《不用なし方》第19話

優希は現在使われていない舊校舎の裏で足を止めた。

「で? なんの用?」

ようやく口を開いて振り返った優希の表は先程までのふざけたものとはまったく違っていた。表が抜け落ちてしまったように無表だ。さらに、よく見ればあまり眠れていないのか目の下に隈ができている。

コイツの心配をするつもりはないけれど、手短に用を済ませたほうが良さそうだ。

花はバッグの中のものを摑んで優希のに押し付けた。

「この理由を知ってるのは、あんたしかいない。……違う?」

に押し付けられたものを見下ろして優希が小さく息を呑む。

「なんで……お前が……?」

「病院で処方してもらってる理由が分からないって相談されたの。理由が分からないってことは、あんた絡みってことだよね?」

には優希に関する関する記憶がない。理由が分からないという以上、この男が関係しているのは間違いないと花は思ったのである。

「あんた達がそういう関係なのは薄々付いてた。でも、こんなことまでさせてるとは思わなかった」

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花の瞳には軽蔑のが見える。

「……お前には、関係ない」

「亜が苦しんでるのに、関係ないわけないでしょ!」

「記憶ないんだから、ストレスで生理痛が酷かったとか言って誤魔化しとけよ。今のアイツに俺も用はないし」

花は右手を大きく振り上げて優希の頬に叩き付けた。乾いた音が大きく響く。

「っ……!」

「心にもないこと言ってんじゃないよ。あの子が撥ねられて病院に運ばれたとき、自分がどんな顔してたと思ってんの? どうでもいいヤツ相手にあんな顔するわけない」

目を見開く優希を真っ直ぐに見據えて、花は更に言葉を続ける。

病院の屋上でかに意識が戻ることを願っていたこと、病室から出てきた看護師を捕まえて亜の狀態を毎日訊いていたこと、病室の前に置いてあったと言わせて毎日小さな花束を看護師に預けていたこと……。

どうでもいい人間相手にそんな面倒なことをするはずがない。

の母に會いにこないでほしいと言われてからも優希が病院に足を運んでいたことを花は知っていた。病室の窓から帰っていく優希の姿を何度も見ていたからだ。

病院の屋上で祈っていたことや花束のことは仲良くなった看護師から聞いた。さらに亜が退院してからも、看護師に彼の様子を教えてもらうために足しげく通っていたことも追加報として得ている。

優希は彼の母に屋上で手を合わせている姿を見られたことがある。けれど、花にまで知られているとは思っていなかった。

「亜は……」

優希が小さな聲を発したとき、花のバッグの中で攜帯電話が鳴り出して會話が止まった。

「ちょっとタイム」

花はバッグから取り出した攜帯電話を作して耳に當てる。

「もしもし?」

攜帯電話を耳に當てた瞬間、いつもと様子が違うことに気付く。電話越しに佳山の荒い息遣いが聞こえてくる。

岸さん、栗林さん一緒じゃないよね?』

慌てたような聲は優希の耳にも屆いた。

「どうしたの?」

『所用で席を外してる間にいなくなったんだ。すぐに戻るって言ったんだけど、ラウンジにもいない。心當たりはない?』

花の視線が優希へと向けられる。目の前の男なら、なにか知っているのではないかと思ったのだ。

優希は無言で花に背を向けると勢いよく走り出した。恐らく心當たりがあるのだろう。

「松澤が探しにいった。私もアイツを追い掛けるから。そっちも見つけたら連絡して」

花はそれだけ言うと一方的に通話を切って優希の走り去った方へと駆け出した。

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