《不用なし方》第48話
部活を終えてマンションに帰ってきた優希は、部屋に明かりが點いていることに気付いて溜め息を吐いた。
ポストを確認してから階段で部屋へと向かう。
解錠して扉を開けると自分のではない靴が一足並んでいた。誰がいるのかは考えるまでもない。
「おかえり」
リビングで寛ぐが振り返った。テーブルの上には亜からもらった箱が開いた狀態で置かれている。優希の帰宅を待っている間に食べたのだろう。
「……なにしにきた?」
はいつも予告なくフラッとやってくる。しかし、今日はなんとなくくるような気がしていた。
「差しれと、ちょっとしたお節介に」
「お節介?」
差しれというのはおそらく冷蔵庫の中にあるだろう母の作り置きおかずだ。時々冷蔵庫の中に付箋付きでっているので珍しいことではない。
しかし、"お節介"という言葉の意味は分からない。
「兄ちゃん、知らないだろうから教えてあげようと思って」
「なにを?」
もったいぶったような言い方が癪に障る。
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「亜さんの連絡先」
が攜帯電話の畫面を優希に向けた。
そこには亜の名が表示されている。
「……なんでお前が知ってる?」
「そりゃ、連絡先換したからね。今日も連絡取り合ってたし」
見せられた攜帯電話の畫面には、今日の日付でメッセージのやり取りが殘っていた。
「いきなり知らないはずの人間から連絡がきたら気持ち悪いだろ」
「ちゃんと許可もらってるよ」
亜が許可をしているのならば、優希に斷る理由はない。
「風呂いってくる」
優希はに自分の攜帯電話を投げて渡すと、荷を持ったまま所へと向かった。
「ホント……素直じゃないよね、兄ちゃんって」
  ずっと知りたかったくせに。ずっと、繋がりを求めていたくせに……。
攜帯電話はロックされていて、暗証番號を求めている。は迷うことなく四つの數字を力した。エラーが出ることなくロックが解除される。
「やっぱり……ね」
力したのは亜の誕生日だ。
は兄の攜帯電話を作して亜の攜帯電話の番號を登録した。
「さすがに、兄ちゃんの名前でやり取りするわけにはいかないよなぁ……これは自分でやってもらった方がいいかも」
は無料通信アプリのIDを紙に書いてテーブルの上に置いた。
優希に語ったの言葉に噓はない。優希たちが練習に戻ったあと、連絡先を教えてもいいかと亜にメッセージを送って尋ねたのだ。
勿論"いいよ"という返事がこなかったら優希には黙っておくつもりだった。
亜にはID検索を一時的に許可に設定変更しておいてほしいとお願いしたので、短くても今日明日くらいは繋がるはずだ。
は優希の攜帯電話をテーブルに置いてキッチンへと向かった。
普段の優希のバスタイムは短い。けれど、今日は優希が帰宅する前に浴槽を掃除して湯張りもしておいたので、久しぶりにゆっくりとお湯に浸かるだろう。
一人のときはシャワーだけにするように言ったのは他の誰でもないである。
亜が記憶を失ってしばらく経ったある日、ふらりと優希の部屋にやってきたは、浴槽に浸かったまま眠っている優希を発見した。あの日、なんとなく足が向かなかったら優希は溺死していたかもしれない。あの日のことを思い出すとは今でも怖くなる。
亜が記憶を失ったあとの優希は生きているのか死んでいるのか分からない狀態だった。いつも心ここに在らずで、ソファに座ったままくことなく一日を終えることもあったし、なにかを見ているようでなにも映していない瞳は"アイ"という音にしか反応しなかった。
亜が退院して自宅から通院するようになると、報を集めるために外に出るようになったけれど、行き先は病院のみ。やがて、彼が復學することを知ると、ようやく自も大學に通うようになった。
両親は安堵していたけれど、はその逆で……こっそりと様子を見にいったことも一回や二回ではない。
足を運ぶうちに彼の行の意味を知った。優希は 友人や周囲の者たちを黙らせて歩いていたのだ。
亜の事故の原因が自分の連れによるものだった事実は変わらない。記憶のない亜に聲を掛ければ都合の悪いことを訊かれる可能もある。お前たちのためにも関わるべきではない……と。
亜の件が公になってからは、優希やその友人たちに向けられる視線は冷ややかになり、彼らの姿を見ると周囲はコソコソと話をしながら離れていった。
気まずさや居心地の悪さをじていた彼らは、優希の言葉に従うしかなかったのかもしれない。
それなのに……時間が経って忘れたのか、許された気になったのか、再び亜の周囲をうろつき始めた。
「兄ちゃんはもうし友達を選んだ方がいいと思うなぁ……」
は優希の夕飯の準備をしながら小さく溜め息を吐いた。
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