《不用なし方》第61話

一方、優希を降ろした岡部の車は亜の自宅に向かっていた。

「文哉さん、松澤のなにをそんなに心配してるの?」

佳山の眼には岡部がなにかを恐れているように見えたのだ。い頃から知っているので小さな違和には気付きやすいのかもしれない。

「アイツの顔、よく見たことあるか?」

「ないね」

「だろうな」

岡部は即答する佳山の言葉に苦笑した。

「アイツ、化粧してる」

「「は?」」

佳山も花も意味が分からずに間の抜けた聲が零れる。

「目の下の隈を隠してる」

「それって……」

「眠れないらしい」

「……いつから?」

「元々不眠気味だったらしいけど、事故から特に酷いって大沼先生が言ってた。寢ると事故の瞬間を見せられるんだとさ」

「馬っ鹿じゃないの……?」

花が小さく呟く。

「アイツ……相當メンタルボロボロだぞ……その子のせいで」

「ちょっ……!」

「文哉さん」

「けどさ……アイツがあんなギリギリの狀態で頑張っていられるのも、やっぱりその子のおなんだよ」

岡部の言葉に花はを噛み締めた。

「栗林さんに責任はない」

「個人的には、今日みたいにアイツの気分転換に付き合ってくれるなら大歓迎」

「文哉さん」

「その子のことについて俺はほとんど噂でしか知らない。でも松澤は陸上部の仲間だ。俺の天秤はどうしたってアイツに傾く。お前たちがその子の方に傾くのと同じだ」

岡部は謝罪の言葉を口にしなかった。二人の口から責める言葉が出てこなかったのは自分たちにも心當たりがあるからだ。

気まずい空気が漂う中で亜の自宅が近付いてきた。

「……記憶を取り戻したら、記憶を失っていた期間の記憶がなくなっちゃうのかな?」

花がポツリと呟いた。誰かに向けた問いではなかった。

赤信號を確認してブレーキを踏みながら岡部が口を開く。

「俺は詳しいこと知らないし訊かないけど……松澤があれだけ頑張ってるのは忘れてほしくないなぁ」

「本當、松澤贔屓」

「文哉さんの対象って男だったっけ?」

「違うわボケっ!」

佳山の言葉でし車の空気が和んだところで花が亜の顔を優しく摘まんだ。

「亜、もうすぐお家だよ~」

「ん……」

は顰めっ面で薄っすらと瞼を持ち上げた。一瞬、自分がどこにいるのか分からなくて數秒間フリーズした後、勢いよく眼を開いた。

「あっ……ご、ごめんなさいっ!」

「大丈夫だよ、気にしないで」

岡部が運転席でヒラヒラと左手を振っている。

「……」

「栗林さん?」

「……いない」

が空席となっている助手席を見つめながら呟く。

「ゆ……優希さんは? なんでいないの?」

「アイツの家の近く通ったから先に降ろしただけだよ。気にしない気にしない」

「私……お禮、言ってない……っ」

「電話かメッセージ送れば?」

素っ気ない花の言葉に向ける視線が微かに険しくなる。

 「栗林さんのお母さんが自分のことをよく思っていないから先に降ろしてほしいって、彼が言ったんだよ」

佳山はそう言って亜の手を優しく包み込んだ。

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