《不用なし方》第16話

自宅療養期間を経て大學へと復帰した亜は、授業の遅れを取り戻すために擔當講師たちの許へと足を運び、キャンパスを行ったり來たりする忙しい日々を送っていた。

が事なのでレポート提出で済む講義もあり、図書館で何時間も過ごすのが當たり前になりつつある。曖昧な記憶は相変わらずだけれど、大學生活には支障もなく、しずつその環境にも慣れてきた。

季節が変わり、レポート提出も終えて、穏やかな日々が訪れた途端になにか大切なことを忘れているのではないかという不安が押し寄せてきた。何故なのかは分からない。

「今日はもう終わり?」

帰る準備をしている亜に佳山が聲を掛けてきた。

「うん」

「じゃあ、ラウンジでお茶でもどう?」

佳山は以前亜に告白をしたと花から聞いている。視線や會話からそういったがあるのも、なんとなくじていた。

しかし、佳山は決して二人で出掛けようとってきたりはしない。出掛けようと言うときは必ず花もうのだ。二人でいく場所といえばラウンジしかない。

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佳山はいい人だと亜は思う。しかし、特別なは抱かない。もし、二人で出掛けようとわれても申し訳ないけれど斷るだろう。もしかしたら、以前二人で出掛けようといういを斷ったことがあって花もうようになったのだろうか?

そんなことを考えながら二人でラウンジへと向かう。

飲みを買って空いている席に腰を下ろしたとき、バッグの中で攜帯が小さく震えた。

「あ」

攜帯を取り出して作すると花からメッセージが屆いている。

岸さん?」

「うん。講義終わったら行くからラウンジにいてって」

スタンプひとつで返事をして、亜は飲みに手をばした。

新しく買ってもらった攜帯に登録されているのは數人。以前の攜帯のデータは當然ながらそこにっていない。

以前の攜帯の中に欠けた記憶のピースがあるような気がしてならないけれど、攜帯の番號も変えられてしまったので、繋がっていたはずの人たちから連絡がくることもない。

両親が……母が意図的になにかを隠そうとしていることには気付いている。どうしてなのか知りたいけれど、以前の攜帯が母の手元にあるという確証はない。もしかしたら処分されてしまったかもしれないのだ。

稚園から高校までの卒業アルバムがすべて隠されていることにも理由があるのだろう。しかし『見たい』と言っても、どこに仕舞ったのか覚えていないので今度探しておく、と軽くかわされて終わりだ。何度同じやり取りをしたのか、もう覚えていない。結局、母に見せる意思がないのだから何度言っても無駄だと諦めるしかなかった。

佳山は大學にってからの友人なので、亜の知りたいことに答えられるとは思えない。

どうにかならないかと考えていると、賑やかな集団がラウンジにやってきた。大きな聲で話しながら亜の背後を通過していく。

ただ後ろを通り過ぎただけなのに、亜は驚くほどに張して強張っていた。

「栗林さん?」

「あ……なんでも、ない」

どうしてこんなに張しているのだろう?

「……記憶って、なくなるものじゃないよね」

佳山が小さく呟いた。

「今思い出せない記憶は……やっぱり栗林さんの中に殘ってるんだと思う。その反応、以前と同じだ」

「え?」

「前も、賑やかな集団が近付いてくると壁際に逃げてた。苦手だったのかもね」

賑やかな集団が苦手……? ……まぁ、煩いのは好きではないけれど……。

 佳山はそれ以上話す気がないようで飲みを口に運んでいる。亜の心のモヤモヤがまた膨らんだような気がした。

暫くして花が合流し、三人で出掛ける相談をしていると、講義が終わったらしく學生の波が押し寄せてきた。特に気にしていなかったけれど、ひとつの集団が亜の背後を通過したとき……花と佳山の表が微かに強張った。

「……?」

不思議に思っていると、ふと覚えのあるような香りがして亜は周囲を見渡した。

その様子に花と佳山が顔を見合わせる。

「亜?」

「栗林さん、どうかした?」

探るように二人が亜を呼ぶ。意識をこちらに向けるためだ。

「……懐かしい香りがした気がしたの」

言葉で表現するのは難しく、どうしてそうじたのかも分からない。けれど、がざわつく。

「あ、いたいた!」

「優希!」

の聲に亜が大きく音を立てた。

「……え?」

自分のを押さえて困する亜を見て花が立ち上がる。

「亜、そろそろ帰らないとおばさまが心配するよ? 事故以降、超過保護じゃん」

「あ……うん」

の母は事故の後から過剰なほど亜の行を気に掛け、大學での出來事を聞きたがるようになった。

立ち上がった亜の背に手を添えた佳山がエスコートするようにしてラウンジを後にする。

その様子を睨むように見つめている人がいたことに気付いてはいなかった。

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