《不用なし方》第20話
優希は全速力で自分たちがいた建の裏側へと向かう。校舎裏の狹い歩道は両サイドに白橿しらかしが植えられていて、圧迫を與えられる気がするのか、あまり人が歩きたがらない。そこをし奧に行けば大きな桜の木があり、その周辺には金木犀が植えられている。近付くにつれて獨特の香りが漂ってきた。
この香りが好きではない優希は顔を歪ませながら口の目印のように立つ紅葉の木まで辿り著くと、足を止めて木々の側を覗き込んだ。
そこには小さな芝生の空間がある。學直後に亜が見つけたお気にりの場所だ。冬が近付き、芝生は既に枯れ草の狀態になっているけれど、また春になれば緑の絨毯を敷き詰めるだろう。
この場所は人目につかないのでリラックスできる反面、なにかあったときに助けを呼べないというデメリットがあるため、優希はここで寛ぐなと注意した記憶がある。 しかし、今の亜には優希に関する記憶がない。つまりは注意されたことを覚えていないのだ。
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優希の視界の隅にの足が見えた。他に人の気配がしないので一人なのだろう。
優希は足音を立てないように近付いて、姿がしっかり見えるところまでくると安心して大きく息を吐き出した。
 考え事をしているうちに眠くなってしまったのか、亜は貓のようにを丸めて眠っている。
眠る彼の傍に片膝を突き、気持ち良さそうに眠る彼の髪を梳くけれど起きる気配はない。久しぶりのにがチクリと痛んだ。
きっと今までの優希であれば、怒鳴りつけて起こして説教したい気持ちになっただろう。
しかし、今は……もうしだけ眠っている彼の傍にいたい。
「ま……」
ようやく追い付いた花が口を開きかけたとき、優希が人差し指をそっと口許に添えた。彼の傍には無防備に眠る亜の姿がある。
 優希は紅葉の木を指差して、そこからってくるようにとジェスチャーを送る。大きめ聲を出せば亜が起きてしまうかもしれないからだ。
「はぁ……ったく」
呆れた小聲と共に溜め息をらしながら花は亜の許へと近付いてきた。
「この寒さの中でよく寢られるよな」
「ま、亜らしいと言えば亜らしいけどね」
花の言葉に苦笑すると、優希は首に巻いていたストールを外して広げ、寒そうに見える亜にそっと被せた。
「俺が見えなくなってから起こせよ。で、この馬鹿に危険だからもうくるなって言っとけ」
任せたとばかりに手をヒラヒラと振って優希が背を向ける。
「松澤……」
「ソイツの親に俺を近付けるなって言われてんだろ」
 花はハッとして顔を上げた。
「あんた……」
「それくらい分かるだろ、普通」
去っていく優希の後ろ姿を、花は複雑な気持ちで見送った。
 花は亜の母に、優希の話をしないでほしいと言われたとき、同時に接させないでほしいとも言われていたのだ。
「不用なヤツ……」
先程までの怒りが噓のように引いていく。視線を落とせば優希の殘したストールが目に留まる。
「こんなもんまで殘しやがって……」
花はポケットから攜帯を取り出すと、自分のいる場所を佳山に知らせてから大きく息を吸い込んだ。
「起きろー!!」
傍の木で羽を休めていた鳥たちがその聲に驚いて一斉に飛び立つ。
「きゃあっ!」
亜もまた、鳥同様に聲に驚いて飛び起きた。を起こした瞬間に首に乗せられていたストールが膝へと落ちる。
「なんでこんなとこで寢てんの?! すっごく捜したんだからね!」
「ごめ……」
「ったく、こんな人気のないところで倒れてるから襲われたのかと思ったじゃない!」
「廊下からここが見えて、なんとなく靜かで落ち著きそうだなって思って、つい……」
「つい……じゃないでしょうが!」
シュンとした亜が視線を落とすと自分の膝の上にあるストールの存在に気付いた。
「これ、花ちゃんの?」
「違うわよ。あんたのじゃないの?」
「……違う」
やろうと思えば亜を起こす前にストールを隠すくらいのことはできた。しかし、花は敢えてそれをしなかった。
優希の、亜が消えたと聞いた瞬間の表や、眠る亜を見下ろしている切なげな顔、去り際の言葉が花の心を揺さぶっていた。
不思議そうにストールを見つめていた亜は、そっと頬りするようにストールを顔に近付けた。
「……この香り、知ってる気がする」
忘れているとはいえ、やはり亜どこかで優希を覚えているのだ。
「なに犬みたいにクンクン匂い嗅いでるのよ」
「なんだか……懐かしいじがする」
眼を閉じてストールを抱きしめる亜を、花はなにも言えないもどかしさを抱えながら見下ろしていた。
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