《不用なし方》第49話

晝間、から優希に攜帯電話の番號や無料通信アプリのIDを教えてもいいかとメッセージで尋ねられた亜はすぐに"いいよ"と返信した。

優希の前に立つと何故かいつも上手く話すことができない。けれど、もしかしたら、目の前にいなければ……メッセージや電話であれば張せずに話すことができるかもしれないと思ったのだ。

帰宅した亜はすぐにお風呂にり、夕飯作りを手伝って早々に食事を済ませると自室に籠って連絡がくるのを落ち著かない気持ちで待っていた。

どうしてこんなにドキドキしながら連絡を待っているのかよく分からない。けれど、花や佳山、からの連絡を待つときとはなにかが違う。

彼には謝罪やお禮を言わなければいけないからだろうか? 

落ち葉の季節にキャンパスの芝生で転寢してしていた亜にストールを掛けてくれたのは優希だった。

年末に大學で強い頭痛に襲われたとき、抱き留めて聲を掛けてくれていたのも優希だ。痛みに襲われながらもそれだけはしっかりと覚えている。

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クリスマスには考え事をしながら走り続ける亜の腕を摑んで走り過ぎだと止めてくれたし、雨が降り出すと傘代わりにキャップを被せてくれた。

初詣で會った際も、突然泣き出されて戸ったはずなのに、わざわざホットココアを買ってきてくれた。

いつも気遣って優しく接してくれる彼を、どうして忘れてしまったのだろう?

考え始めると途端に頭がじわじわと痛みだす。

は大學で倒れてから無理をしてまで思い出そうとはしなくなった。自分が無理をすることでたくさんの人に迷をかけてしまったからだ。ゆっくりしずつで構わないと思うようにしている。

……けれど、や優希の顔を見ると、このままではいけないような気になってしまう。

記憶を失う前の自分はあの二人とどんな関係だったのだろう?

當事者の二人は亜の疑問には答えてくれない。それだけは分かる。

自分たちのことを忘れているというのに、思い出させようとはしていない。それは何故か……?

その理由について考えたことがないわけではない。けれど、導きだした答えをどのように理解していいのか分からない。

攜帯電話を見つめながら溜め息を吐いたとき……小さな音とともに攜帯電話の畫面にメッセージ通知が表示された。

慌てて攜帯電話を手に取る。登録されていない人からのメッセージに、亜の心臓はうるさいほどに早鐘を打っていた。

逸る気持ちを抑えて呼吸を整える。震えの止まらない手で攜帯電話を作してメッセージを表示させた。

『焼き菓子サンキュ、味かった。 優希』

「……優希さん」

"味かった"という文字にが溫かくなる。

「あ、返事……」

どんな言葉を返したらいいのだろう?

は文字を打ち込んでは削除するということを何度か繰り返した後、最終的にシンプルな文言を送信した。

『お口に合ったようで安心しました。こちらこそ何度も助けていただいてありがとうございました。 亜

送信し終えると同時に大きな溜め息を吐く。メッセージを送信するだけなのに、かなり張していたようだ。

攜帯電話を握ったままベッドにダイブして再度嘆息する。

「はぁ……まだドキドキしてる……」

自分のに手を當てながら一人呟く。

心地よい疲れが訪れ、亜が瞼を閉じた直後に再びメッセージの通知音が鳴った。 ハッとして、いつの間にか手から零れ落ちていた攜帯電話を拾い上げる。

『三月十四日の予定を空けておいて』

「三月十四日って……ホワイトデー? え、噓……まさか? お禮のつもりだったのに、どうしよう……」

の眠気は一瞬にして吹き飛んだ。

『今日差し上げたのは今までのお詫びとお禮なのでお気になさらないでください』

お札をもらってしまったら、お禮合戦になってしまいそうな気がした。

が返信すると、すぐにメッセージが屆く。

『言い方(書き方)を間違えた。三月十四日の予定を空けておけ』

「命令口調になってる……。これって斷ることを許さないってことだよね、きっと……」

もしかしたら、彼の機嫌を損ねてしまったのかもしれない……そんな不安が亜の頭を過る。

せっかく味しかったと言ってもらえたのに……これ以上気分を害する可能のある文言は送信しない方がいいだろう。

は悩みに悩んで"了解しました"のスタンプを送信した。すると、すぐに満足げに頷くイラストのスタンプが返ってくる。

それを見て、自分の判斷は間違っていなかったようだと亜は安堵の息をらした。

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