《不用なし方》第57話

「疲れたか?」

優希が半歩後ろを歩く亜に尋ねた。

「いえ、大丈夫です」

「これで、乗り換えは最後だ。目的地まであと十分弱ってところだな」

ようやく目的地らしい。

ここまでくると、さすがに亜もどこに向かっているのか察しがついた。

ただ……どうしてそこに向かっているのか、どうして自分を連れていこうとしているのかが分からない。

電車に乗り込むと有無を言わさず座席に座らされて、優希が周囲から守るように亜の目の前に立った。

彼の後ろに見える大きな窓の向こうには朝日を浴びて輝く海が広がっていた。

「わぁ……綺麗……」

窓が閉まっているのでの香りはじられないけれど、海を見るのは隨分と久しぶりのような気がする。

「次、降りるぞ」

「あ、はい」

は座席から立ち上がって吊り革を摑んだ。優希の隣に並んで彼の見ている方向へと視線を向ける。

特になにかが見えるというわけではないようだ。景を眺めながら考え事をしているのかもしれない。

そのとき、が大きく前に引っ張られた。駅が近付いて減速したのだろう。

「あ……っ」

優希の橫顔を見つめていた亜が張力に耐えられずに傾く。吊り革を摑む手に力をれると同時に、顔にらかな衝撃があった。

「ったく、ギリギリまで座ってりゃいいのに……」

呆れた聲が降ってくる。見上げれば、優希のに顔を埋めるような格好になっていた。

「あ……ごめ……ぇ?!」

優希が溜め息を吐きながら亜を抱き寄せる。彼の右手は亜の腰に回されていて、もしかしたら周囲にはカップルがいちゃついているように見えているかもしれない。

は恥ずかしくなって顔が上げられなくなった。

「あ……あの、ゆ……」

「降りるぞ」

の腰に手を回したまま、エスコートするようにドアへと歩いていく。

恥ずかしく思いながらも、の中にモヤモヤしたものが生まれて、亜を軽くった。

「どうした、酔ったのか?」

「あ、いえ……なんだか、変なじがして……」

彼がの扱いに慣れていると思った途端にがチクチクと痛んだ。

改札を通る際に腰に回された手は離れたけれど、彼の左手は亜の右手をしっかりと握っている。

「あ……あの、手……っ」

「お前、どこか摑んでないと転びそうだし、これなら迷子にもならないだろ」

「迷子って……」

子ども扱いされたようで思わず顔を膨らませた。

「そういう顔するからガキ扱いされるんだぞ、お前」

優希が小さく笑う。それを見た亜が痛いくらいに大きく脈打った。 

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