《不用なし方》第23話
優希はその日から早速、怪我を言い訳にやめていた早朝と夕方のジョギングを始め、近所のジムにも通いだした。
優希は元々ストイックな人間である。一週間程度では然程変わらないと分かってはいても、やるからには真剣に取り組むという姿勢は、彼を知る人間からしたら意外でもなんでもない。
久々にをかした翌日には強烈な筋痛に襲われたけれど、運不足を痛しながらも自分で決めたメニューはきちんとこなした。
トレーニングをしている間はなにも考えずに済むというメリットもあった。
大學の連れたちと飲んで歌って騒いで夜を明かすこともしなくなった。彼らは優希がいを斷り、行を共にしなくなると、半數はあっという間に波のように去っていった。所詮はその程度の間柄である。
彼らの住んでいる場所も最寄り駅も、誰と誰が付き合っているのかも知らない。無料通信アプリだけの繋がりなので電話番號も知らない。
不眠癥気味だった優希が夜中に気分転換の外出をした際に出會い、ただ楽しい時間を共有するするだけ、という楽な付き合いが気にっていた。アレコレと詮索することもされることもなく付き合いやすいメンバーだった。
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「優希ぃ、最近付き合い悪いじゃん。かったるいことしてないで遊びに行こうよぉ」
ラウンジの出口を眺めながらコーヒーを飲む優希の背後から抱きついてきたのは遊び仲間の一人だ。スキンシップ過多ではあるけれどの関係はなく、暇なときに遊びに出掛けるメンバーの一人というだけで特別なはまったく抱いていない。
「ん? つき変わった? 抱きついたじがなんか違う」
腹筋や腕立て伏せ程度は事故以降も続けていたけれど、ジムに通うことで多が締まってきたのかもしれない。
「今、忙しいんだよ」
なにかに気付いた優希がに絡み付く手を解いて立ち上がる。見知った顔を見つけたのだ。
「おい」
荷を持ってその男へと近付いていく。聲を掛けられたとじた男が足を止めてゆっくりと振り返った。
「……誰かと思ったら、負け犬か」
「負け犬じゃねぇし」
優希の眼に闘志が宿っているのをじた男の口の端が小さく持ち上がる。
「なんの用だ?」
「見學させろ」
「マジで一週間後にきやがったな」
「そう言ったろ」
「……付いてこい」
二人の短い會話に周囲がざわめく。事までは知らなくても優希が以前陸上をしていたことを知っている人は意外と多い。
「松澤が走るのか?」
ラウンジは一気に賑やかになって、派手な集団が楽しそうに出ていくと、興味を惹かれた他の學生たちも次々と席を立つ。
二人の後を追って學生たちが出ていくと、ラウンジはどうしたのかと不安になるほどに閑散としていた。
會話もなく歩く二人の視線の先に見えてきたフィールドでは、既に數名の陸上部員がをしている。優希と男の姿を見つけるなり、きを止めて一列に並んだ。
「見學者だ」
「岡部さん……その人……」
陸上部員の一人が優希の姿に目を見開く。長く陸上をやっている人間ならば知っていてもおかしくない。顔は知らなかったとしても名前くらいは耳にしたことがあるだろう。
「松澤 優希だ」
陸上部員たちがその名に息を呑んだ。
「軽く參加するか?」
「……この服裝でもいいなら」
「ま、ユニフォームねぇし仕方ないだろ」
  許可の言葉をもらった優希は、荷をベンチに置くとストレッチを開始した。その姿に次々と部員たちもをかし始める。
練習に參加させてもらうとはいえ、誰かと勝負をするには一週間という準備期間は短すぎた。納得のいく仕上がりには程遠く、意味もなく一週間と口にしてしまった自分の口が憎らしい。
自分の狀況を正しく理解しているからこそ"勝負"という言葉は簡単に口にできなかった。
「誰かと勝負してみるか?」
「ブランク考えろよ。こっちは何年もマトモに走ってねぇんだぞ」
「じゃあ……こいつで」
「おい、話を……」
岡部と呼ばれた男が一人の部員の肩を叩く。
「え?!」
肩を叩かれた男子部員は戸いを隠せないでいる。
「部でちょうど平均的なタイムだ。文句ないだろ」
岡部は挑戦的な笑みを浮かべていた。
優希を試す気なのだ。おそらく勝負を避けようとしていたことも見抜いている。この勝負、ける以外の選択肢はなさそうだ。
「確かに、お前って言わないあたりに優しさをじるな」
「事実、俺は優しいからな」
「言ってろ、馬鹿」
言い合う二人の顔は笑顔だった。
軽くウォーミングアップをした後、部員と並んでコースに立つ。懐かしい覚に気分が高揚していくのが分かる。
「ずいぶんと余裕があるんだな」
「余裕なんてねぇよ。ただ……悪くない。懐かしい覚だ」
徐々に集まってきた野次馬と部員たちが見守る中、ピストルの合図と共に走り出す。無心で両手を振って足を前に運ぶ。思っていたよりもが軽い。走るのが楽しかった年時代に戻ったような気分でゴールを目指した。その顔には自然と笑みが浮かんだ。
張られていたゴールテープを切ってようやく速度を緩める。
「ふ……ははっ、やべぇ……はははっ」
気がれたのかと思うほど怪しげな笑い聲を発する優希に岡部が微笑む。
事故以來頑なに避けてきた陸上がこんなにも楽しいとは思わなかった。怪我をする前にはじたことのないかもしれない。
タイムなど関係なく、純粋に走ることが楽しい。
「久々に走ってどうだ?」
足を止め、上半を折って笑う優希に岡部が歩み寄った。
「今のタイムはまぐれとはいえ部で四番目、ブランクを考えてもまずまずだ」
「まだ全力じゃねぇよ、バーカ」
そう言ってを起こした優希は、瞳を楽しげに細めながら岡部に向かって中指を立てた。 
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