、しかし平間は首を振る。
「違うよ、それは」
「では私に何が――」
「壱子はここで何があったのか、明らかにすることができるんだろ? 話してくれ。そうすれば然るべき罰が與えられる」
「……」
「頼む、壱子。君が手を汚すのは間違っている。君なら解わかるはずだ」
「……そうじゃな」
壱子はかすれた聲で言うと、目元に袖をやった。
そして自らのを抑えていた平間の腕を解き、たたずまいを直して真っ直ぐに立つ。
「平間、すまなかった。やはり私はいな」
「僕に言わせれば、歳相応の二段階くらい上を言っていると思うけどね」
「……ありがとう。さて、と」
いつもと同じようにやわらかく微笑んで、壱子は再び皿江の方へ向き直った。
平間の手を握るその力は、先ほどにも増して強い。
「皿江殿、取りして済まなかった。謎解きの時間といこう」
「さてさて、年端も行かぬ子おなごに何ができるかな」
「今に分かるじゃろう」
おどけて言う皿江に抑揚の無い聲で返して、壱子は続ける。
「沙和がなぜ殺されたのか。その謎を解く鍵は、『ヌエビトの存在意義』じゃ。そもそも今回、私たちがこの村に來るきっかけとなったのは、皿江殿、お主の要請であったのじゃろう?」
「ああ、そうだな」
「となれば、『ヌエビトを作り出した』のも『平間をこの村に呼んだ』のも、どちらも皿江殿一人ということになる。このことを踏まえると、私たちをこの村に招きれた意味と、ヌエビトを作り出した意味は繋がりを持つことが分かるのじゃ。これがどういうことか分かるか、平間」
「ええっと、ヌエビトは何かを守るために作られた存在なんだよね?」
「うむ」
「ということは、皿江……さんが僕たちをこの村に來させたのも、その『何か』を守るため?」
平間の言葉に、壱子は大きくうなずく。
「その通りじゃ。しかしより正確に言えば、『何かを守るためのヌエビトを守るため』に私たちは勝未村ここに來ることになったのじゃ」
「……どういう意味?」
「皿江あやつは、綻びかけていたヌエビトの伝説を再構しようとしたのじゃ。沙和は私たちと初めて會ったとき、ヌエビトについて何と言っていたか覚えておるか?」
「確か、お寶がどうとか……」
「そう。おそらく最初に流されたヌエビトの噂は『勝未の森には恐ろしい怪が出るから近付くな』といったものだったはずじゃ。しかし噂には尾鰭おひれが付く。口から口に伝わるにつれ、噂にはいつしか『寶がある』という報が付加された。するとどうなる?」
「そうなったら……沙和さんのように、寶を求める人がやってくる」
そしてその場合、噂は逆効果になる。
本來の噂の役目は「人を森に近づけないこと」だった。
しかし寶の存在がちらつくと、一転して人が森に集まってしまう。
ただでさえ勝未の森は、周囲から隔絶された森だ。
そこにヌエビトという怪や、その呪いの話が加われば、確かに寶の一つもありそうに思えてくるだろう。
実際、沙和だってそれを目指して勝未村にやってきたのだ。
皿江の表を観察しながら、壱子は頷いた。
「すなわち、ヌエビトの噂は既に、本來の役割を果たせないようになっていたのじゃ。しかし、改めてヌエビトの噂を新しく用意するのは骨が折れる。最初に噂が生まれるきっかけとなった『恙蟲ツツガムシ病による村人の大量死』も恐らく偶然に起こった悲劇であって、再び起こすことなど出來ぬ。犬の首を曬しても良いが、話としては弱い」
「だから、新しく作るんじゃなくて、『補強する』ことにした?」
「そうじゃ。補強の手順は三段階ある。まず、噂を広める者を用意するが、それは……平間、お主じゃ」
壱子が橫目で平間に視線を送ると、平間は思わず唾を呑んだ。
「次に、広げる噂のタネを用意する。これはすなわち、私たちの目の前に犬の首を置いたり、森に立つヌエビトの姿を見せつけたり……実際に人が死ぬのを見せることじゃ」
「それって……」
「ああ、沙和が死んだのはこの為じゃ。下らぬ。実に下らぬ理由じゃ」
壱子は目の涙の粒を大きくして俯き、歯噛みする。
そして大きく息を吸って、吐いた。
「三段階目は、平間、お主が沙和の死やここで起きた奇妙な出來事に怯え、この村を去ることじゃ。これで新たな噂が徐々に広まり、ヌエビトの伝説は蘇る」
「まさか、そんなことで……そんなことで人が人を殺すのか?」
「殺すのだ、平間殿」
おもむろに口を開いた皿江に、平間は向き直る。
皿江の表はやはり憎らしいほどに堂々としていて、彼のしたことに怒りを覚えている平間自が間違っているような覚に陥ってしまうほどだ。
「何のために、そこまでするんですか」
「決まっている。自分の正義信條のためだ」
「そんな正義、あってはならない!」
平間の口から突いて出た言葉を、皿江は鼻で笑った。
「『あってはならないこと』と『ある』ことは違うのだ」
「……どういう意味ですか」
「いずれ分かる。ところで平間殿、私をどうする気だ」
「決まっています。貴方を拘束し、皇都に連れて行く。そこで裁きをけてもらいます」
「いかな裁きだ?」
「ッ、分かり切ったことを!」
「待て、平間」
「壱子……?」
平間は自分を遮った壱子を訝しげに見るが、壱子は振り返って「任せよ」とばかりに頷く。
こうなると、平間は何も言うことが無い。
壱子はさらに一歩前に出ると、抑揚の無い聲で皿江に問うた。
「皿江殿、貴方がこの村に來た理由は、必ずしも村人に乞われたからだけではあるまい。私が調べたところ、お主が皇都を去る直前にある事件が起きておる。その事件とヌエビトとの間に、なからぬ関連があるのではと考えておるのじゃが、違うか」
「……何の話だ? 心當たりが無いが」
「白を切るのは無理があると思うぞ。薬學院始まって以來の大慘事じゃ、忘れたはずがあるまい」
「そこまで知っているとは……何者だ?」
「決まっておる、ただの可い町娘じゃ」
「……なるほどな」
何かに得心したのか、皿江は黙って考え込み始める。
そんな皿江に、壱子は先ほどの軽口はどこへやら、真剣そのものの表で微だにせず返事を待つ。
やがて、ぽつりぽつりと皿江が口を開く。
「お嬢さん、名前は何と言ったかな」
「壱子じゃ。故あって姓は明かせぬ」
「構わぬ。では壱子さん、この國は不公平だと思わないか」
「思う。生まれつき富んだ者がいれば、貧しい者がいる。力が強いものがいれば、弱い者もいる。貴族と庶民、賢い者と愚かな者、しい者と醜い者、男と。誰一人として対等な者はおらぬ。しかしそれは今に始まったことではあるまい」
「そうだな。しかし、なぜこんな違いが生まれるか、考えたことは無いか?」
「あいにく、考えても仕方のないことは考えぬようにしておる」
壱子のそっけない返事に、皿江は失のを隠さずに、悲しげに目を伏せる。
まるで期待外れだというかのように。
その表から、平間はふと、先ほど地下室に降りる前に壱子が呟いた言葉を思い出した。
――『私と皿江あやつは似ておる』
恐らくその覚は、皿江もじ取っていたのかもしれない。
「壱子さん、あなたは幸せだな」
「……幸いにして、食うに困ったことは無い」
「そういう意味ではない。答えの出ぬ問いの答えを、求め続けなくて良いからだ」
「答えの出ぬ問いとは、『なぜ人は対等でないのか』ということか?」
「そうだ。何もこれは生まれだけの話ではない。同じ境遇に生まれても、何かをなして天壽を全うする者がいる一方、本當につまらないことで夭逝する者もいる」
そう言って、皿江はその皺だらけの目から、一粒の涙を落とした。
間をおかずに次の一粒が落ち、次第にとめどない流れとなった。
「私には、妻と娘がいたのだ」
あふれ出る涙を抑えようともせず、乾いた聲で言う皿江は、もはや一人の年老いた痩の男に過ぎなかった。
「今から二十四年前。妻と娘とともに皇都にいた私は、薬學院で狂犬病の研究をしていた」
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