《不用なし方》第37話

「どんだけ走る気だよ……お前」

顔はよく見えないけれど、呆れられていることだけは分かる。

「あの……」

「急に足を止めるな、ゆっくり一周するぞ」

「あ、はい」

の手が離れ、ゆっくりコースを半分ほど走ってから二人揃って歩き出す。

「何時間走る気だったんだよ?」

「あ、特に決めてはいなくて……ただ、頭の中を整理したいときとか考え事をしたいときにこうして走ってるんですけど……」

「にしても加減ってものがあるだろ」

「……すみません」

思わず謝罪の言葉が飛び出してしまったけれど 、どうして自分が謝らなければいけないのだろう? そんな疑問が浮かぶ。

しかし、目の前の人はまったくの知らない人でもない。走るフォームを見れば、大學の陸上部に所屬している人であることは明らかだ。

「雨が降る前に帰った方がいいって言いにきただけだと思うよ」

「え?」

コースの脇の木に寄り掛かっていた人がコースにってくる。

「ったく、いなくなったと思ったらこんなとこにいるんだから困っちゃうよね」

くん……?」

「こんばんは」

「……こんばんは」

いいながら挨拶を返すと、は亜の隣に並んで歩き出した。今の亜は男に挾まれている狀態だ。

「雨が降りそうだからそろそろ帰った方がいいんじゃないかな。そうでなくても一時間以上走り続けてたし、を休めた方がいいと思う」

むの言葉を聞いた途端に疲労が押し寄せてきた。どうやら、自分は暗示に弱いらしい。

「あ……雨だ」

が手のひらを空に向けて広げている。亜が釣られて上を向くと、顔に冷たい雫が當たった。

「酷くなる前に帰れ」

が自分の被っていた帽子を亜に被せた。

「え?」

「メリークリスマス」

  男はそう言って亜に背を向けた。

「クリスマスプレゼントのつもり? だったら、もっとちゃんとしたものをあげればいいのに……」

 の言葉を無視して男は公園を出ていく。

「たぶん、亜さんが濡れないようにだと思うよ。で、返卻しなくていいって言いたかったんだと思う。本當、口下手で不用なんだから……」

が男の背中を見つめながら苦笑する。

くんの……知ってる人?」

「うん、うちの兄ちゃん」

「え?」

「今、冬休みだから帰ってきてるんだ」

「普段は離れて暮らしてるの?」

「うん、そんなに遠くないんだけどね」

の話を聞いて何故かが騒いだ。

「本當に雨が酷くなる前に帰った方がいいよ。帽子なんて気休めでしかないから」

「うん……そうだね」

「メリークリスマス、よいお年を」

「え?」

「あ、気付いてない? 今日イブだよ?」

「え、あ……」

腕時計に視線を落として、ようやく今日がクリスマスイブだと理解した。

「メリークリスマス、くんも……お兄さんもよいお年を」

公園の口でと別れ、自宅までまた走る。男が被せてくれた帽子のおかげであまり濡れずに済んだ。

「ただいま~。お母さん、タオル持ってきてほしいんだけど」

玄関を開けて大きめの聲で母を呼ぶ。

「あらやだ……びしょ濡れじゃない」

「帰りに降ってきちゃって……」

 玄関でウィンドブレーカーをぎ、母からけ取ったタオルで帽子や髪を拭く。

 一通り拭き終わると、母の抱えているものに気付く。

「……それ、なに?」

「あぁ、掃除してるときに見つけたの」

背表紙には亜の通った稚園の名前が印字されている。

今更なじがしなくもないけれど……これを亜に見せようと思うまでには相當な覚悟が必要だったに違いない。

「ねぇ、お母さん……」

「な……なに?」

「今日、クリスマスイブって気付いてた?」

  シリアスにならないようにワザと話題を変えた。

「え?」

「冬休み直前でバタバタしちゃってすっかり忘れてたんだけど……走ってるときにメリークリスマスって聞こえて日付を見たら、二十四日だったんだよね」

「え、やだ……っ、ツリーも出してないのに! ケーキも予約してないし……あ、お夕飯どうしましょ?!」

急に慌て出す母を見て笑いが込み上げてくる。

家の中で笑うのは久しぶりかもしれない。

「シャワー浴びてくるから、そのあと一緒に買いにいこうよ」

はそう言い殘して浴室へと向かった。

ほんのしだけ母との距離がまったような気がした。

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