《不用なし方》第58話
優希さんはずるい……さっきまでは素っ気なくて話もしてくれなかったのに、急に優しくしてきたり微笑んだり……不意打ちを食らわせてくる。
亜は顔に熱が集まっていくのをじながら俯いた。
「下見てても金は落ちてないだろ」
「探してませんっ」
亜をからかってくる優希はなんだかリラックスしていて楽しそうに見える。
駅を出ると、すぐに目的地へと続く橋が見えた。
「ここに、なにかあるんですか?」
亜には優希が自分をこの場所に連れてきた理由が分からない。
「……」
優希は無言のまま亜の手を握り直して自分の方へと引き寄せた。二人の間に隙間がなくなって、握られた手は優希のコートのポケットの中へと持っていかれる。
「あ……の……?」
「ホワイトデー……」
「え?」
「お前の好きなものとかほしいものとか分かんねぇし……」
決して大きくない聲でそう言って、優希は海の方へと視線を向けた。心なしか、耳が赤い気がする。
まだ彼のことを理解できるほど知りはしないけれど、彼が表現が苦手で不用な人であることだけは分かっている。
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きっと、彼なりに考えてこの場所を選んでくれたのだろう。
亜は視線を合わせようとしない優希の橫顔を見上げて微笑んだ。
「中學のとき……卒業前の行事でここにきたことがあって、お前が楽しかったって言ってたのを思い出した」
中學校の卒業前の行事……?
記憶はだいぶ戻ってきているはずだ。しかし、亜には覚えがなかった。この場所にきたのが初めてではないということだけはなんとなく分かる。なのに、家族できたのか優希の言うように學校行事だったのか……誰が一緒だったのかは分からない。
「覚えてないのは分かってるから、無理に思い出そうとするな。今日はお前が楽しめればそれでいい」
優希はそう言って橋の向こうへと歩き出す。
亜は自分に関する記憶を失っているのだから、一緒に行していた行事を覚えていないだろうことは想定していた。
しかし、分かっていることなのでショックはけないだろうという自分の気持ちに関しては予想を外してしまったようだ。彼が優希と回って歩いたことを覚えていないと知った瞬間はかに瞼の裏が熱くなった。
自分はなにかを期待していたのだろうか? ……いや、それはない。期待などすることさえ許されない。
優希は亜に見られないように小さく嗤った。
二人がやってきたのは人工島にあるレジャー施設だ。
「どこにいきますか?」
「どこでもいいが……お前、イルカ見たいとか思ってるだろ」
「え、なんで分かったんですか?」
亜は優希に言い當てられて、何故か空いている片手で頭を押さえている。
「なんで頭押さえるんだよ?」
「頭の中を読まれたのかと……」
「そんなことできるの漫畫とか映畫の中だけだろ」
優希は単純に前回彼の興味がどこにあったのかを覚えているだけだ。
「ショーの時間までまだあるな……じゃあ、あそこか」
優希は攜帯電話でショーのスケジュールを確認してからいく場所を決めた。
「チケット買わなきゃ……」
「前売り買ってあるから問題ない」
「じゃぁ、お金……」
「ホワイトデーって言っただろ」
足を止めて振り返った優希は溜め息を吐いて呆れた顔をしている。
「え、でも……あれは……」
もともと諸々のお禮のつもりで渡したのだからお返しをもらうつもりはなかった。
「今日ったのは俺だし、俺の勝手な都合に付き合わせてるんだ。おとなしく奢られとけ」
イルカのいる施設が近付いてきた。これ以上お金の話をすると彼の機嫌も悪くなりそうだと思った亜は、帰りまでに支払う口実を探そうと心に決めて口を閉ざした。
屋に足を踏みれると、そこにはアーチ狀の水槽が広がっていた。自然の海に近い狀態を再現し、陸上にいながら海底散歩を験できるというコンセプトの施設だ。無數の魚と一緒に何頭ものイルカが自由に泳いでいる。水に反した太がいるかを照らしていて、その幻想的なしさに嘆の溜め息がれた。
偶然にも二人以外の客の姿はない。偶然とはいえ貸し切りなのかと錯覚してしまいそうだ。
「私、泳ぐの得意じゃないからイルカが羨ましいです」
「確かに、泳いでるのか溺れてるのか分からなかったな」
亜の言葉を聞いて優希が小さく笑いながら呟く。優希を見ると、彼の視線はイルカを追っているようでなにも見ていない気がした。なんだか近くにいるのに遠くじてしまう。
亜は寂しさを誤魔化すように繋いでいた手を解くと、泳ぐいるかに向かってそっとばした。
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