《不用なし方》第34話

「亜っ」

「あぁ、よかった。目が覚めて」

聲のする方に視線をやると、大沼と母の姿が見えて亜の表が一瞬だけ強張る。

「亜、倒れたって……」

頭痛はだいぶ治まっていて、軽い痛みと重いようなじだけが殘っている。

「そっか……倒れたんだ、私……」

「なにをして、どうなって倒れたの? 病院にいく?」

慌てた様子の母の聲に溜め息を吐きながら目を閉じる。

「……ベンチで休憩してたら、走っていくの子がいたの。……走るフォームが綺麗な人だなって思って見てたら、頭が痛くなってきて……」

馬鹿正直に、思い出そうとして頭痛に襲われた……なんて言うつもりはなかった。

岡部と大沼が視線をわして頷き合う。

「寒い中でめちゃくちゃ汗掻いてて、普通じゃないじだったんで聲を掛けたんです」

岡部が口を開くと、母が弾かれるように振り返った。今の今まで彼の存在に気付いていなかったようだ。

岡部の服裝を見て、母が微かに顔を顰める。

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「あなたは……?」

「陸上部の副部長で岡部といいます」

は禮儀正しく自己紹介をする彼を見つめた。自分が母に語った容が噓だと知っているはずなのに……フォローしてくれたように思えたのだ。

「陸上部……?」

「はい。用事があって校舎に戻るときに見掛けて、放っておけなくて」

陸上部と聞いた母が眉間の皺を深くする。なぜか陸上を嫌っているように見えた。

「ご迷を……お掛けしました」

「いえ、栗林さんももう大丈夫そうだし、よかったです」

「どうして、名前を……?」

岡部が名字を口にした直後、母の瞳に警戒のが浮かんだ。

「あぁ、運んでたときから先生たちが連呼してましたから。馴れ馴れしかったですかね? 不快にさせたようでしたらすみません」

淀みなく言葉を紡ぐ岡部に母が困ったように視線を彷徨わせる。失禮な眼で見ていた自覚があるからだろう。

「あ……こちらこそ、助けていただいたのに失禮な……すみません」

申し訳なさそうに頭を下げる母を、亜は複雑な心境で見つめていた。

「じゃ、俺も練習があるんで失禮します」

大沼と母に頭を下げた岡部がの向きを変えて醫務室を出ていくと、母がそれを追う。

「あの……」

「はい」

廊下に出た直後に背後から聲を掛けられて、岡部は返事をしながら振り返った。

「陸上部に……松澤という青年はいますか?」

落ち著かない様子で亜の母が問う。優希の名字だけが小聲になっていたのはおそらく気のせいではないだろう。

「はい。粘りに粘って、最近ようやく部してもらえたんです。ったばかりなのに、よくご存じですね」

「陸上選手として……彼は、どうですか?」

岡部の言葉を聞き流して更なる質問を投げる。

「俺の憧れだったんです、松澤は。怪我をして陸上をやめたと聞いても諦めきれなくて……この大學で彼を見つけてから二年間勧し続けたんです。正直、まだまだ本調子ではないと思います。それでも部で五本指にはってますよ」

最近の優希の様子を噓をえながら事実のように語る。

「そう……ですか。頑張ってるんですね」

「元々真面目なヤツなんです。ただ、真面目すぎて自分ルールに雁字搦めになってきが取れなくなるくらい、トコトン不用なヤツです。……松澤とお知り合いですか?」

訊かれるばかりは癪なので岡部も質問を返してみる。親しい二人の母親が知らないはずがないと分かっていたけれど、答えてくれるとは思っていなかった。

「あ……お母さまと、しだけ流があったもので……気になって」

噓ではないのだろうけれど、どこか言い訳じみた言葉に岡部は苦笑をらした。

「そうですか。あぁ、松澤は一人暮らしをしているんですよね。では、親さんには頑張っているとお伝えください。あ……でも……」

「どうかしました?」

「あぁ……大したことじゃないんですけど、アイツ……自分のためじゃなくて、他の誰かのために走ってる気がするんです。なにかあると、空を見上げる癖があるんですよ。もしかしたら亡くなった人なのかもしれませんが……心當たりはありませんか  本人にはちょっと訊きづらくて。容によっては親さんに報告しない方がいいのかもしれないし……」

勿論噓だ。

もしかしたら、亜の母親が一番知りたかったのは優希が再び陸上を始めた理由なのではないか? そう思ったのだ。

「そう、なんですね……ちょっと心當たりはないけれど……ありがとうございます」

「今年度は登録の関係で無理なんですけど、來年度は大會にも出場できると思います。そのときは応援してやってください」

「そ……そうですね」

「じゃ、失禮します」

會釈して顔をあげた岡部は、彼の泣きそうな顔を見て"なにか"が伝わったとじた。

「……頑張ろうぜ、々と」

岡部は空に向かって小さく呟くと、亜と優希にいい意味の変化が訪れることを願いながら練習に戻っていった。

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